楽しんでやっていることが、実はSDGsの実現につながっている、それって最高。東京・台東区にオープンした『Rinne.bar』は、ゴミとして捨てられてしまうはずだった素材で、ものづくりの楽しさを体験できるバーだ。「つくる責任 つかう責任」を考えるとともに、創造的な未来をつくるための、大人のための気づきの場所でもあるのです。
人間の創造力に着火して、生活のありようをクリエイティブに考える。
入口の扉は見るからに楽しげで、形や大きさが違う建具の組み合わせでできている。中に入ると、パッチワーク状に端材がデザインされた大テーブルがどーんと現れ、スケルトンになった上面には、金槌やペンチ、カンナなどの工具が埋まっているのが見える。
今年2月1日、ものづくりの町として知られる東京・台東区の「カチクラエリア」(御徒町、蔵前、浅草橋)に誕生した『Rinne.bar』は、「クラフト」「ドリンク」「アップサイクル」をキーワードにした、おとなのためのエンタメワークショップができるバー。営業時間は夜10時までで、端材や、革や布の余り、レジ袋を圧着してつくった「ポリフ」などの素材を用い、オブジェやキーホルダー、蝶ネクタイ、アクセサリーなどをつくる喜びを、お酒を飲みながらワイワイと体験できるのだ。
「ただ、お酒に興味があるでもいいんです。おとなたちにこそ創造することを楽しんでもらいたいので、言い訳を用意としてバーの形をとりました。お酒を飲んで手を動かしているうちに、『不器用だから』という思い込みを乗り越えてもらいたいと思って。もちろん子どもも体験できますよ」。『Rinne.bar』代表の小島幸代さんは朗らかに笑う。こうして創造する楽しさに目覚めると、これまでゴミだと思っていたものが素材に変わり、持続可能なものづくりであるアップサイクルが日常に組み込んでいくという目論見だ。
とはいえ、リユースやアップサイクルをすることが、この場所をつくった第一の目的ではないと小島さんはいう。
「『Rinne.bar』のコンセプトは『クリエイティブ・リユース』ですが、リユースはあくまでも手段であって、私たちがやりたいことは“人間の創造力に着火する”こと。地球にやさしいからというよりも、生活のありようをどうするかを創造的に考える。生活のありかたすべてを、工夫しながらやっていくことが大事だと思うんです」
ポートランドで見た理想を日本でもつくりたい。
「誰もが自信をもってクリエイティブを行うことで、創造的な発想が生まれる環境をつくりたい」。のちに『Rinne.bar』へとつながるこの思いは、小島さんが美大を卒業して、デザイナーやクリエイターに特化した人材コンサルティング業務を行っているときから感じていたことだった。何かを考えるとき、多くの人が「こうならねばいけない」という「社会の正解」にとらわれてしまいがちになる。それを打破するには、独自の想像力で発想するクリエイティビティが必要なのではないか。想像力、個性に自信をもつことが必要なのではと、思うようになった。
転機は、アメリカ・ポートランドでの「クリエイティブ・リユース」との出合い。公立の学校の先生たちが教材の使い残しを集めて保管していたのが始まりの店『SCRAP PDX』は、まさに“宝の山”だった。紙、布、文具など、あらゆる使い残し、“ガラクタ”が色とりどりに集められ、ボランティアたちが仕分けをして販売している。一方、お酒を飲みながらものづくりを楽しむ店『DIY BAR』では、みんな活き活きとものづくりを楽しんでいた。小島さんは、そうした世界に大きな循環と可能性を見てとり、自分が理想とする世界がここにあると感じた。「よし、これを日本でもやろう」と決心するのに時間はかからなかった。2018年9月のことだった。
決断のあと小島さんが行ったのは、事業計画書の作成、および仲間を集めること。「チームの大切さ、チームだからこそ乗り越えられることがあることは、人事の仕事をしていたこともあり、痛いほど知っていました。とくにクリエイティブ・リユースは、すごく手がかかることもわかっていたので」と、福祉の仕事やものづくりに携わっている人などに声をかけていった。
プロジェクトの立ち上げメンバーであり、現在、『Rinne.bar』の企画・運営を行うのは小島さんを含む9名。経営企画、商品企画、アートディクレター、コミュニティマネージメント、店舗マネジメントなど、それぞれに違うバックグラウンドをもっている。メンバーのひとりで共同経営者である西田治子さんは、外資系大手コンサルティング会社に勤務していたが、東日本大震災を機に、東北に暮らす女性たちの手仕事をサポートする団体『Women Help Women』を立ち上げて理事を務める。
「人間の本質はものづくりにあって、ものづくりをすることで人間になったと、フランスの哲学者・ベルクソンによっていわれるほど、創造的であることは大切なこと。効率重視の社会ではなく、手仕事からくる敬虔さと自信を人間は取り戻したほうがいい。創造する生活者、新しい生き方の入口を一緒につくりたいと思いました」と、参加の動機を語る。
こうして、メンバーたちの思いと、小島さんの思いとが呼応し合い、プロジェクトの企画はどんどん熱を帯びてふくらんでいった。ところがメンバーが集まってすぐに、コトを起こさないのがおもしろいところ。小島さんたちはチームのコミュニケーションを育てるのを優先して、約1年間かけてチームビルディングを行った。ポートランドへの合宿、ポップアップストアとしてのイベントへの参加などをとおして、自分たちのプロジェクトには何が必要なのか、どうしたら喜んでもらえるのか議論を重ねた。
そうして決まったチームのスローガンは「Keep on Rolling」。思考停止せずに、大きな循環をつくっていく。団体名は、すぐに捨てない、日本のもったいない精神を輪廻転生ととらえ『RINNE』、ものづくりを行う店の名前を『Rinne.bar』とした。
自分たちの未来をいかに楽しく創造するか。
『Rinne.bar』に入ったら、まずは飲み物を注文し、現在は6つ用意されているプロジェクトのなかから、何をつくるか決め、必要な材料と工具を取りに行く。さまざまな素材を前にして、どれを使おうかと悩むだけですでに楽しい。見慣れない工具やパーツを手にして、使い方がわからないながらも、考えながら手を動かす。隣の人は違うものをつくっているけれど、なぜか不思議な連帯感がある。普段とは違う感覚を使うからか、手を動かしながらにやにやしてしまう。ああ、ものをつくるのって、こんなにおもしろいんだ。
「おとなが変わらないかぎり、次の子どもたちの世代の環境は変わらない。おとなたちが楽しんでいるところを感じてほしいと思っています。失敗したっていいんです。『ま、いいか』と失敗を許容し楽しんで、それを乗り越えていけばいいのだから」と小島さん。
大切なのは、想像し、創造することをやめないこと。ものや思考が、ぐるぐると循環していく状態をつくること。ものづくりをおもしろいと思う先にある、自分たちの生き方そのもの。まさにKeep on Rolling。「地球にやさしくすることは、絶対に自分たちの生活に返ってくる。いかにそれを、創造的に楽しくやっていくか。考えていくだけでわくわくします」と笑う小島さんたちの瞳は未来に向かって輝いていた。
Let’s Try! 私だけの一点ができるまで。
1 端革のキーホルダーをつくってみることに。
2 こんな工具があるんだ、と新たな出合いがここにも。
3 出来上がりを想像しながら素材を選ぶ。
4 テーブルに、工具、素材、お酒が揃ったら準備OK。
5 革の型抜きを行い、金具をはめていく。
6 30〜60分でキーホルダーが完成!
QUESTION このアクションを続けるために、大切にしていることは?
常に考え続けることを止めないこと。