精神科医でミュージシャンでもある星野概念さんに心のケアや近しい人との接し方について聞いたところ、心の“お守り”になる言葉の数々をもらいました。今、自分は元気だという人にも、疲れている人にも、おすすめです。
「孤立の度合い」が気持ちの余裕に影響する。
ソトコト編集部(以下、S) ウェルビーイングって、勉強すればするほどつかみづらい部分がある気がしていて……。今日は対話をしながら理解を深めていけたらと思っています。そもそも、ウェルビーイングをどう捉えていますか?
星野概念さん(以下、星野) 横文字にはちょっと気をつけないといけない、と思っています。医療でも横文字をよく使うんですが、それを使わずに説明するほうがていねいな気がしていて。ウェルビーイングは「なるべく心地よくいる」ってことなのかなと思っています。
S 患者さんと接していて、最近感じる傾向はありますか?
星野 そうだなあ……昨年から続くコロナの問題って基本的に全世界が対象じゃないですか。みんなが同じくらい気持ちの余裕を削られた約1年だったと思います。元々気持ちに余裕がある人は、余裕を削られても健康度を保っていられるけど、元々の余裕が少ない人にとってはとてもきついことなんですよね。救命救急も僕の主な職場の一つですが、自ら死に向かおうとしている人が実は増えていて、理由はそれだと思うし。
何が人に余裕をもたらしたり、もたらさなかったりしているのかというと、大きく関係しているのは「孤立の度合い」かなと。状況として人とのつながりがないのが「孤立」で、その度合いが強い人ほど、より心がきつくなっている気がするんですよね。
一方で、自粛生活で人と接する機会が減って、安心している人もいると思うんです。過剰だった人間関係が制限されて精神的にちょうどいいみたいな。でも、そういう「孤独」に助けられる人はいても、「孤立」に助けられる人はいないんじゃないかと思うんですよ。
自分の状態を知り心地よさを知る。
S 孤立すると、自分でどうにかしないといけないですね。
星野 どうにもできないと、つらさの一時の麻酔をしたくて何かに依存せざるを得ない人も出てきてしまいます。
S そういう人には、もちろん社会的支援も必要ですけど、心のケアはどう始めるんですか?
星野 そうですね、まず自分の状態を知ることが大事です。誰かが頑張りを分かってくれて「人知れず自分でどうにかしようと思っているけど、煮詰まっているんですよね」と“一緒に状態を確認する”のがはじめに大事だと思っていて。
あとは、心地いいと思える場所があれば、まずはそれでいいと思う。解決するなんて難しい話で。孤立感やつらさを、どうしたらちょっとでも緩められるのか。そういういろんな視点とフォーカスで、個人はもちろん、地域やコミュニティを考えて“耕す”ことも大事だと思っているんです。
S 特に地域では、一つのコミュニティが大きな居場所ですよね。
星野 「誰かとつながっていること」はやっぱり大事な気がします。
S つながりは、自己承認とは違いますか?
星野 「いいね」とか「好きだよ」と言ってくれる人がいれば大きな力になりますよね。でも、常に誰かがそう言ってくれるとは限らないじゃないですか。だから、そうだなあ、もっと基底にある安心感というか。自分はこの社会や集団にいてもいいと思えるようなもの、それがつながりだと思うんです。
自己肯定って難しいんですよ。自分のことを「いいね」って思える人はある意味幸せですけど、その前に自己否定をなるべく減らす段階があると思うんです。
自己否定の極致は「自分なんて要らない」ですけど、否定が少なくなっていくときつさも減ります。つらい理由って、他者からの攻撃だけじゃなく自分で否定しちゃうこともたくさんあると思うんです。
S なるほど……。では、心の健康って何でしょうか。
星野 そうですね……、いろいろあるかもしれないけれど、僕はさっきお話しした孤立感と自己否定の少なさではないかと。あとはやっぱり、自分の心地よさ。どんなときに自分の感性が喜ぶか、体が心地いいと感じるかを知っていることかな。
そのためのセルフケアは十人十色で、自分にぴったりくるものが見つかることが大事な気がします。夢中になれる趣味でもいいし、僕だったら漢方を参考にしたり、人によっては風水や占いだってありかもしれない。そういうのが1つ、2つとできてくると、孤立感が減る。そうするとそれは心の居場所になって、助けてくれます。
近しい人がつらいときどう支えたら?
S 近しい人がしんどそうなとき、その人との接し方はどうしたらいいでしょうか。
星野 立場にもよると思うんですが、基本は関わり始めたら関わり続けることです。頼れなくなると、“裏切られた感”を生じさせるかもしれないし、残念ですよね。
ただ継続って大変なので、そのコツとして、支える人たちは自分の余裕が保てるような関わり方をするのがいいんじゃないかと思うんです。無理が生じすぎると、共倒れかけんか別れになるから。だから関わり続けることを指針に、できる範囲の支え方を考えるのが大事なような気がしますね。
S 関わっていても、何もできていない自分に直面することもあるように感じます。“関わる”って、何ができるんでしょう。
星野 そんなに背負わなくて大丈夫。概ね、たいしたことはできないんですよ。つらい立場にいる人のつらさを緩めたり、回復させていくのは、究極その人自身だと思うんですね。
ただ、だからといって「何もできないからごめん、病院でも行ったほうがいい」と言うのではなくて、ほとんど何もできないかもしれないけどその人に気持ちを向けて心配し続けるとか、断絶せずに、伴走とまではいかなくてもなんか周りに居続けるんです。
その人をよくすることまで考えちゃうと、無力感に襲われて逆につらくなるかもしれない。これって難しいんですけど、他者は「元々わりと無力」なんです。医療も一緒で、魔法みたいなことはできないんですよ。
だから時間はかかるし、ビビッドな変化を感じさせることはできなくて申し訳ないと思うんだけど、僕は診療で「週に1回お話しさせてもらえたらと思っています。それで何ができる一緒に考えていきたいです」というような気持ちで向かい合っていて、それでちょうどいいというか。難しいんですよ、心の動きって。
でもご本人と支える人たちの複合体が試行錯誤して、ときを経ると「なんか最近いいよね」とよりよい状態になっていくケースが多いなと思います。
S 「元々わりと無力」なんですね。そう言ってもらえると気が楽になりますね。
星野 つらい人にとって大事なのは支援者。緩くつながっていて、さらに支援者が疲れないことが大事です。支援者が何人かいて“濃さ”をみんなで持ち回るのが、いいコミュニティだと思います。
S 自分や近しい人の心地よさのためのキーワードをお聞きできました。ありがとうございました。