うずうず

連載 | こといづ | 107 うずうず

2022.02.21

果てしなく、次から次へと、すらすら真っ白な雪が空から降りてきて、山がこんもり、おいしそう。あたり一面、白、白、白。すべて、何もかも分け隔てなく、たかぶり過ぎたこの一年の僕の興奮も一緒に包んでくれた。雲が晴れて透き通った青空に、眩しい太陽がシャンシャンシャン光を放つと、ちゅっちゅっちゅっと可愛らしい接吻のような音があちこちからして、雪も心も、とろけていった。つるんと一枚、全身を覆っていた重たいものが剥がれ落ちた。洗い流されて、まっさらな緑の草や樹々がそこここに現れて、凛としている。

人生にひとつ新しい変化が訪れているのを感じる。これまでにも何度も変わり目を経験してきたけれど、10年振りくらいの久しぶりの大きな変化に向かっているのだと思う。妻も同じように感じているので、きっとガラッと暮らしが変わっていくのだろう。丸々っと総入れ替えの時。

人生って不思議だ。いまここにある世界と一体になるくらい満ち足りる時もあれば、まだ知らない世界に身も心も置いてみたい憧れが生まれてくる。憧れに向かって、毎日の暮らしをどう変えていこう。人知れず、少しずつ進めていることもいくつかあるのだけれど、まだまだ形になっていないし、形になる日は来るのかとも思う。大きな変化ではなくても、毎日ほんの数分だけでも、し続けることで広がっていく世界もある。ここ1か月、家にある楽器を順番に演奏して回っている。我が家にはいろんな楽器が集まっているのに、ろくに演奏できないものがほとんどなので、じっくり練習してみている。はじめの数日は本当にひどい音しか出せなくて、演奏するのも嫌になるけれど、ある日突然、しっくりきて音が鳴り出す。自転車の練習と同じで、一度、できるようになってしまえば、さらに先へと何時間でも演奏していたい気持ちが湧いてくる。足踏みオルガンなど壊れていた楽器もいくつかあって、せっかく時間があるので修理もし始めた。中途半端で使えなかったものが、どんどん生まれ変わってわいわい生活の一部になっていく。持っている物、家も、躰も心も、隅々まで使えたら気持ちいいだろうな。

きっと毎日、息子の成長っぷりと一緒にいるからだと思う。新しくできることが毎日のように増えていく息子を目の当たりにして、僕もうずうずしている。つい先月までハイハイしていたのに、いまは何処までも歩いていく。あれだけ熱心に弾いていたトイピアノを弾かなくなって、代わりに箱や棒で遊ぶようになったなと思っていたら、ぐるっと楽器に戻ってきて、あれ、いつの間にそんなに弾けるようになったん。

たかぎ・まさかつ●音楽家/映像作家。1979年京都生まれ。12歳から親しんでいるピアノを用いた音楽、世界を旅しながら撮影した「動く絵画」のような映像、両方を手掛ける作家。NHK連続テレビ小説『おかえりモネ』のドラマ音楽、『おおかみこどもの雨と雪』『バケモノの子』の映画音楽、CM音楽やエッセイ執筆など幅広く活動している。最新作は、小さな山村にある自宅の窓を開け自然を招き入れたピアノ曲集『マージナリア』、エッセイ集『こといづ』。
www.takagimasakatsu.com

文・高木正勝
絵・たかぎみかを

記事は雑誌ソトコト2022年3月号の内容を本ウェブサイト用に調整したものです。記載されている内容は発刊当時の情報であり、本日時点での状況と異なる可能性があります。あらかじめご了承ください。