こうえん

連載 | こといづ | 112 こうえん

2022.12.12

ほほっーほーー。いま、すぐ横をとびきりの笑顔で駆けていった息子。明後日は2歳の誕生日。新しいことを経験する度に、豊かになっていく息子を見ていると、ほんとうに我が家に一人の人間が増えて、一緒に生活しているのだなと、しみじみする。レコード・プレイヤーの操作が巧みになってきて、お気に入りのレコードに自分で針を落とすと軽快な音楽に合わせて踊り始める。いいぞ、いいぞ。そのステップ、いいぞ。僕も一緒に思いっきり踊って息を切らす。

今年(2022年)の秋は大変だったなあと、いつかまた思い返すことがあるだろうか。いま、この2か月のことを思い返してみると、大変だったなあと、とりあえず深呼吸してみる。

9月のはじめ、3年振りのコンサートがあった。コロナ禍の影響や息子が生まれたことも相まって、随分と舞台から遠ざかっていた。できるだけ普通のことを、この数年、窓を開けて自然と一緒に演奏してきた様子をそのまま持っていけるような舞台になればいいな、どうすればそうなるかなと、毎日ピアノの練習に励んだ。本番が数日後に迫るなか、いよいよ演奏したい曲が定まって、一度通して弾いてみたら、燦々と陽が差し込んで、先日他界した祖父が聞いてくれているような、自分でものすごく感動して曲目を弾き終えた。ああ、本番も今日みたいにいいコンサートになればいいな、と感じたその刹那、ごごごごごごおぉぉ、地震のような大きな音が轟いた。山が崩れたか、家が崩れたか、慌てて外に出てみると、家のすぐ下の石垣が大きく崩れ落ちていた。近寄ると、さらに崩壊が始まって、どうすればいいのか想像もつかない。このまま崩壊が続くと、家まで崩れないか、そもそも何が原因で崩れたのだろう。今日は晴れの天気だったのに、この夏の豪雨の影響だろうか。誰に相談すればいいのだろう、このままここに住めなくなるのだろうか。足元が揺らぐという表現があるけれど、実際に揺らいでしまうと、こんなにも心の支えがなくなってしまうものなのか。

さらにこれから台風がやってくるというので、急いでブルーシートを被せた。吹き荒れる嵐が過ぎ去って、目覚めた翌朝、石垣は大丈夫だったが、振り向くと、大きな八重桜の木が、ない。毎年、ふっくらと見事な花を咲かせていた大好きな木が、根元からバッタリと折れて倒れている。ああ、なんてこと。重すぎて動かすこともできないけれど、何かできることはないのだろうか。露わになった根に大量の土を被せてみる。水分がなくなって枯れてしまうのを防ぐために、葉っぱを取り払う。なんとか、もう一度、立てますように。最近知り合えた庭師に相談してみると、八重桜も石垣も元どおりになるように仕事を頼める様子だったので、心強く感じながらも、どうにも落ち着かない気持ちのまま、コンサートの日がやってきたので、東京へ向かった。

立派なコンサート・ホール、久しぶりに再会するスタッフ、たくさんの観客席。ああ、そうだった。これまでは必ず妻も客席から観てくれて、それだけで安心できたし、自分が向かう方向を見失わずにいられたけれど、今日は小さな息子と一緒なので席には着けない。妻と息子は舞台裏の楽屋で過ごすことになった。

薄暗い明かりのなか、ひとつひとつ、ゆっくりと音を奏でる。家と違う環境で、家と同じようにピアノを弾くのは、なかなか大変なことだと改めて感じる。コンサートってこうだったと懐かしい感覚を味わいながら、大勢の人が舞台に集中している不思議を、微かに確かに感じるたくさんの期待を、自然が目の前にないことを、自然の猛威に我が家が襲われたことを、僕は舞台で何をしたかったのか、しているのか、少しずつ分からなくなって、「今日は用意してきた曲を演奏していくつもりですが、どうにも分からなくなってきました。どこに辿り着くのか、最後まで演奏してみたら分かる気がするので、最後までよろしくお願いします」と合間に喋ってしまった。

ひととおり、曲を弾き終えて、なんだかポカンとした気持ちのまま、このままでは終われない気持ちで、お客さんが聴きたかった曲を募りながら、思いつくままに弾くつもりではなかった曲を弾いていった。自分ひとりのコンサートが、公演、みんなのものになっていく感じがした。すると、不思議なことが起こった。どうにも息子のことが気がかりになってきた。何が気がかりなんだろう。いま一緒にいないこと。違う、なんだろう、あれ、あっ、わかった! 最後に一曲。僕が育った故郷の住宅地で作った曲を十数年振りに弾きたくなった。一歩一歩、踏みしめながら、毎日を歩いていく曲。ああ、早く息子に会いたい! 楽屋に戻ってみると、きゃああぁと廊下を走り回っている息子。妻が笑いながら追いかけて「おめでとう!」と目が合うなり言ってくれた。「そうそう、わかったんよ!」。「わたしも!」。不思議なことに、僕も妻も、まったく同じことを、それぞれ舞台と楽屋で、感じ取っていた。その夜、僕たちは、コンサートの演奏の話は全くせずに、コンサートの時間に感じた息子のいろいろについて、延々と話し合ったり調べたりした。

それから2か月、朝から晩まで、文字どおり息子中心の日々に切り換えた。自分たちの都合より、息子を最優先させた。これまで行かなかった場所も、どんどん行ってみた。山に住んでいると、公園という場所から遠ざかっていたけれど、いまは公園に夢中だ。なんだろう、もうよっぽど開いていきたい。公園のように。誰でも入れて、遊べて、休めて。長くかかったけれど、石垣も前以上に美しく積み上げ直って、八重桜もなんとか立ち直って、息子も元気に毎日新しいことにチャレンジしている。それだけでお父さんは幸せよう。

文・高木正 絵・Mika Takagi

記事は雑誌ソトコト2023年1月号の内容を本ウェブサイト用に調整したものです。記載されている内容は発刊当時の情報であり、本日時点での状況と異なる可能性があります。あらかじめご了承ください。