安定した品質で、おいしいトマトを出荷できるよう、研究・開発を行う『あさい農園』は、常に進化し続ける農業生産法人だ。日本の若い農業者はもっと旅をしてほしいと、思いを語る、代表の浅井雄一郎さんは、今日も世界を駆け巡る。
先進的技術を導入し、日々、進化し続ける。
世界一おいしい究極のトマトをつくり、安定した品質でお客様に届けたい。そんな思いを抱きながら、11年前に始めた農業生産法人のグループ売り上げを当初の60倍までにしたのが、三重県津市にある『あさい農園』代表の浅井雄一郎さんだ。
4つのグループ会社を合わせると、全部で13ヘクタールという巨大な畑で生産されているのは、主力商品のトマトほか、露地野菜や果樹も手がける。本社の隣にある研究棟と呼ばれるハウスでは、50品種近くものトマトの試験栽培をし、実用化に向けた研究開発や、光や水、肥料の量を変えた生育比較実験などを行っている。
ハウスの中に入って圧倒された。見上げるほど伸びたトマトの苗の一つひとつに給液用の管が設置されていて、水の量とともに、ハウス内の温度、湿度、二酸化炭素量などがしっかりとコントロールされている。さらにはセンサーで植物生体情報を計測することで、それぞれのトマトの生育状態、光合成量、色づき計測などが「見える化」されている。こうすることで、経験値頼みではなく、データに基づいた栽培をすることができ、一つひとつのトマトの質も向上する。さらにはAIを使って栽培・労働管理の最適化も実施。こうした先進的技術を導入し、日々、進化し続ける『あさい農園』には国内外からの視察が絶えない。
「でもね、スマート農業と呼ばれる技術やAIを導入することが目標では決してないんです」と浅井さんは強調する。「『生産性や競争力を高めて豊かになる』『コストを下げて生産量を上げることで、お客さんへ安定的においしいトマトを届ける』といった目標を実現させるためのツールでしか、AIはないんです」。
旅をして、見て、感じて、世界の農業を体験すべき。
浅井さんが強く思っていることは「日本の農業者はもっと世界を見なくてはいけない」ということ。「農業も今やボーダレス。世界へ目を向けないと、日本の農業はますますガラパゴス化してしまう」という浅井さんは、昨年、地球を2周半した。チリやペルー、オランダ、スペインなど、それぞれの国で得意とする野菜や果物、穀物などのおもしろい品種を見つけては持ち帰り、日本で研究開発に利用する。同時に、世界で起こっていることを肌で感じるため、代表自ら積極的に「旅」をしているのだ。
「僕、視察って言葉が苦手なんですよ。『見る』だけな気がして。僕がやっているのは『世界の農業を体感する』こと。旅をして現地の人と触れ合い、見て、感じて、自分で体験することが、すごく大切だと思っています」
事実、19歳のときの「旅」で受けた衝撃が、今の浅井さんを方向づけた。アメリカのシアトル郊外にある種苗会社でインターンシップをしたときのことだった。
浅井さんの実家は、明治期から緑化木の生産を行ってきた農家で、従業員は家族に加えて2〜3人。昔は農業に対していい思いももっていなかったし、家業を継ぎたいという気持ちも積極的にはもてなかった。そんななか、アメリカでは農業がビジネスとして成り立っているのを目の当たりにし、危機感と憧れをもった。「驚いたのは、従業員数や生産面積など規模が大きいこと、テクノロジーを取り入れていること、さらにはチームがあって、それぞれの作業の目的がはっきりしていたこと。それを見て、日本の農業、ヤバいんじゃないかと直感的に感じたと同時に、ビジネスとしての農業に憧れももちました」。以降、アルバイトでお金を貯めては、バックパックで世界中を旅して世界の農業を見て回ったという。
「やっていることは今も、あのころと変わりませんね(笑)。でも、そうやって世界を見ていくと、先進国で自国の人が汗を流して農業しているのは、アジアだと日本と韓国くらいだとわかる。日本の農業はいい面もたくさんあるけど、閉鎖的な悪い面もある。今の時代、農業は肥料や化石燃料、そのほか資源も他国に依存しているから、自国だけではどうにもできない。そうであるにもかかわらず、海外を見ずに『日本はすごい』といってしまうのは危険じゃないかと思っています。世界がどう変化しているかを理解して、自分たちの行動を決めていかないといけない。ただし、どんなふうに変わっていけばいいかは、僕たちが考えていくべきこれからのミッションではありますが」
