三重県松阪市を拠点に活動する建築家・米田雅樹さん。地球や自然環境を軸にしながら、自然の一部としての人や住まいのあり方を考えるための5冊をチョイス。究極を言えば、私たちの住まいは地球であり、そこにウェルビーイングを感じると語る。
米田雅樹が選んだ、ウェルビーイングを感じる5冊
僕たち人類の祖先は長い間、森に暮らし、二足歩行の前は、敵から身を守るため、食料を得るため、樹上に住んでいたようです。その頃の感覚は、おそらく僕たちのDNAに記憶されていることでしょう。
『音と文明』の著者の大橋 t力さんは、世界の音楽媒体がレコードからCDに移り変わった時期に、CDでは再生できない可聴域以外の音がレコードからは流れていて、人間はその音を感じ取る能力があると解明した科学者兼芸術家。森にはそうした可聴域以外の音があふれ、人間は生物としてそれを体で感じ取っていたということを書かれています。大橋さんは可聴域以外の音が出るスピーカーも開発し、僕もそのスピーカーで森の音を体験したことがありますが、森に住んでいた頃の記憶が呼び覚まされたのでしょうか、次第に体が熱くなったことを覚えています。
住まいも、森と似たところがあります。木漏れ日が差し込んだような明るい空間もあれば、茂みに隠されたような暗い場所もあります。僕が設計した自宅には、住まいのなかに一本の大きな木が植わっていますが、その葉が風に揺らいだり、幹が雨に濡れたりすると森が思い浮かびます。と同時に、心地よさや安らぎも感じます。庭やベランダの鉢植えからも同様の心持ちを感じ取ることができます。そんなふうに、この本を読むと、自分の感覚が開き、体に素直になることの大切さに気づかされます。
僕が建築を始めたのは遅く、25歳の頃です。それまではキックボクシングに打ち込みながら仕事を転々と変え、工場で夜勤も経験しました。その仕事終わりに目にした夜明けの風景に、地球では日々、こんなに美しいことが起こっているのかと感動しました。偶然、その頃に出合ったのが『よあけ』という絵本です。
僕が感動したような素晴らしい現象や時間は、夜明けの風景だけでなく、ほかにもたくさんあるのだろうと絵本を読みながら想像しました。日常の暮らしのなかにも、住まいのなかにも。僕が気づいていなかっただけで、心の目を開いてみると、美しいもの、感動的なものであふれていることに気づかされました。
お金や名誉ではなく、生きていくうえで励みになったり、幸せを感じたりするもの。それがきっと、心の豊かさなのでしょう。僕にとっては夜明けの風景だったり、人を羨ましがらないで自分を素直に受け入れることだったり。そういう心の持ちようから、ウェルビーイングが生まれるのかもしれません。
▶ 一級建築士事務所『ヨネダ設計舎』代表|米田雅樹さんの選書 1〜2
▶ 一級建築士事務所『ヨネダ設計舎』代表|米田雅樹さんの選書 3〜5