栃木県・益子町にある『道の駅ましこ』。周囲の山並みに溶け込むようにして立つ建物からは、ずっと前からそこにあったかのような安心感さえ。建築を軸に、屈指の人気を誇る道の駅の秘密に迫ります。
益子町の玄関口、茨城県との県境に『道の駅ましこ』は位置する。益子焼をはじめとした“民藝の里”として名高いが、元来、農業が盛んな土地。農の拠点となる施設をつくろうという機運が高まったのは20年ほど前のこと。検討を進めていく中で選択されたのが道の駅だった。実証店舗も2年間以上運営し、2016年10月に満を持して誕生した。
目次
益子の本質と概念が、建築に。生み出されたのは“考える道具”。
特徴的な建築を手がけたのは『マウントフジアーキテクツスタジオ』の原田真宏さんと原田麻魚さん。公募型プロポーザルを経て、原田夫妻の提案が受け入れられた。設計にあたり二人は何度も当地を訪れ、土地の歴史や文化を繙き、幾人もの人と対話を重ねた。その結果、生み出されたものが現在の建物。斬新なようでいて、どこか懐かしくもあり。真宏さんは言う。「その土地、人も含めた風土というものを解釈して、そこからデザインを探していくことが建物だと僕らは思っています。本質を得ていく、概念を得ていく作業。それをもう一度具体化していく。結果できた建築というのは土地のスピリッツみたいなものを明らかにしてくれるんじゃないかなって」。
さらに二人が大切にしたのが柔軟性、ふわっと包み込むような感覚。「僕たちの提案が受け入れられたのは、みんなの意思や意見を取り込みやすい形式にしたからかもしれません。設計が進んでいった後半でも空間の大きさを変えられるような自由度を持たせました。屋根の角度は一定だけど、壁の位置はどこになってもいいような。空間がみんなの考えを内包しながら、最後にバランスが取れたところで”体積“が決まっていったイメージです」。
その柔らかさは竣工後も生きている。「私たちが建築でやったこととしては、みんなが『これは益子だ』って思ってもらえるような”道具“を手渡したこと。建物なんだけど、あくまでも考える道具。自分たちが使うにふさわしい道具だなって認められるようなものを手渡し、それを使ってみんなで遊び、戯れながら現在のカタチに定まっていったという感じですね」と麻魚さん。
益子らしいクリエイティブな気風と建築による相乗効果。
建物という名の道具を使い、益子の人たちは遊んでいる──。「ときどき行くとびっくりするような大がかりな改変があったりします。ヤギを飼っちゃたりとかもそう(笑)」と麻魚さん。が、遊ぶのは簡単なようで難しいこと。ただ二人には確信があった。「益子はみんなすごく“手”が動く。自分たちでやれるはずという前提、自信がある。道の駅も最初から自分たちで運営すると決めてみんなが動いていた。建築の前段階から、積極的に意見をし、自分たちの将来をつくるプロジェクトをやるって意識が強かったですから」と真宏さん。道の駅の運営の半数近くは指定管理者を入れるケースが多いが、ここでは独自で立ち上げた法人『ましこカンパニー』が担う。
「僕、すごく好きな風景があるんです。閉店したあと、田んぼの真ん中にポツンと道の駅にライトが灯っている風景。商品のことやギャラリーの展示の内容なんかを、遅くまでみんなで話し合っているんです。ここで働いている人自身が次にやりたいことを考えていく。その感情は抗い難く尊いもので、道の駅の雰囲気になっていて、それを感じるのがお客さんにとっても大きな喜びになっている。だからいつ行ってもクリエイティブなんですよね、お店の雰囲気が。そんな道の駅に関われたのは光栄ですし、建築が少しでも寄与できていたらうれしいです」
「僕、すごく好きな風景があるんです。閉店したあと、田んぼの真ん中にポツンと道の駅にライトが灯っている風景。商品のことやギャラリーの展示の内容なんかを、遅くまでみんなで話し合っているんです。ここで働いている人自身が次にやりたいことを考えていく。その感情は抗い難く尊いもので、道の駅の雰囲気になっていて、それを感じるのがお客さんにとっても大きな喜びになっている。だからいつ行ってもクリエイティブなんですよね、お店の雰囲気が。そんな道の駅に関われたのは光栄ですし、建築が少しでも寄与できていたらうれしいです」
道の駅に見る、人と建築の関係性と可能性。
開業後予想を超える早さで年間売り上げ目標の3億円を軽々と突破。そして現在も右肩上がり。新たな商品が常に開発され、さまざまな企画展も入れ替わり催される。運営や、関わるすべての人の努力の賜物だが、建物の力も大きいと感じる。長居したくなる、心地よい空気感がここには存在する。
道の駅の建設前、検討委員会の時代から関わり、現在は支配人を務める神田智規さんに話を伺った。「当時町長がよく『この場所に生えてきたような建物にしてほしいんだよなあ』って言っていたのですが、まさにそのとおりの建物にしてくれました」。神田さん同様に、当初から構想に関わってきた副支配人の山﨑祥子さんは、「原田さんたちは建設予定地の周囲に広がる田んぼの景色がすごく綺麗だと褒めてくれました。益子の人間としてうれしかったですね。二人のご提案が“一番風が吹いている”ような気がして、すごく美しかったことを記憶しています」。そこで働く人が土地を感じ、愛着を持てる建物。取材時も、撮りためた風景の中に佇む道の駅の写真を見せてもらったのだが、その数とともに、うれしそうに話す二人の笑顔が印象的だった。
左/支配人・神田智規さんは富山県から20年ほど前に移住。外からの視点で道の駅を盛り上げる。右/副支配人・山﨑祥子さん。町役場で道の駅の立ち上げに奔走。より関わりを深めたいと『ましこカンパニー』に転職した。
延々と続く田園風景は途切れることなく道の駅の建物へと接続し、周囲の里山に溶け込んでいた。取材の最後、建物を改めて撮影していて、はたと気づいた。この“建物自体も民藝”なのだ、と。土地と調和した美しさを持つ暮らしの道具。使ってこそ輝く、機能美、用の美。一度足を運ぶべき道の駅であると断言できるが、できれば余裕を持ってきてほしい。
だってここはまだ、益子の入り口なのだから。
だってここはまだ、益子の入り口なのだから。
photographs & text by Yuki Inui
記事は雑誌ソトコト2021年11月号の内容を本ウェブサイト用に調整したものです。記載されている内容は発刊当時の情報であり、本日時点での状況と異なる可能性があります。あらかじめご了承ください。