おおきなかがやき

連載 | こといづ | 104 おおきなかがやき

2021.08.21

 静かな朝霧の寝床に、んっあっ、んっんっ。ちいさな息子が懸命に這い進んで来た。目が合うと怪獣みたいに興奮しながら、ぎゃあああっとうれしそうに叫ぶ。わあ、おはよう、おはよう。慌ただしい僕たちの一日がはじまった。

 今日で息子は8か月。一人でいるのとも二人でいるのとも違う生活が当たり前になって、なにをするにも子どもが一緒にいるのが大前提の毎日。目まぐるしく大変だけれど、なんて楽しいんだろう。一日のうち、やっぱり息子はお母さんと一緒にいる時間が長くて、きゃっきゃと笑い合ったり、くたくたになって一緒に寝ているのを見ていると、「いいなあ。お母ちゃんがみかをちゃんでよかったなあ」と思う。僕自身、妻と一緒にいて、毎日幸せだ。ぱっと明るくて笑いが絶えないし、涙もろくて愛情深い人だと尊敬している。堪えきれずに感動してぶわっと涙して、周りもつられて泣いてしまうことがよくある。そういう感じ方があるのかと、そういう感じ方できるんやね、と気づかされる。
 外に出かけていても、おじさんやおばさんによく話しかけられているし、スーパーでも店員さんと仲良くなっている。妻がそうなら息子も同じで、誰からもよく話しかけてもらっている。なんだろう、僕にはないなあ、そういうのいいなあと思う。もし僕が一人で暮らしていたら、さぞかし引きこもっていたと思う。一緒にいるとポンポンと明るい果実が弾けて、明るい日向にいられるのでうれしい。息子は人生のはじめから妻と一緒でよかったねと思う。息子がニカッと笑うと妻そっくりで、ああ、この笑顔やな、この笑顔は幸せになるな。そこにいるだけでいい存在っていうのはいいな。僕はどうかな、ただいるだけでは難しい。ちょっとピアノを弾いてみたり、ごそごそ何か風を吹かせないと……と思ってしまう気持ちを、一度やめにしてみたらどうなるのかな。でも、それが僕かな、父ちゃんかな。

 一年にわたる朝ドラの音楽制作のラストスパートに向けて、久しぶりに2週間、休むことができた。休むといっても、広すぎる敷地を延々と草刈りしたり、自分の土地だけでなく峠の草刈りを村の皆で頑張ったり、あっという間に時間が流れていく。休みが終わってしまう前に、思い切って海に出掛けた。山の自宅では夕陽が見られないことが一番残念だけれど、海では思う存分味わえる。巨大な太陽が目の高さに降りてきて、キラキラ、きらきら、てててて、海にかがやく道ができている。波打って、光の粒が舞い踊って、わあ、あかん、こんなん、あかん、妻の眼からも光の水があふれた。息子を抱えながら、光る海に心奪われていると、この光景、見覚えがあった。数年前、二人とも、子どもを授かりたくて仕方がなかった頃、この海の夕陽を同じように眺めて、世界の美しさに、命がめぐりめぐる「かがやき」に感動していた。あの日の自分たちと、今日の自分たちが重なって、今ここにおるよと三人で幸せに歩く。広々した砂浜に若いカップルもお年寄りも寄り添いながら夕陽を眺めている。おおきなかがやきと目を合わせて、そうだったそうだったと、それぞれによいことを思い出して。

たかぎ・まさかつ●音楽家/映像作家。1979年京都生まれ。12歳から親しんでいるピアノを用いた音楽、世界を旅しながら撮影した「動く絵画」のような映像、両方を手掛ける作家。NHK連続テレビ小説『おかえりモネ』のドラマ音楽、『おおかみこどもの雨と雪』『バケモノの子』の映画音楽、CM音楽やエッセイ執筆など幅広く活動している。最新作は、小さな山村にある自宅の窓を開け自然を招き入れたピアノ曲集『マージナリア』、エッセイ集『こといづ』。
www.takagimasakatsu.com

文・高木正勝
絵・たかぎみかを

記事は雑誌ソトコト2021年9月号の内容を本ウェブサイト用に調整したものです。記載されている内容は発刊当時の情報であり、本日時点での状況と異なる可能性があります。あらかじめご了承ください。