数多くの熟練技術者が連携して複雑で巨大なプラントの設計、調達、建設(EPC:Engineering、Procurement、Construction)を手掛けるがゆえに、まだまだ非効率な業務プロセスが残っているプラント業界。プラント業界大手の千代田化工建設で活躍する愛徳氏と「自律設計するCAD」を手掛けるArentの鴨林CEOは、ジョイントベンチャーという形で千代田化工建設のDXに成功し、PlantStream設立に至りました。その経緯や、企業がジョイントベンチャーという形でDXを進めるメリット、プラント業界のDXによって目指す社会についてPlantStreamCEO愛徳氏、ArentCEO鴨林氏にソトコトNEWSの北野が話を伺いました。
PlantStream設立の経緯について
鴨林:2018年5月、千代田化工建設さんが配管設計の自動化についてAIベンチャーと2,3ヶ月PoCを進めている中で、プラント設計のノウハウをアルゴリズム化したCADを開発しようとご提案しました。愛徳さんはDXを進めることに非常に前向きで、プラント業界の課題を解決したいという思いが強かったんです。愛徳さんが上長の承認を得てプロジェクトを推し進められたのですが、Arentの企業規模感では人員が足りないことがわかっていたので、ひたすらメンバーを採用しました。プロダクトが大きくなっていく中で、システムを外販しないかという話が出ました。外販すると利益が出て、その利益を開発に回せるのでいいサイクルが生まれます。そのプランを実現するために、ジョイントベンチャーという形を提案させていただきました。
愛徳:大規模プラントを手掛ける千代田化工建設では数多くの部署が関連しているため、社内に話を通すのって本当に大変で。鴨林さんは簡単に説得したって言っていますが、実はかなり難儀な交渉がありました。配管設計の自動化は1990年代にも自社開発をしていたり、競合製品がいる中で、本当に社内開発を推し進めるべきなのか、我々開発タスクメンバーだけじゃなくて上長や部下、部署や本部を全員巻き込んで進められたのが、一番のポイントだったと思います。
北野:上長がプランを役員陣に通してくれたということですが、役員陣の琴線に触れたポイントは何だったのでしょうか?
愛徳:2つあると考えています。1つが開発タスクチーム(千代田化工建設とArentさんの両メンバー)のコミットメント力です。担当者とタスクチームのメンバーとその上長全員が本気にならないと、当然役員、親会社にも説明、説得できなくてそこがまずポイントでした。当時の千代田化工建設の経営状況が危機的で親会社への説明は難航しましたが、上長と丸の内に行ったのが今となっては良い思い出です(笑)。
2つ目が技術的ポイントのブレイクスルーがあったところです。我々はPoCが終わった段階でシステム開発の確証を持ち、最初から外販を目指してやっていこうとArentさんと同じ目標でやれていたのもポイントだったと思います。
鴨林:愛徳さんの今回のプロジェクトにかける思いがすごかったです。業界として実現したかった一丁目一番地のグランドプランというのを、技術力に定評がある千代田化工建設さんが一気に実行していただいたのもインパクトが大きかったです。実は、プラント業界のトップ企業が10年後の2030年に実現しようと取り組んでいたんですけど、それを千代田化工建設さんがすごいスピードでやり切ったんです。
北野:大手企業とベンチャーの組み合わせについて、アプローチなどの違いをどう乗り越えたのでしょうか。
鴨林:1点目は、スタートアップと大手企業には違いがありますから、プロダクトベースでプロダクトに向き合って少しずつそのギャップを解消することです。一般的には、大手企業は業務知識が非常にあってIT知識があまりない状態。スタートアップは、IT知識が非常にあるけれど業務知識があまりない状態です。そこの歩調を合わせながら一緒に足りない知識をアジャイル開発することによって、両社のギャップを埋めていく作業をしています。我々はプラントの業務知識を増やしていく、一方で愛徳さんはIT開発の方法、モダンな開発の方法を実地によってギャップを埋めていく、ということを実施しています。2点目は、チームが一丸となってはじめて1つのスタートアップのようになるので、大手企業内にスタートアップがある状況を作りました。そもそもチーム構成、新規事業開発とかDXの現場ってIT人材がいない状況ですので、我々はそこに入ってチーム化することやっていました。結局何をやってるかというと、大手企業様のチームのスタートアップ化をやってるわけです。スタートアップと大手企業の文化を調和する。スタートアップが納得させるような大手企業のロジックは違うんですけど、密にコミュニケーションを取りながら、どんなロジックだったら納得いただけるんですかという話をしながら、承認を通していきました。
ジョイントベンチャー形式のメリットと設計のDX化で変わったこと
鴨林:千代田化工建設さんのブランド力を生かしたネットワークと人材力がメリットでした。まず我々は当然土地勘のない業界で、愛徳さんとご一緒することによってだいぶ業界理解はできたのですが、業界内での人間関係や取引は全然ないわけです。そういったところで、千代田化工建設さんの社長様はじめ皆様すごくサポーティブでして、今度こんなところ行ってみなよ、連絡とってあげるよなど、とても協力的で本当に感謝しています。また、千代田化工建設さんのブランド力が活かせるのがメリットでした。例えば私たちが名もないベンチャーで始めた場合、いきなり有名企業と話をするのは厳しいのですが、大手企業のブランド力があって販売できているところはすごく意識はしています。あとは人材です。いろんなスキルの方が内部にいらっしゃいますので、こういう人がマッチするんじゃない?っていう細かいところで気づかせていただけます。人の部分とネットワークの部分と、こういったところがスタートアップには中々ないので、非常にありがたく感じているところですね。
