「人間としての人間」と「動物としての人間」。近代の建築物は前者に焦点を当ててつくられてきたが、後者の視点を持って建築物をつくることも大切だと語る、建築家の平田晃久さん。これからの建築とウェルビーイングの関係を考えるときも、後者の視点はますます重要になってくる。
建築家|平田晃久さんが選んだ、ウェルビーイングを感じる5冊
『心の先史時代』のなかでスティーヴン・ミズンが、ネアンデルタール人の脳と我々ホモ・サピエンスの脳の違いを教会の聖堂、すなわち空間に例えて説明するのがおもしろいと思います。昔の教会の聖堂の内部はいくつかの空間に壁で区切られ、壁のなかに小さな聖堂がある構造でしたが、壁に穴が開き、空間がつながっていきました。それと同じようなことが人間の脳に起こり、認識が流れ始め、思考や心が醸成されたのではないかと推測しています。
それを読むと、物事が個別に分かれているよりも、外とのつながりが生まれ、確保されている状態のほうが人間にとってはウェルビーイングではないかと思いました。整然と区切られたオフィスよりも、外の緑にアプローチしやすい、開放的なオフィスで働いたほうが健康的で創造性が高まったりするのと同じように。
『自我の起源』は、人間の高次な自我は自分と違うものを取り入れることで獲得されてきたと述べています。細胞内にあるミトコンドリアや葉緑体はもともと独立して生きていたバクテリアで、あるとき細胞に取り込まれ、共生するようになったというアメリカの生物学者、リン・マーグリスが唱えた「共生進化論」についても言及され、興味深いです。
それらの考えは建築にも置き換えることができそうです。建築に自我があるとすれば、大勢の人々の知性を取り入れることによって豊かに発展していくことが考えられます。
私は群馬県にある太田市美術館・図書館を設計しましたが、そのプロセスで専門家や市民の方々とワークショップを開き、多様な意見やアイデアを取り入れながらつくりました。そうすることで、私がイメージする美術館や図書館とは違う使われ方が引き出され、想像以上のものに近づいていく知的興奮があったからです。建築が持つ自我のあり方が違うものに進化しそうで、手法としても期待できるものがあります。
図書館には大量の本が並び、それを静かに読む場所という均質なイメージがありますが、本とふれ合う場所がよりウェルビーイングになるには、多くの人が望む本との関係や関心事が共存できる空間をつくることが重要です。そうすることで、違う形のコミュニティが生まれたり、他者と共有可能なウェルビーイングの実現につながったりすると思います。
そんな空間づくりのために、建築の自我も一つ外側の世界を取り入れた新しい自我に変わっていかなければ、と考えさせられました。