自然あふれる奈良県・東吉野村で、山麓に立つ『Lucha Libro(ルチャ・リブロ)』は人文系の図書を中心に扱う私設図書館。この村に移住した30代のご夫妻が運営しています。同館や言葉への想いと、彼らが考えている「土着人類学」について聞きました。
ついに出合えた土地に、腰を据えていく。
歴史、文学、思想、サブカルチャーなどの本が2000冊以上並ぶ人文系私設図書館『Lucha Libro』は、東吉野村で唯一の図書館だ。ここでは図書館司書の青木海青子さんが来館者と言葉を交わすなかで本をお勧めするなど、言葉や本を通じてコミュニケーションが生まれている。
青木真兵さんと海青子さんご夫妻はそれぞれ大学の非常勤講師と図書館司書などをしていたが、2016年4月に兵庫県西宮市から東吉野村に移住し、同年6月に同館をオープンした。ここが自宅兼図書館であることも、私設らしさといえるだろう。
「自宅の一部や書棚を公開しているのは、恥ずかしいですよ。未開の地に裸族がいるじゃないですか、僕にとってはああいう感じです。こういう山の中じゃなかったらできていないと思います。ここまでくると、そういう人間がいてもいいかなって」。真兵さんはそう言って笑った。
取材日には、研究会と称した公開イベントが開催されていた。同館のキュレーターである真兵さんが聞き手になり、ゲストが専門とする世界観を繙いていく。
「おもしろさや楽しさをシェアしたほうが自分にとってもそれが増す感覚があります」と、真兵さん。ここはただ本を貸すところにとどまらず、「パブリック・スペースや研究センターなどを内包する、大げさにいえば人文知の拠点」だと真兵さんは答える。
二人は、2011年1月に入籍した直後に東日本大震災があり、自由にものを言えない風潮を感じて「自由に発言できる場が欲しい」と考えていた。モデルは、真兵さんが師事する思想家・内田樹さんの自宅兼道場である「凱風館」。内田さんはホームパーティや研究会を開き、仲間や門下生と交流していた。「自分なりのそういう場が欲しい。これから必要になってくるだろうな」と真兵さんは考えていたという。
同時期に、二人は体調不良から、「もう少し落ち着いたところに住みたい」と、奈良に住む友人を訪問。その際に立ち寄った『オフィスキャンプ東吉野』で「図書館をやりたい」と話し、ここを紹介されたのだ。「ここには、世界にアクセスし、コミュニケーションを前提としてみんなが集合できるような本を置いています。僕、本の意味って、それがすべてなんじゃないかと思っています」。
talk 青木真兵さんルチャ・リブロ キュレーター✖︎海青子さんルチャ・リブロ 司書
talk theme 手づくりする言葉。
ソトコト(以下、S) 発行されている機関誌『ルッチャ』で「図書館をつくった最も大きな理由は『人間とはなにか』について自分なりの答えを出すため」と書いていますね。
青木真兵(以下、真兵) そうですね。でもその答えを出すためには、明確なヴィジョンを持つより、肩の力を抜くほうが大事なんじゃないかと思ったんです。僕は「自由度を上げる」と言っているんですけれど、より自由な感覚をここで体験して、持ち帰ってもらえたらいいなと。
青木海青子(以下、海青子) お客さんの自由度が上がると、ポロっと悩みを言ってくれたりするんです。
S 目的を決めきらないほうが、可能性がある?
