世界を席巻するファストファッションを支える南アジアの縫製工場。バングラデシュはその生産国としてつとに知られている。なぜか。理由は明快で、彼の地の人件費は、ほかのアジア諸国と比べてもさらに安いから。
工場が突然、停電し、警報が鳴り響き、彼女たちが叫びながら一斉に外へ逃げる。映画『メイド・イン・バングラデシュ』はそんなシーンから始まる。とにかく給料は払ってもらおうと、一時閉鎖中の工場に出向くも、門前払いされた23歳のシムは、労働者の権利団体で働くナシマに声をかけられる。彼女の事務所でやりとりをするなか、労働者にも権利があることを教えられたシムは、ナシマに導かれ、自分たちの労働組合の結成に向けて行動を起こす。
集会への参加、仲間への声かけ、署名や証拠集めなど、シムは実践を通じて乾いたスポンジが水を吸収するように、自らの権利を学んでゆく。労働組合の結成には横やりも多く、仲間同士が分断されかねない状況も生じる。それでも映画の最後、シムが見せた交渉の術に、彼女が活動を通じて身につけたタフさがのぞく。
自身も女性の権利を守るNGPで働いていたルバイヤット・ホセイン監督がリサーチに3年以上かけた脚本が、彼女たちの現実を映し出している。人懐っこそうな丸顔に、強い眼差しを宿したシムの変化と成長が頼もしい。女性の民俗衣装やリキシャーのペイントなど、街にあふれる鮮やかな色が土地の気配を伝える作品だ。
『メイド・イン・バングラデシュ』
前田せつ子監督の『杜人〜環境再生医・矢野智徳の挑戦』は、いのちと向き合う矢野さんの姿を3年にわたって追いかけたドキュメンタリーだ。
疲弊した土地や樹木の再生を望む人々に請われ、各地に足を運ぶ矢野さんは、目詰まりしている大地や植物に手をかけ、養生する。風に倣って草を刈り、塞がれた大地の見えない水脈に点穴を設ける。土も、石も、木も、重たいもののはずなのに、そこに働きかける矢野さんの手つきは軽い(間近で見たら、さぞ感動するだろう)。
人間の身体でいう”経絡のツボ“ を刺激された大地が、徐々に動き出す。通り道ができることで、風が、水が、光が巡り、流れ始める。
なぜ今、ガジュマルや桜の木は弱り、日本の全国各地で大雨による土砂崩れが頻発するのか。
詰まる、塞がれる。そんな状態を放置すれば、生き物の息の根は止まってしまう。大地も人間も、呼吸が大事なのは同じ。矢野さんの行動はそう語っている。
『杜人〜環境再生医・矢野智徳の挑戦』
記事は雑誌ソトコト2022年5月号の内容を本ウェブサイト用に調整したものです。記載されている内容は発刊当時の情報であり、本日時点での状況と異なる可能性があります。あらかじめご了承ください。