ガーナ、ベネズエラ、エクアドル…などチョコレートの原料となるカカオ豆の生産国に社員自ら足を運び、現地の農園を歩いた。電気がない、水がない、学校がない…、住民たちが抱える課題に寄り添いながら解決策を考えた。それは、チョコレートに携わるすべての人々の“笑顔”が持続可能な社会になるためのアプローチでした。食品メーカーとして長年にわたりサスティナブルな社会実現に向けて取り組む、株式会社 明治の活動がソトコトSDGsアワードを受賞しました。支援活動の発起人で現明治参与、そしてガーナ・アセラワディ村の開発担当チーフでもある土居恵規さんに支援への想いや、活動を通して叶えたい目標などについてお話を聞きました。
現地の人々と共に、見て、聞いて、感じる。今、私にできることは?
㈱明治 土居恵規(以下、土居) ありきたりな表現かもしれませんが「うまいっ!」「これなら大丈夫だ、良かったなぁ」って。ガーナ西部のアセラワディ村で掘られた井戸水をゴクリと飲んだときに思ったことです。暑い日でのどがカラカラだったのを覚えています。おいしそうに水を飲む私を見て、総出で集まってくれた村の人たちも喜んでくれた。その姿を見て、「本当にやってよかった」と思いました。安心して飲めるきれいな水が家の近くにあることで、子どもや女性が水汲み作業から解放され、井戸の周りはおしゃべりを楽しむ場にもなっています。
すべてのきっかけは、品質調査の目的で訪れたアセラワディ村の人々との出会いでした。水も、電気もない村の状況を見て「何かできないか」の一心で人々の話を聞いていました。日本に戻って、会社に井戸の設置を提案したのは16年前、まだSDGsの前身であるMDGsという言葉も日本ではあまり知られていない頃でしたね。
当時、社内で取り組みに反対する人はいなかったが、積極的に賛成する人もいなかった。「土居さんやってみれば」という感じでスタートしました。すべてが試行錯誤の連続でした。ガーナで井戸を掘った時には、こちらが想定したようなスケジュール通りには進まないんですね。進行状況の連絡もない。言い出しっぺなので、どうなるものかと冷や冷やしました。でもそれは現地では当たり前のこと、何度も足を運ぶことで次第に現地との相互理解が深まりました。井戸が完成した時には、村への貢献が認められて、開発チーフに任命されました。ガーナでは、チーフはものすごい大役で、水を飲んだのはその就任式の直後でした。そりゃ、飲まないわけにはいきませんよね。
明治では、ガーナと同様にベネズエラ、エクアドルなど世界9カ国で「メイジ・カカオ・サポート」として農業支援や教育活動などを行っています。社員が自らの目で現場を見て、その耳で現地の皆さんの話を聞き、何が必要かを一緒に考えています。国や地域によって課題はそれぞれ違いますが、具体的には苗や肥料など資材の寄贈、営農指導、農家の収入安定と環境保全に貢献する「アグロフォレストリー」への支援、そして子どもたちに向けて学用品の寄贈やカカオの画を描くアートクラスなどの教育事業も実施しています。コロナ禍においてはマスクや消毒用アルコールの寄贈も行いました。
未来を担う子どもたちに、教育とサスティナブルな感性を
2013年にはアセラワディ村に日本のODAを活用して小学校を建設し、机や椅子、黒板などの備品を寄付して村の子どもたちが学べる場を作りました。活動は海外だけではなく、国内でも食育という形で発信しています。日本では、カカオ生産国がどのような現状にあるのかがあまり知られていないと感じます。自分たちが普段から食べているチョコレートの主な原料生産国。アフリカや中南米における植民地支配や奴隷貿易なども含めた過去の歴史を知り現状を見つめることで、今という時代を本当の意味で理解することができる。それこそが真のSDGsへとつながっていくのではないかと、私は思います。
生産者だけではなく、消費者側の意識をも上げていくことが、これからのSDGsにとって必要ですね。いわゆる慈善活動でやっているわけではなく、この先の私たちみんなの未来のために本当に必要なことだと思ってやっています。
お互いを理解しあうことで生まれる信頼と感謝。「ありがとう」が繋ぐ支援活動
土居 明治としては、カカオは重要な原料です。現実的にその原料がないと事業が立ち行かなくなる。大切なカカオの生産をサスティナブルにしていく活動として「メイジ・カカオ・サポート」のさらなる発展を目指しています。生産国でモデル農園を選定して営農指導した場合と、しなかった場合の生産量の違いを比較して、現地の人々にも取り組みへの信頼を築いています。良いものには皆さん、関心を持ってくれます。そうした技術支援を受けた農家が、近隣の農家にその技術を教えていく良い循環が生まれ始めています。明治はガーナ政府と協賛して有望な若手農家を毎年表彰し、優秀者にはカカオ豆や資材などを運ぶ軽車両を寄贈しています。
その他にも、マラリアの媒介を防ぐための蚊帳の寄贈や苗木の配布、剪定機や除草機などの無料貸出を行う農機具バンクの設立も。コロナ禍でなかなか現地へ足を運ぶことができませんが、培ってきた信頼関係を大切にしながら、さらに多くのカカオ農家とつながっていきたいですね。
ドミニカ共和国では水洗トイレの寄贈や学校の補修を行いました。現地での式典が終った時、10歳くらいの男の子が私のところに1人でやってきて、スペイン語で「Gracias(ありがとう)」とお礼を言ってくれました。その笑顔と言葉に、心からそう思って伝えに来てくれたと感じて、胸が熱くなりました。
作る人も、食べる人も、その家族や地域も。 カカオに関わるすべての人を笑顔にしたい
土居 これからも営農指導や苗木や肥料の配給、教育活動は続けていきたいですね。やっぱり子どもたちへの支援は欠かせないものだと思います。その国の将来は子どもたちが担うわけですから。特に深刻であり、力を入れていきたいと感じているのは児童労働問題ですね。
ガーナでも、カカオに関わる18歳未満の児童労働者が約77万人いるというデータがあります(Norc Final Report 2020年)。この問題の根底にあるのは貧困です。これまでも貧困解消に繋がる活動を行ってきましたが、児童労働問題の解決に向けてより直接的なアクションを会社として取っていくことを決めました。今年の10月には、カカオ産地で児童労働撲滅のための活動を推進するNPOの「International Cocoa Initiative」に日本企業として初めて加盟。団体とともに児童労働の監視を進めると同時に、支援への取り組みを加速させていきたいと考えています。
すべては、「カカオでつながる、すべての人を笑顔にしたい」という想いからです。カカオの生産者からチョコレートの消費者に至るまで、カカオ・バリューチェーンに関わる人がみんな笑顔になるような社会が目標です。私自身は3月で定年を迎えましたが、アセラワディ村のチーフに定年はないそうで(笑)。これからもずっと、支援を続けていこうと思っています。