『娘は戦場で生まれた』は、当時、アレッポ大学に在籍し、政権に抵抗する学生のひとりだったワアド・アルカティーブがデモへの参加を機に、その様子をスマートフォン(のちにビデオカメラ)で記録しだしたことから始まるドキュメンタリーだ。
映像を見る前に、いくつか頭に入れておいたほうがよいことがあると思う。まず、「アラブの春」は2010年12月、チュニジアに端を発し、アラブ世界に広がった市民による反政府デモであること。アサド政権による長期軍事独裁が続くシリアでも、民主化を求めるデモが11年3月に始まったこと。その波は12年に北部の大都市・アレッポに到達したこと。
抵抗活動はいつまで続くのか、アレッポはどうなるのか──。革命に夢中だったというワアドだけでなく、自由を求めて平和的にデモをしていた人々は、よもや自分たちの町が政府軍とその同盟国から、これほど非道な仕打ちをされるとは思っていなかったはずだ。
戦場と化したアレッポに留まったワアドは、政府軍の非人道的な攻撃に晒された一般市民の惨状や、空爆を受けて瓦礫と化した町にカメラを向ける。拷問によって殺された人々の亡骸が仰向けに並べられた場所で身内を捜す家族の悲愴な面持ち。大きな窪みに一同で埋葬され、土をかけられてゆく虐殺された数十の遺体。血だらけの人々が運び込まれる病院。
それだけじゃない。彼女は死と隣り合わせの町で、自分と仲間たちが権力に屈せず、どのように闘い、生きたのか、非日常のなかの人々の日常を映し出す。アレッポで医療活動を続ける、医師で活動家のハムザとの結婚、ささやかなパーティ、妊娠、出産。娘のサマを危険に晒していることへの戸惑いや後悔……。自身と家族の人生も重ねた彼女の記録は、戦禍に遭っても愛する街で生き抜こうとする人々の思いを伝える。
だが、サマが生を享けた16年以降、状況は悪化の一路を辿る。軍事介入したロシアが、9つあった病院のうち8つを爆撃する暴挙に出たように、政府軍による反対派への弾圧は強固になってゆく。
「なぜ誰も政権を止めないのか、なぜこんなことが許されているのか、私たちは世界に叫ぶ、助けて、と」。ワアドのことばは、遠い空の下にいる者たちにも、世界の理不尽さを突きつける。
空爆が続き、生活物資にも事欠くようになり、国連の勧告を受けた2016年12月、ワアドは仲間たちとアレッポを脱出する。
560万人といわれるシリア難民。だが、昨年のクリスマスイブにロシア軍の空爆で、シリア北西部のイドリブ県で8人の命が奪われたように、政府軍による反対派への弾圧は、今も続いている。
娘は戦場で生まれた
2月29日(土)より、シアター・イメージフォーラムにてロードショー、全国順次公開