愛徳:このプロダクトであればどこの会社でも刺さるだろうという自負はあったんですけれども、やっぱりそのはたで、PlantStreamという立場で様々な企業さんとお話ししたとき、私のバックの千代田化工建設の信用力がすごく活きていました。一方で千代田化工建設のガバナンスでPlantStreamという事業をやってしまうと、スピード感を持って対応できないことが発生します。例えば我々としては顧客ニーズに応えるために売上が立っていない状況でももっと開発を推し進めたいが、千代田化工建設としてはある程度売上が見通せてから次の開発を促進させるとか、保守的な見方っていうのがあります。そういった場合には、親会社同士で事業計画や資金調達計画を議論し合うなど、千代田化工建設とArentが50:50だったのはお互いにとってプラスでした。
愛徳:それはありましたね。しかし結局PlantStreamは汎用的なツールであって、これで出来る事は他社との差別化ではありません。PlantStreamで全部の設計ができるわけではなくどのように利用するか各社によって異なります。このソフトウエアをうまく使って仕事のやり方を変えること、組織改革を実施することが1番の強みであり、特にソフトウェアは競争(社内開発)から共創(オープン)の考え方自体を世の中に広めていくべきだと考えています。
北野:PlantStream、すなわち設計のDXによって何が変わりましたか?現場の働き方の進化とか、現場の意識をどういう風に改革されたのかみたいな話をお伺いできればと思います。
愛徳:一番はマインドセットでしょうか。これまで二次元ツールで作業されていた方がPlantStreamを利用して、三次元設計の浸透、自動設計のリアルを実感されていました。
こういった社員のマインドセットによって、担当の流動化が実現し、工数がこれまでより減り、業務の削減効果があると考えられます。設計者の標準設計を作ることによってさらに、設計の方々が付加価値の高い業務に携われるようになります。
PlantStremがこれからどう社会に影響を及ぼせるのか?
鴨林:時価総額上位の会社とか、上場企業でもIT系が増えてきたっていうのはやっぱり、それだけ利益率が高いってことですよね。総資産ランキングを見ても、若い人で上位にくるのってIT系の長者みたいな人達ばかりです。日本では生涯年収が2億とか3億って言われる中で、例えばうまくやったら数億ゲットできますみたいな形があれば、頑張ってみようと思う人達が出てくると思うんですよね。日本で働いていると頑張っても頑張ってもなかなか報われないもどかしさを感じることがありますが、頑張ったら報われるんだっていうものを作り出したいって考えています。それによって皆が盛り上がる、そういう仕組みや世界観を作りたいなというのが私の思いですね。
北野:ベンチャーと大手企業のJVもそうですし、技術をDXしていくっていうのはまさにSDGs的、働き方の平等にも繋がるし、産業のアップデートにもなるしっていう意味で、次の時代を担うやり方ですよね。
鴨林:DXで意識するのは公平さや平等さ。公平さと平等さってサスティナブルに密に繋がると思います。正しい人に正しい報酬がいくことこそ、やっぱりサスティナブルの1つの要件だと捉えています。
愛徳:ツール視点では私たちがやってるのは単なるプラント設計のデジタル化に過ぎません。他にもいろんなモノづくりの設計から解析までのサイクルって同じではないかと思います。当然、モノの違いによるパラメータの違いはあります。これはプラント業界だけじゃなく、日本の技術者が持つ全員に当てはまる事例で、大手企業こそ、技術や独自のパラメーター、標準設計図書をたくさん持っていると思います。そういう会社がArentさんのようなスタートアップとJVを作るなど、自社で開発して外に出すなどの事例に多く繋がっていくことが、日本の技術を発展させるという意味でも必要だと感じています。
鴨林:Arentでは2つの軸を持って世界を変えていきたいと考えています。DXの観点では、努力した人が報われる社会、すなわち経済的な意味でのサステナビリティと考えていて、努力した人が報われる社会を実現したいと考えています。もう一つの観点でいうと建設業界は生産性が非常に低い状態で、これ自体やはりサステナビリティではないです。そこにメスを入れていくというのは非常に重要なことなので、PlantStreamでもやっていきますしArent単体でもやっていきたいです。
愛徳:やっぱりプラント業界にDXがないというのが私の気づきで、それを変革したいという想いがあります。それをやることによって、制約を持った人、経験の浅いエンジニアでも働けるような業界になると思ってますし、業界の非効率をDXで減らしていきたいです。最終的には、PlantStreamの設計初期から世界の資材調達サプライチェーンを繋いで、建設現場まで効率的に資材を運ぶというのをやりたいです。それがプラント業界のマニュファクチャリングじゃないですけど、そういうプラットフォームを作る。それを作った時にEPC(Engineering、Procurement、 Construction)において真のDX実現に近づくと思うのでそこを目指してこれからも頑張りたいです。