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特集 | 地方のデザイン集

「介護3.0」で日本の介護のスタンダードを変える、 介護士・横木淳平さん。

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「その人らしく輝いていられる本質的な介護」を「介護3.0」として、日本における介護のスタンダードを変えるために実践を続けている介護士・横木淳平さん。施設でのハード面、介護の実践におけるソフト面とも、希望のある未来をつくっていくためのデザインにあふれています。

目次

生活の中に介護を落とし込む。

 そこがひとつのまちであるような介護施設がある。ランチやお茶ができる居心地のいいカフェがあり、教室や映画上映会などの集まりができるスペース、木工作業ができるDIY室ほか、現在コロナで立ち入りはできないけれど、本来なら地域の人も利用できる開かれた図書室もある。「でも、地域に施設を開くのが目的ではなく、この場所の主語は入居者であるお年寄りの方々。目的は介護じゃないといけないんです」というのは、この施設、栃木県下野市にある介護付有料老人ホーム『』の元施設長・横木淳平さん。「どうしてカフェをつくったかというと、入居者とご家族、ご友人との面会のイメージを変えたかったから。パイプ椅子に座って部屋の片隅で行うような面会って、両者にとって居心地が悪い。それよりも、『このカフェかっこいいだろ』と、おじいちゃんが孫におごってあげるというように、自慢できる場所になればいい」と熱をもって話す。

落ち着く隠れ家風のカフェは、わざわざこのカフェを目指してくる人もいるほどの人気。

 横木さんは介護の本質を「その人らしく輝いていられること」と捉えている。「たとえば右手が麻痺してしまった方がいるとします。これまでの介護だったら、介護士は動かない右手の代わりになろうとして、あれもこれも代わりにやっていた。でも、僕たちが実践しているのは、動かせる左手の可能性を伸ばしましょうということ。あくまでも自分でやれるやり方を一緒に探す。そうすることで生活が楽しくなって、お年寄り自身が変わっていくんです」。

『新』には画一的なケアもマニュアルもない。一人ひとりが、その人らしい当たり前の生活を送れるよう、生活のなかに介護を落としこむことを意識している。だから『新』の建物は無機質な廊下の両脇に個室が並んでいるというような「施設っぽさ」がなく、廊下はダウンライトで最低限の明るさを灯し、歩いていて気持ちがいいよう床には無垢材が用いられ、廊下の幅も奥に進むにつれ微妙に変化。ところどころに、吹き抜けの共有スペースを設けている。そこは、生活の場であり居心地のいいそれぞれの家。その集合としてのまちが『新』なのだ。

“問題”か“可能性”か。捉え方で変わってくる。

 こうしたハード面だけでなく、『新』で行われている介護のやり方自体、目からウロコの連続だ。横木さんは「やるべきことはめちゃくちゃシンプル。目の前にいる人に対してできることを全力でやるだけです。そもそも恋人との関係にマニュアルをつくる人はいませんよね。それと同じで、仲良くなりたかったら、自分ができることを“give”する。そして、その結果、相手からも“give”を受け取るという、人間として当たり前の関係性が大事」と話す。

 以前、入居者のおばあちゃんが旅好きだということを知った横木さんらは、おばあちゃんの思い出の地(宮城県仙台市)へ旅行する計画を立てて、何十年か越しに彼女の夢が叶ったということがあった。「僕らは少し役に立てたかなと思ったんだけど、旅の終わりにおばあちゃんが『今度は私があなたたちをスキーへ連れて行ってあげるわ』と企画してくれる側になってくれたんです。それがもううれしくて。そういう関係性は日常にもたくさんあって、食事を飲み込めたときの喉仏の感じとか、お風呂に入ったときのすっきりとした顔とか、僕らがアンテナを立ててその人と関わっていれば、いろいろなところで”幸せをもらう“ことができるんです」。

社会と接点をつくるため、『新』では外出や旅行などを積極的に実施。

 つまりは、その人のことを考え続ける。たとえば夜間徘徊などの「問題行動」もそう。その行為を「問題」と捉えると、見回り強化などの対策を立てないといけないけれど、『新』では「そもそもどうして徘徊をするのか?」を考える。「昼間歩こうと思ったら連れ戻されてしまうから、人が少ない夜ならいいだろうと歩いているかもしれない。寝付けないから、歩きまわっているのかもしれない。問題とされる行動には無数の理由がある。昼間たくさん動いていれば、夜は疲れてぐっすり眠るかもしれない。僕らの仕事は、なんで? を掘り下げること。捉え方がすべてなんです。目の前のいる人が抱えているものが障害や問題なのか、可能性や個性なのかは、捉え方次第でできることが180度変わってくるんです」。

