オオカミだけでなく、真偽が怪しいものは、オークションに出してはいけない。
インターネットでいろいろなものが購入できる便利な世の中だ。少し前だと探すのも難しかった古い洋書も、国内外の古本屋で簡単に検索でき、また安価に購入できる。古い文献収集も大好きな僕にはありがたい。一方、オークションサイトでは時折さまざまな標本も競売に出ていて興味深い。かつては珍奇な標本がオークションに出て高額で取引されるようなこともあったという。昔はお金持ちしか参加できなかっただろうが、今では誰でも自宅のパソコンで入札できてしまうのだから大したものだ。そんな中でアンティーク雑貨などとともに出品された標本に、取引が禁止されている動物種が交じっているのは困ったものである。
オークションサイトで時々出品されているものにオオカミの毛皮や剥製がある。種の保存法の下では、ワシントン条約の付属書Ⅰに掲げられる種は売買などが禁止されている。オオカミは付属書Ⅱのほうなのだが、一部の地域個体群は絶滅の恐れがあるために付属書Ⅰに掲載されているという理由で、規制の対象になる。ところがオオカミを家畜化したイヌは同種ながら対象外。イヌは1万年以上の品種改良の歴史がある家畜で、大きさから毛皮の色まで、極めて多様性に富む。オオカミはその変異の一部といってもよく、毛皮がオオカミとイヌのどちらか、と問われても、「間違いなくオオカミである」とは断定できない。毛皮を切り取ってDNAでも調べればわかるのかもしれないが、僕にはそこまでできない。「専門家のくせに」と思われるのを覚悟のうえ、「わかりません」と回答する。
頭骨の一部もよくオークションに出されるらしい。こちらは場合によっては鑑定可能だ。古くからオオカミの下顎の先端を切り取り、穴開けした上で紐を通して、根付としてお守りにする習慣がある。依頼の品を見ると、立派な犬歯の後ろに並ぶ3つの小臼歯は同サイズの小さな疣状の歯である。これはクマ科のもので、イヌ科のものではない。イヌ科では第2・第3小臼歯は前後方向に長い歯であり、骨などをかじる時に機能を発揮する。第1小臼歯が犬歯のすぐ後ろに生えるのも、クマ科の特徴である。いかにクマの骨がオオカミとしてオークションに出されているのか、とあきれた。もっとも、オオカミかイヌかという問題になると、完全な頭骨でなければ判定できない。
本を正せば、オオカミが種の保存法の規制を受けること自体に問題があるように思える。それなら同じく一部の地域集団がワシントン条約の付属書Ⅰに掲載されているツキノワグマはどうなるのか。この種は国内でたくさん駆除・捕獲されており、またその肉は地方の食堂では食材として利用されている。僕は石川県の白山市で「クマ丼」を食べたことがあるが、とても美味であった。日本では北海道に生息するヒグマもヒマラヤ地方の個体群は付属書Ⅰである。オオカミの場合と状況は変わらないが、肉や毛皮が流通している。どうやら種の保存法はかなりちぐはぐなものらしい。とりあえずオオカミだけでなく、真偽が怪しいものは、オークションに出してはいけない。そして入札もしないほうがよかろう。