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多様性

連載 | ゲイの僕にも、星はキレイで肉はウマイ

魂のNO

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いつも行くゲイバーで、映画『エゴイスト』の話題になった。ゲイの主人公の悲恋を描いた作品、といえばいいのだろうか。恥ずかしながら、あらすじとTwitter上での反響程度しか知らぬまま僕はその輪の中にいた。お店のママが「鈴木亮平のインタビュー映像、観た?」と言うと、隣の青年が「よかったですよね!」と重ねた。鈴木氏はニュース番組のインタビューで、「この役を演じるまで、LGBTQ当事者の痛みを理解できていなかった」と語ったらしい。カウンターに座る各々がスマホでその映像を漁り、あーこれかー! とか、すごいなぁと言って見始めると、店内はうすくオレンジがかったような、温かい空気で満ちた。

「設定にリアリティがないんだよね」。ピアノの高音部の鍵盤をカーン! と叩くみたいに言い放ったのは、カウンターの真ん中にいた50代くらいの方だった。彼は、自分もあらすじしか読んでいないこと、読んでいる内に観る気が失せたことを語り、そのまま流れるように不満を述べた。「こんな映画、不愉快だ」。要は、そう言いたいらしかった。霧雨程度のパラパラとした殺気を感じてママのほうを見ると、それを払うみたいに手振りをつけて笑って、焼酎のボトルをグラスに傾けた。「ほんと変わんないね! 」。おじさんのグラスに、黄金色の優しさが満ちた。
「モテるでしょ!」への返答は「そう見えます?」くらいでいいし、なるほど、こういう時は「変わんないね!」くらいがちょうどいい。YESでもNOでもない返答は、大人だからなせるわざだ。10代の頃は「すべては分かり合えない」ということが悲しみでしかなかったけれど、大人になると、それは優しさの原型でもあると気づく。「お二人はいつからの仲なんですか?」と僕が重ねると、おじさんは陽気を取り戻し、初めて会ったのはもう20年前でね、と語り始めた。その話にはウィットがあり、先ほどの調子とは印象が違った。「今の若い子ってそうなの!?」と若者をたてるような口上も含まれていて、気が利いていた。この方はLGBTQのムーブメントが動き出した10年前、40代だった。その頃には、無理解な社会の上に自分の生き方をすっかり築き上げていたのかもしれない。「期待しません」そう高を括ったずいぶん後に、テレビで俳優がLGBTQの苦難について語っていたならば、自分も不愉快に感じたのかもしれない。
僕も社会人になって10年が経ち、れっきとした大人になったわけだが、もはやガッカリするくらい何事にも事情があることを、この10年で思い知ったし、身の回りのすべての事情を汲み取っていては、身動きがとれなくなることも痛感した。そういう意味で社会に出て何かを為す限り、僕たちはフェアになり得ないわけだが、だからと言って、「フェアとかどうとかいいから、“結果”だそうぜ」みたいな価値観を、自分は「大人」だと思わない人間であると、はっきり自覚した。それよりも、意味があってもなくても、目の前の人や社会の背後にあるものをできる限り汲み取りたい、フェアでありたい、そう願う心こそが「大人」ではないか、と思うようになった。
だけど僕はいまだ、当然未熟だ。世間では今、「LGBT法案を認めては、男性の姿形をした人が『心は女性だ』と言い張り、女子トイレや女湯に押し入るだろう」という言説が広がっている。トランスジェンダーの人権を、変質者の暴力と同列に語る人がこんなにもいるのだと知った時、僕は反発心を持つよりも、日本のダイバーシティ推進の現状を思えば仕方ないか、と考えていた。これにはハッとした。
僕のトランスジェンダーの友人は、10代の頃、多目的トイレの場所を調べなくては、怖くて出掛けられなかった。また別の友人は長い間、誰にもバレないように自室でメイクを練習しながら、命をつないでいた。トランスジェンダーの人々ほど、周囲の視線を気にせざるを得なかった人たちはいない。そんな人たちを、望んで奇異の目にさらされたがる人たちと同じだとは、言わせてはならない。僕に必要なのは、おじさんのような「魂のNO」だ。おじさんはまた、違う映画に関することで若者に噛み付いていた。言い方考えろよ、とは思った。
文・太田尚樹 イラスト・井上 涼
おおた・なおき●1988年大阪生まれのゲイ。バレーボールが死ぬほど好き。編集者・ライター。神戸大学を卒業後、リクルートに入社。その後退社し『やる気あり美』を発足。「世の中とLGBTのグッとくる接点」となるようなアート、エンタメコンテンツの企画、制作を行っている。
記事は雑誌ソトコト2023年5月号の内容を本ウェブサイト用に調整したものです。記載されている内容は発刊当時の情報であり、本日時点での状況と異なる可能性があります。あらかじめご了承ください。

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