 お世話をするのが介護というイメージがあるけれど、「介護のプロ」はそうじゃないと横木さんはいう。環境を整えて、可能性を伸ばして、自由と選択肢をもたせることによって、お年寄りが自分で動けるようになるお手伝いをする。「僕らはその目的を一緒に探して、みんなの行動を支えるデザインをする。そしてそれができると、おのずと次のやりたいことが見つかるんです」。そのためには、関係性を育み続けて、考え続ける。介護って、なんてクリエイティブなんだろう。

「介護っておもしろい」、と思ってもらうために。

 2015年に開設した『新』は、横木さんが考える「本質的な介護」の実践の場として順調に運営されている。ところが、横木さんは大きな壁にぶち当たった。「『新』だけよくなっても、日本の介護は変わらない」という思いがあったからだ。

 およそ19年前。横木さんが高校を卒業して入学した介護の専門学校の実習で見た風景は、今でも忘れられないものとなった。ガラス張りの部屋に、オムツが取れないよう鍵付きのツナギを着たお年寄りが寝かされていた。機械的な介護に嫌気が差して一時期は学校からも介護からも足が遠のいたが、だんだんと「やりたい介護ができるくらい偉くなろう」と思うようになった。現場を経験するほど「日本の介護のスタンダートを変える」という強い思いへと変わっていった。

「だったら『新』を卒業して羽ばたいていったほうがいい」と背中を押したのは、『新』の理事・篠崎一弘さんだった。「彼は介護の世界で見たら異端なのかもしれない。でも彼がやることはおもしろいんです。もっと広いところで活躍すれば確実に介護だけでなく社会が変わっていくはずだから」という篠崎さんの応援を受けて、横木さんは2021年2月から「介護クリエイター」として独立することになった。

 
『新』の施設長を横木さんに任せた、『新』常設理事の篠崎一弘さん(左)。横木さんが独立しても変わらずバックアップするのは、「彼が活躍すれば社会が変わるはずだから」。

 その背景には「介護3.0」の存在がある。栃木県をフィールドに活躍するブランディングデザイナー・青柳徹さんによって「介護3.0」と名づけられたことで、横木さんの介護はこれまでとは違う広がり方を見せた。

 オムツ交換、食事介助など、お世話を中心とする現状の介護を「1.0」とすると、これからやってくるテクノロジーによる人材不足解消、労働環境改善型の介護が「2.0」。そして、現在横木さんがやっている「その人らしく輝いていられる」「一人ひとりの夢を叶える」介護を「3.0」とカテゴライズした。

ブランディングデザイナー青柳徹さん(写真左)との出会いで「介護3.0」という概念が生まれ、横木さんが提唱する介護は想像以上の広がりを見せた。これにより「プロの力」を体感した横木さんは、「いろいろな業種の人と結びつきながら、介護業界外に向けて発信していく」ことを決意。

 青柳さんはいう。「介護をお年寄りだけのものではなく開くために、スタートアップとかベンチャーなどに興味のある人にも関係あるというフレーズにしたい、それを一言でいうとなにかと考えました」。そして2019年春に生まれた「介護3.0」は、介護業界以外の人へ広く伝わっていった。「いやあ、すごい反響でした。表現の仕方でこんなにも伝わり方が変わるんだなと。ただ僕が言っていること、やっていることは、介護を始めたころからこれっぽっちも変わってないんですけどね」と横木さんは笑う。

 これからは、『新』でやってきたことを「介護3.0」として抜き出して、実践・普及させていきたいと横木さんは考える。また、在宅で介護を行う人たちの応援、さらには介護とともにあるまちづくりや社会づくりにも積極的に関わっていく。そして、介護職を目指す若者を増やすために、介護でも稼げる道をつくっていきたいと考える。「介護っておもしろいって思ってもらうのが、社会を変えていく近道。僕が異端児と呼ばれているうちはダメ。みんなどんどん真似してもらいたいです」。

 介護は間違いなく全国民が抱える「課題」だ。けれども、横木さんに倣って「課題」を「よりよい未来をつくる試み」と捉えてみることにする。すると、横木さんが照らす介護の未来に、自分事としてのたくさんの可能性が見えてくる。

入居者に「淳平さん」と呼ばれる横木さん。教わることだらけで、ときには叱られることもあるけれど「介護だけは誰にも負けません」。

 

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