The Kings

連載 | リトルプレスから始まる旅 | 60 The Kings

2021.07.19

アメリカの懐の深さ。


 今回紹介するリトルプレスは、写真家・平野太呂さんの『The Kings』。
 アメリカ中央に位置するテネシー州メンフィスで、エルビス・プレスリーの命日である8月16日に毎年開かれる「エルビスウィーク」。そのフェスティバルに、世界中から集まった様々なトリビュート・アーティスト(エルビスのモノマネをしている人たち)を被写体にした写真集。
 トリビュート・アーティストの背景は、アメリカらしい町並み、広い道路、駐車場、大きな車、鮮やかな看板など。
 思い思いのエルビスの扮装で登場する被写体の男性たちは、エルビス・プレスリーとは、お世辞にも似ているとは言えない風貌であっても、独特のエルビス像を醸し出す。


アロハ


 僕たちは、彼らに古き良きアメリカを連想し、アメリカのノスタルジーを垣間見たような気持ちになる。
 ただ、エルビス・プレスリーが活躍していた1950~60年代のアメリカの社会は、彼を肯定的には見ていなかった。
 ロックンロール自体が反社会的であることや、メンフィスという黒人の労働者階級が多い地域の中で、黒人の音楽を聞き、ゴスペルのショーから強い影響を受けた彼の歌い方は、保守的な嗜好を集めたカントリー・アンド・ウェスタンとはまったくの別物だった。


ロックンロール


 コーラスも黒人女性で構成し、下半身を動かすパフォーマンスは物議を醸し、PTAや宗教団体、なによりも保守的な層から弾圧運動が起きるほど大きな拒否反応を受けた。
 彼を支持したのは、古い慣習や体制に不満を持つ当時の若者たちだった。
 プレスリーの与えた影響を考えると、写真に登場する男性たちを、保守的な大人と見ることに違和感があることに気がつくと思う。


黒人女性


 髪を黒く染め、大きなもみあげ。派手な衣装や大げさなパフォーマンス。
 保守的と見えたその姿をよく見ると、登場する人物は白人男性だけではなく、体格や人相が異なっても、人種や年齢に関係なく、それぞれの個性が、それぞれ異なるプレスリー像を描いていることに気がつく。
 写真集に登場するプレスリーたちには、どこか愛嬌があり、どこかおかしくて、少し寂しい。そしてカッコイイ。
 平野太呂さんの『The Kings』は、一見保守的に見えるアメリカの中に、人の多様性を認めることのできる懐の深さがあることを、改めて思い出させてくれる。


今月のおすすめリトルプレス


『The Kings』


エルビスのトリビュート・アーティストを撮影した一冊。


写真・著:平野太呂 2016年9月、ELVIS PRESS発行 220×186ミリ(96ページ)、3240円


写真家・平野太呂より一言


平野さん


出落ちみたいな作品。つまりは最初のインパクトの強さが肝心な本になるだろうなと思っていたので、撮影の方法もしつこくなく、4日間のみで行いました。出版も小さなレーベルからサッと出す感じがよいだろうと。そしてELVIS PRESSなら名前からして完璧だと思い、話を持ちかけたのです。