日本各地におよそ2万ヘクタールの干潟が存在するが、その約4割が有明海に。その干潟を、文字どおり“体感”できるのが佐賀県鹿島市の『道の駅鹿島』。黎明期から今までの歴史、そしてこれからのビジョンにはローカル愛や未来へのヒントがたくさん。
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唯一無二の体験メニューを楽しめる道の駅。
干潟とは干出と水没を繰り返す平らな砂泥地のこと。日本最大面積を誇る有明海の干潟だが、もう一つ日本一がある。最大でなんと6メートル以上にもなる干満差だ。そして今回の『道の駅鹿島』周辺は泥の干潟で、これもかなり珍しいという。今から約8万年前に起きた阿蘇山の大噴火によって堆積した土砂が、長い年月をかけて泥に変化。筑後川によって有明海へと運ばれたもの。有明海の水の流れは反時計回りで、ゆえに筑後川河口の西側に位置する佐賀県あたりの干潟は泥干潟になり、それ以外の場所は砂礫などになるという。
泥干潟は地球の営みそのもの。この干潟を使った遊びが当地で始まったのは1985年。ちなみに有明海沿岸では干潟のことを「ガタ」と呼び、タイムや勝敗を競うオリンピックにちなみ、「ガタリンピック」と名付けられた。
以降、「ガタリンピック」は鹿島市の名物として知られていく。それを体験できるのが『道の駅 鹿島』だ。年1回開催される「ガタリンピック」のほか、ここでは春から秋にかけて干潟体験が可能。体験と言っても遊び方はいたって簡単。水着を着て“潟タビ”と呼ばれるブーツを履き干潟に飛び込むだけ。たったそれだけのことだが、これがなかなかに楽しい。歩くだけでズブズブと泥の中に足が埋まり、抜くのも難儀するが、それがまたおもしろい。有明海の伝統漁具である「ガタスキー」と呼ばれる押し板に乗って移動し、日本では有明海と八代海の一部にしか棲息しないムツゴロウを追いかけるのもいいだろう。一人でやってきて、ガタに身を投じ、数時間寝そべって過ごす人も多いとか。「ガタって、お母さんの羊水の中みたいなもの。身体を全部泥の中にとっぷりと浸けたら、一番リラックスしますよ」とは、『道の駅鹿島』駅長(取材当時)の藤雅仁さんの弁。
今でこそ人気の集客コンテンツだが、当初は大変だったと藤さん。「もともと干潟は漁師さんにとっての海。地元の人は『前海』と呼ぶくらい、暮らしに近い。だから最初は『土足で海に踏み込むなー!』って、そこからスタート。けど、地元漁師さんたちも『町おこしのためになるなら』ってだんだんと認めてくれるようになって」。地域の人たちの優しさも、ガタには詰まっていた。
地域に向いた視点が、『道の駅鹿島』の原点。
さて、この『道の駅鹿島』。成り立ちが少々変わっている。「ガタリンピック」が始まった当時、現在道の駅が立つ一帯は、水害対策などを目的に市がスポーツ公園として整備予定だった場所。そこを地元・鹿島市七浦地区の地域づくり団体『七浦地区振興会』が借り受け、試行錯誤しながらさまざまなことに取り組んできた素地がある。「直売所をやったり、朝市なんかもやったり、自由にさせてもらった。で、運営も順調だったので、1994年に直売所を発展させるカタチで七浦地区として道の駅を立ち上げました」。教えてくれたのは現在『道の駅鹿島』を運営する『株式会社七浦』代表取締役の増田好人さん。増田さんは七浦地区振興会会長として黎明期より『道の駅鹿島』を支えてきた人物の一人。「道の駅ではあるのですが、地域づくりの拠点であることを意識し、地域の伝承芸能や祭り、催しなどを優先してきました。旧暦6月19日に行われている神事『沖ノ島参り』や、秋に開催される地区のお祭り『七浦大収穫祭』なども道の駅が会場。地域を大事にすることで、それが外の人たちの目にも魅力的に映り、ここへ来てくれるきっかけになったらうれしい。そういう気持ちでやってきました」。
地域に向けた取り組みはまだある。たとえば駅長・藤さんが考案した「宅配サービス」も興味深い。道の駅で販売するすべての商品を、地域の方々が電話などの注文で買えるような仕組みを取り入れた。「売り上げを伸ばすことも重要ですが、高齢化に伴う、いわゆる『買い物弱者』を救う取り組み。道の駅にはさまざまな機能が求められますが、地域福祉という視点も大切だと感じています」。徹底して地域に向いた視点が『道の駅 鹿島』のベースにあるのだ。
『道の駅鹿島』を中心に、SDGsの取り組みを新たに。
『道の駅鹿島』は道の駅運営の好例だと言われることが多い。ほかにはない干潟体験を筆頭に、売り上げも5億円に近く、2014年には国土交通省により、「地域活性化の拠点となる優れた企画があり、今後の重点支援で効果的な取組が期待できる」として「重点道の駅」に登録された。
最近のニュースで言えば、SDGs関連の施策もおもしろい。同市にある干潟の一部は、水鳥の生息地として国際的に重要な湿地であるラムサール条約湿地にもなっている。市では干潟をアイコンに環境への取り組みも加速。環境省が提唱する「地域循環共生圏」の考え方にも賛同し、地域が自立、持続してSDGsの取り組みを行えるよう、さまざまな事業を始めているという。その一つが2021年にスタートした「肥前鹿島干潟基金」。「鹿島市の自然の恩恵を受けてつくられた産品を『肥前鹿島干潟ラムサールブランド』として認証し、売り上げの一部を有明海の保全・再生に生かそうという取り組みが今年始まりました。現在事業パートナーは45団体。その認証ブランドの商品の多くを、『道の駅鹿島』で販売しています」と、鹿島市ラムサール条約推進室室長補佐の江島美央さんは話す。
認証ブランドは干潟由来のものだけではない。鹿島市とその周辺は柑橘の一大産地でもあるのだが、価格の低迷や高齢化などで荒廃したみかん園が広がっている問題もあった。そこで現在、荒廃園を使って市や大学と連携して取り組んでいるのがリモートでの赤牛の飼育。携帯電話を使うことで、遠隔で牛のエサやりなどが可能だ。「耕作放棄地の解消と同時に、やはり国産、そして草を食べさせるなど、環境にも優しい育て方をした牛のほうがヘルシーだし、今の社会に合っているんじゃないか。荒れた畑の中、牛が自由に歩きながら草を食べ、子牛を育てる。そういう自然なカタチの食肉の開発も視野に入れ、活動しています」と前出の増田さん。「地域でさまざまなものが循環して、それがおもてなしにつながったらいい。道の駅がその中心になれば」。
CO2削減や生物多様性に貢献する”宝の海“とも称される干潟を有効活用。さらにSDGsの視点で動きを新たにした『道の駅鹿島』にこれからも注目したい。
photographs & text by Yuki Inui
記事は雑誌ソトコト2021年11月号の内容を本ウェブサイト用に調整したものです。記載されている内容は発刊当時の情報であり、本日時点での状況と異なる可能性があります。あらかじめご了承ください。