標本番号100番の謎

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よくくる質問が「あの剥製と骨格は本当に同じ個体なのか?」というものである。


 国立科学博物館の哺乳類標本は明治・大正時代の帝室博物館コレクションに由来する。帝室博物館時代の哺乳類標本台帳が残されていて、960番までの標本が登録されている。こういう古い標本資料は眺めているだけで楽しいものである。最後に近い953番の「おほありくひ」は大正12年(1923年)に当時の有名な剥製師・坂本喜一から購入したオオアリクイの剥製標本である。同年9月1日の関東大震災で国立科学博物館の前身である東京教育博物館の標本は灰燼に帰し、帝室博物館の自然史コレクションが移管されて自然史系博物館としての道を歩み始める。このコレクションの100番に「やまいぬ」、つまりニホンオオカミが君臨している。第百話にふさわしい話題だ。


 帝室博物館コレクションを古い順に見ると、24番までがサル類、44番までがコウモリ類、その次に僕の大好きなモグラが登場する。ここから59番までが食虫類で、そのあとに食肉類が延々と続くので、どうやら分類順に標本を登録したようだ。なお、備考欄には「二十二年旧博物館引継」とあり、帝室博物館の初期のコレクションは明治22年(1889年)に東京教育博物館から移管されたものとわかる。しかし帝室博物館に来るまで標本登録はされず、あるとき奮起して霊長目・翼手目・食虫目の順に標本を登録したように見える。この分類順配列は240番の単孔類まで続き、その中に「三十五年十一月製了」と書かれたウォンバットも含まれるので、この台帳を付け始めたのは明治35年(1902年)と推測する。


 続く食肉類であるが、アザラシ・ネコ・イタチの類が99番までで、次がイヌ類となる。以前僕はこのコラムで100番のニホンオオカミについて書いたが、切りのいい番号に記念となる種を登録するという博物館研究者のおちゃめな性質についてだった。だが上記のようによく見てみると、分類順に登録したら“たまたま”100番がニホンオオカミになったように見受けられる。これは早計だった、と反省する。


 この100番のニホンオオカミは、現在本剥製と全身骨格が上野の日本館に展示されている。当館の「おたずねの多い展示」にも選ばれているのだが、よくくる質問が「あの剥製と骨格は本当に同じ個体なのか?」というものである。確かに剥製は中型犬ほどのサイズだが、骨格は立派な大型犬である。疑問に思うのは当然。僕も本当に同一個体なのか疑問視している。戦前に書かれた論文によると全身骨格のほうはもともと887番として登録されたもので、帝室台帳にも載っている。帝室台帳の100番を見ると、本来この標本は剥製だけだったが、その下に「全身骨格」と書き加えられている。887番が戦後になって収蔵庫の片隅から発見されて大騒ぎになり、検討した結果100番と同じ個体だろうという話になったらしい。昭和35年(1960年)頃、剥製のほうは当館の剥製師・本田晋により作り直されたそうで、戦前の論文にはかつての100番の姿がばれる。


 さて、事実はいかに? 古い標本や資料からは当時の博物館の行いを垣間見ることもできる。何とロマンにあふれていることか。

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