監督映画『カレーライスを一から作る』を始め、食のドキュメンタリーを手がけた経験の多い前田さん。「食べること」だけでなく、誰がつくりどこから来るのかなどにもポジティブな関心を持つことがウェルビーイングには必要だと考える。その視点で選んだ5冊。
前田亜紀さんが選んだ、ウェルビーイングを感じる5冊
食べるってすごいことですよね。そこにいる人と関係性が生まれるし、関係性からは社会が生まれる。さらに作物そのもの、それを育んだ場所や人、さらには土や食べ物の中にいる微生物とも、気づくか気づかないかにかかわらず関係が生じます。一人で行うことのはずなのに、一人では成り立たない。それを意識するところに、食のウェルビーイングのヒントがあるのではないかと思います。
『縁食論 孤食と共食のあいだ』で、著者は「縁食」という概念を提唱しています。強制が伴いがちな「共食」ではなく、偶然居合わせた人たちで食事をすることが、ゆるやかで豊かな関係性を生み出すのではないかと言うのです。生きるのに絶対に必要な食で、そんな広く、窮屈ではない世界をつくることができるというのは、まさに食のウェルビーイングといえます。
もうひとつおもしろいのが、生きるのに不可欠なものなのだから、食べ物を無償にしてはという提案をしているところ。私がカレーの原材料をすべて自分たちでつくりだす『カレーライスを一から作る』という映画を撮ったとき、世の中では食べ物の価値があまりに低過ぎると感じたのですが、もし食べ物が空気のように無償になったら社会はどう変化するだろうか、と考えさせられました。『土と内臓』は、土とその中の微生物の世界を研究した本です。地質学者と生物学者のご夫婦の共著で、自宅の庭を畑にする実践の中で、妻のほうが癌になってしまいます。それをきっかけに人体を研究することによって、土の中の微生物と内臓がリンクしていると気づくのです。
私はこれを読んで、何かを食べることの意識が変わりました。神経質になるのではなく、ゆるやかになる方向に。食べ物にも、体にも、目に見えない小さな微生物や細胞の働きがある。だからたとえば、ちょっと体に悪そうな物を食べたときに、「あとでいいもの入れるからごめんね」と腸に話しかけたくなったりするんです(笑)。
食べ物がどうやってできるのか興味を持つきっかけにできそうなのが『マル農のひと』。元・JAの指導員が、当たり前とされてきた農法に疑問を抱き、途方もない時間と労力をかけて独自の栽培法を生み出していく話です。植物が持つ力をどう引き出すかという農法自体も興味深いですが、常識を覆していく胆力は食や農業を超えて、生き方として励みになりますね。
▶ ドキュメンタリーディレクター|前田亜紀さんの選書 1〜2
▶ ドキュメンタリーディレクター|前田亜紀さんの選書 3〜5