チームで分業してこそ、最高のパフォーマンスを達成。
20代後半で家業を継いで就農した浅井さんは、それまで植木の苗をつくっていたハウスでトマトの栽培をすることにした。29歳から36歳まで三重大学の博士課程へ通い、ゲノム技術を使ったトマトの品種改良の研究を行いながら、農園では生産性を上げるためのさまざまな試行錯誤を行ってきた。
たとえば人気商品のひとつ「
房取りミニトマト うれし野」は、『あさい農園』の研究棟で栽培試験を行ったのち、グループ会社で大規模施設をもつ『うれし野アグリ』で生産を始めた。『うれし野アグリ』は、『あさい農園』と地元の製油会社『辻製油』、『三井物産』の合弁会社で、『辻製油』の工場排熱を再利用することで、化石燃料を使わないハウス栽培のモデルを開発・実用化した。
浅井さんはいう。「農家を食品メーカーと考えると、生産性を上げるため、研究開発、生産、流通のチーム、営業部隊、経営企画部と分業してやっていくほうがいい。農業はひとりではできないんです。仕事の幅も広いし、それぞれの要素がものすごく深い。いちばんの目的は少ない資源で、おいしいトマトをたくさんつくって、食べてもらうこと。だから僕らはチームで分業して、最高のパフォーマンスを上げていく。チーム農業って、みんなで一つの芸術作品をつくっているようで楽しいんです」と瞳を輝かす浅井さん。
そんな浅井さんが『あさい農園』の進む方向として定めたのが、「ゼロからイチを生み出す研究開発型の農業生産法人になる」ことだ。新しいトマトの品種開発、栽培技術、生産管理技術などの研究開発・普及の取り組みのほか、自動車部品サプライヤーの『デンソー』と設立した合弁会社『アグリッド』では、トマト収穫作業ロボットも開発。今年中の実用化を目指している。そうした取り組みの元になっているのが、つねに「現場を科学する」という行動規範だ。
「農作業って単調でしんどいんです。だけど、そこで働く人一人ひとりがテーマと仮説をもち、どうしてよくなったのか、悪くなったのかを検証していくことで、新しい価値を生み出すことができる。そうすれば、農業者が子どもたちにとって憧れる存在になるはずなんです」と浅井さんは抱負を語る。
農業の未来のためにできること。
昨年は、若い農業者が2年間旅をして世界の農業を見ることができる国際農業奨学金制度「ナフィールドジャパン」を発足、理事に就任した。「今の若い農業事業者たちがオープン・マインドをもって、まず世界に関心をもつ。外に目を向けて、いかに自分たちが井の中の蛙だったかを感じたとき、もしかしたら開眼してブレイクスルーが起こるかもしれない」と次世代に期待する。
最後に『あさい農園』のこれからのプランを聞くと、今年末から、サブスクリプション式のトマト販売を実施する予定だという。トマトの詰め合わせを月替わりで送り、好きなトマトが見つかったら、好みに合わせて品種をセレクトして送る。最終的には「お客様それぞれの好みに合わせたオーダーメイドのトマトを開発して届けられたら」と浅井さんは夢を語る。
世界に一つだけの、自分だけのトマトができるかもしれない。それは、まさに夢のような話だけれども、浅井さんだったら、そう遠くない将来、実現させるのかもしれない。そんな未来を思ってワクワクした。
浅井雄一郎さん 『あさい農園』代表取締役
稼働日のスケジュール
繁忙期
4月~7月
光がいちばんある春に収量が多いので、いちばん働きます。
収入は?
僕が就農した11年前の売り上げば4000万円。現在はそこからグループ全体で60倍に。しかし、設備等の支出も多いです。
農業の楽しさって?
組織のみんながいいパフォーマンスで、いきいきとした顔で仕事しながら、一つの芸術作品をつくっていくときです。