不妊、産む、産まないにまつわるリアルな体験を伝えるwebメディア『UMU』を運営する西部沙緒里さんが、メディアの社会的機能として大切だと考える「科学」と「気持ち」が交差する本を紹介。読み、実践することで、西部さんの言う「希望というウェルビーイング」の実現を後押しする5冊。
『ライフサカス』代表|西部沙緒里さんが選んだ、ウェルビーイングを感じる5冊
私が考えるウェルビーイングは、「どんな状況でも生きようとする希望がある状態」のこと。現実がどうあれ、希望を持ち続けられるメンタリティを育てるには、科学(エビデンスや統計)と気持ち(人の物語や心の機微)の両方を味方につけることが大切だと考えます。
世の中のメディアも、科学視点・気持ち視点のバランスが重要で、制作や運営においてこの両輪がうまく回ることで、読み手のウェルビーイングにもいい影響を与えられるように思います。当事者としても、時々の課題や悩みに対し、この2つの視点で良質な情報を意識的に摂取することが、解決の手助けとなるかもしれません。そんな、心強い両輪となり得る本を紹介します。
1冊は、『質的社会調査の方法』。質的社会調査とは、数字を使わない、統計だってない調査のこと。個人的な物語や体験がベースになるので、聞く者と聞かれる者の人生が交わり合うところに表出するものが、「調査が生み出す価値」になります。調査であっても、聞かれる側は人生の深い部分を語るわけですから、「それを話すことは、私の人生を売り渡すことと同じ。簡単に応じることはできません」と拒絶される場合もあるように、調査する側も人生をかけて聞く必要があると教えられます。
私が運営するネットメディア『UMU』の当事者にインタビューする際も、聞く責任や矜持をもって向き合うことは大切であり、当然だと思っています。当事者の貴重な経験を、同じ悩みを持つ当事者に送り届けることで、双方の人生を後押しすることができると信じてインタビューを重ねています。そして、それが当事者の皆さんの希望というウェルビーイングになればと願っています。
もう1冊は、『患者の話は医師にどう聞こえるのか』。医師と患者は情報の「非対称性」が大きい人間関係にあるため、医師が上に立って接しがちになり、誤解やすれ違いも生じやすい。それを防ぐには、両者が互いの関係を理解し、歩み寄ることが大事であり、対話の基本に立ち戻る努力と技術についても述べています。この「歩み寄り」は、医師と患者に限らず、先生と生徒、上司と部下、親と子、メディアの発信側と受信側の関係にも置き換えられます。
ウェルビーイングの実現に、他者とのコミュニケーションを避けて通ることはできません。世の中の対立の多くは、立場の違いによる議論のすれ違いから起こりますが、その解決に向けた良書と言えるでしょう。