冷蔵庫の中身が情報化され、不足した食料品は自動的にオンラインスーパーへ発注される。エアコンの温度は室内環境と周辺の気候に連動して調整され、視聴する番組の傾向に応じてスクリーン上に関連情報が流れる。「19時に帰宅するから20時にディナーを用意しておいて!」「明日は雨みたいだからお薦めのコーディネートを教えて!」などと、スマートスピーカーにオーダーをする。それに応じて、ロボット・シェフが料理を作り、保有する服のコーディネートの候補がクローゼットの扉のモニターに表示される。
ロボット・センサーが搭載された自動車は走行のすべてが管理され、仮眠をとっているうちに目的地へとたどり着く。移動の履歴から行動が分析され、よく通るルート付近のレストラン情報がスマートフォンへ定期的に届く。車同士で情報交換をしているので、接触事故や渋滞はバグ以外には起こらない。近所のパン屋さんでは、人工知能の画像識別により、持ち帰るパンの種類が瞬時に判断されて自動精算、好みも把握されているからそれに沿った新商品を次々と作ってくれる。変わり種のパンも、食べてみると自分の味覚にどんぴしゃりだから、さすがである。
ウェアラブルデバイスにより、健康状態の記録がかかりつけの病院に常時共有され、体調に異変がある時にはアラートが発せられる。これにより、病気の予防や悪化を防げるようになった。通信機能を持つ心臓のペースメーカーが生体データを収集し、主治医が遠隔でモニタリングをしてくれる。倉庫内の在庫管理からドローンで輸送する過程のすべてが通信を介して統制され、リアルタイムで正確な状況把握がなされている。農地に設置されたセンサーが読み取る土壌の状態や日射量に基づき、水や肥料の量やタイミングが自動的に計測される。農業の担い手不足の救世主・ロボットが水や肥料をやる。あらゆるモノがインターネットに接続され、世界中がデータ化されている。
世界はデータである。そう言っても過言ではない。生活や仕事を便利にする恩恵は間違いなくあるけれど、データを独占し国民を過剰に管理するデータ中央集権国家や企業が出現し、データの改竄や不正アクセスが日常茶飯事。その攻防はまさにイタチごっこで、終焉を迎えることはなさそうだ。収集・蓄積されたデータの削除を求める「データ削除権」訴訟は、世界的に最も多い法律トラブルである。
そんななか、世界でも有数のデータ中央集権国家のひとつで、蓄積データのほとんどが突如消える大事件が勃発した。大がかりなサイバーテロ、基幹システムの脆弱性など、複数の要因が重なったようではあるが、原因の追究は混迷を極めている。完全解明までどれくらいの時間を要するのか想像もつかないし、バックアップ・データまでもが根こそぎ消滅してしまっているのだから救いようがない。データ中央集権主義の対抗勢力も、いざデータが消滅してみると、生活もままならないし仕事も開店休業に陥り、すっかり黙り込んでしまった。自分にまつわる大量の記録が一瞬で消え去ってしまったことへの喪失感、悲しみの声がネットワークを駆け巡る。
データ、すなわち人間の有り様。世界を永遠のもの、ユートピアに近づけるためにあらゆるものをデータ化したはずだった。ところが、むしろ一瞬で無に帰してしまった大事件を目の当たりし、途方に暮れる。データが消滅するとともに、国も民も弱々しく、静寂の中に佇む。明日は我が身、他人事ではない。
はたして、永遠とはデータ化なのか。データの所在はどこにあるのか。最近、そんなことばかり考えている。
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