真兵 そうです。
海青子 言葉も、決めきらず自分なりに考えたいといいますか。
真兵 「移住」とか、できるだけパッケージ化された言葉を使わずに、自分にしっくりきた言葉を使いたいんです。
海青子 たとえば、「いわゆる移住」と言えばすぐ通じます。それでも「移住」を使わずに、時間をかけて自分の言葉で説明してみたらどうなるだろう、みたいな。
真兵 そういうゆっくりしたスピードで物事を考えていきたい。
海青子 味噌とか食べものを手づくりする人がいるように、言葉や考え方も自分たちなりに手づくりするような感覚かも。
真兵 SNSなどで言葉をただ消費してしまう人って、生活もそうだろうな……という気がしてしまって。言葉は何かを象徴しているんじゃないかな。
S なるほど。
海青子 「とりあえず」で早く伝わる言葉をずっと使っていると、核の部分が骨抜きになって、そのもの自体の本質が変わっていっちゃう気がして、それが怖いなと。
真兵 スピードには限度があって、その限度を超えてしまうと、人は鬱病や精神疾患になったり、文明史的に見ると原発事故のような事態を招いてしまうと思うんです。地に足がついたスピードで身の丈の生活を送りたいです。
海青子 お客さんでも「本当の会話がしたい」という人が結構いて。「心の底から感じていることを言葉にして交わしたいけれど、普段はそれができないから病んでしまいそうだ」と聞いたことがあります。
S 本当の自分の言葉を交換する会話ということですね。あとは、ここで打ち出されている「土着人類学」についても教えてください。これは造語ですよね。機関誌には「学問ではなく思想であり、『答えのない時代』をいかに楽しく送るのかという研究をする場所のこと」と書いています。
真兵 僕が感じたり考えたりしていることはもう全部「土着人類学」です。うまく言い表した定義があったら教えてほしいんですけど(笑)。
海青子 そこも長くなる(笑)。
真兵 クリエイティビティというか、何かものが生み出されるのはそういう場所だという気がしているんです。先ほどのスピードの話で、物理的に土地に近ければ近いほど時間がかかり、離れるほど速くなる。話を大きくしますが、結局「近代」とはそういうことなんですよ。たとえば標準時を設定する。北海道でも沖縄でも、明石の標準時を採用しているんです。これは明らかに土地から離れているからこそ、標準が決められるということです。暦も長さの単位も世界標準に統一されました。
また、「土着」は土に着く「アクション」を示しています。土から離れて近代化していったわけですけれど、「土に着く」とはどういうことかを考えているんですね。そのときに「場所」という概念が重要になると思っています。人間が、点じゃなくて多くの関係性を含んだ面としての広がりになっていく。つまり人が「場所化」していくことが、「土着」の重要なポイントです。
もう一つが「自然」。人間どうしの関係だけじゃなくて、虫と人間、川と人間、家と虫などの関係に人間が媒介することによって、「調和」なのか分からないですけれど、主客未分の状態になっていく。人間が頂点にいるんじゃなくて、いろんな種とフラットな関係になっていく。それを僕は、生命力を単位として構成された社会と呼んでいるんです。この2つが「土着人類学」に含まれていると考えています。
S そう説明していただくと分かりやすいです。研究会や、真兵さんがネット配信しているラジオ番組「オムライスラヂオ」でも、政治や歴史など、ちょっとカタい話を真兵さんのフラットな目線とわかりやすい言葉で紹介していますよね。
真兵 実は僕の言葉のセンスは、大好きなみうらじゅんさんから影響を受けているんです(笑)。だじゃれっぽい言葉選びをしたり、新しい言葉を生み出したり。「土着」もみうらじゅんさんが使っていた言葉で、『ドチャック』という漫画も描かれています。
海青子 言葉をつくり出すの、好きだもんね。
S お好きな本が幅広いですね(笑)。自分が使う言葉とその幅について、考えさせられました。
背中を押してもらった5冊!
ためらってもいいのだと教わった本。
逡巡する叡智—原理主義や二元論と決別する道を提案している本です。内田先生と出会うきっかけになった本でもあります。ためらい、ペンディング状態でもいいと教えられ、肩の力が抜け、内田先生の著書で最も影響を受けました。
最も影響を受け、僕のスタンスのベースに。
この本は世界各地の民族・文化・社会の特質を浮き彫りにします。人間は自然環境から影響を受けて社会ができています。当館は自然の力を使ってみんなで幸せに暮らすことを目指していて、そのスタンスのベースになりました。
かぎりない軽さは、本当に耐えがたい?
現代ヨーロッパの大作家による哲学的恋愛小説です。同じ行動をしても国や環境が違うだけで犯罪になる不条理を描いています。不条理は人間社会の一面を表しているので、書名がしっくりきます。好きな小説のひとつです。
不条理のなか、どう思索を紡いでいたのか。
微罪容疑によって逮捕され、接見禁止のまま512日間勾留された外交官・佐藤優さんの獄中記です。不条理のなかで信念を貫く佐藤さん。人間が一人でこういう状況のときに何を指針にするのか、考えさせられる一冊でした。
繁栄と衰退、都市と田舎、英国の社会とは。
イギリスの繁栄と衰退を描き、日本の現在を考える一冊です。それまでは手づくりだったものが商品化され、工業製品として規格化し、近代が普遍化していく時代の話。今の経済の側面が描かれていると思います。