キャンプ経験のない子、普段は引きこもりがちの子、お調子者の子、大人の顔色を伺って過ごしている子、アウトドア好きの子、様々な15人の子どもたちが、これから始まる瀬戸内海に浮かぶ無人島での暮らしを経験するために、四国の小さな街の一つ今治に集まりました。
この島の冒険キャンプ8泊9日は、社会と一緒なわけで、いろいろな人がいて、そのいろいろな人と共に無人島で自分たちらしい暮らしを築き上げる事で、様々な経験を通じて、今までの自分と、今の自分と…そしてこれからの自分に向き合ってくれたらと思っています。
強いだけでは生きてはいけない
普段の安心安全快適な生活から、無人島と言う不便な暮らしに対して、安心空間とは何なのか、危ないとは何なのかを知り、子どもたちで安全が判断できる事で、自由で自分たちらしい快適な空間をいかにして作り上げられるかなど、様々な未知の野外生活の技術をまずは学ぶ必要があります。
期待と不安が入り混じる中、海の始まりの森の中で、野外生活の基礎キャンプが始まりました。
無人島で暮らすには…
無人島には自らの力でシーカヤックを漕いで海を渡る。シーカヤックには水や食料、鍋釜食器など生活に必要なものを詰めるだけ詰めます。
使うだろうと思われる物を自宅からザックに詰めて持って来てはいるものの、持ち込める個人装備は、最大でも20Lの防水バックに1人2つ。島暮らし1週間分の個人装備をお母さんと用意したザックの中から厳選する作業が各テント内でまず始まります。
もちろんまだ見ぬ無人島での暮らしで何が必要かなど知るよしもないのだけれど、シーカヤックに積めるバッグの大きさも決まっています。
何を持って行こうか、悩みに悩む子、1週間分の暮らしの個人装備が防水バック1つの半分にも満たない子、2つにも入りきらず渋々持ち物にお別れを告げている子、何かに付けて判断出来ずに人に必要か聞いている子など、その様子は様々です。
ご飯が炊けない…
どこに行っても1人でご飯を食べれるように、1人1人で昼飯を作ります。
普段一体自分が、どれぐらいの量のお米を食べるのか、ましてや、火加減や水の量など知るはずもありません。明日から迎える島暮らしでは、ご飯を作り過ぎても残す事は出来ないので、自分にとってのちょうどを知る必要があります。
自分を知る時間
自らの食べる分量を自分で決め、火をおこしてご飯を炊きます。火をおこすために渡されるマッチは1人10本。
遠慮して少しのお米にする子、2合食べると言ってとメステンに詰められるだけお米を入れる子、決めきれず周りの様子を見る子。
薪の選び方に、組み方、マッチの使い方に、火の着け方。
お米を水に浸している間に、ご飯の炊き上がりのイメージも合わせて手順を学びます。楽勝ムードの子もマッチを受け取ると、いよいよ今日の昼食が食べられるか食べられないかの真剣勝負が始まります。
止め処なく流れる…涙
釜戸を作り、火を入れる子どもたち。
慎重に柴を組める子、考えずに、とにかく火をはらう子、何となく柴を入れ、何となくマッチをする子、イメージを作って、マッチを柴に添える子。
スタートは一緒でもみるみる結果が現れます。マッチが1本減り、2本減り、3本減り…。
さんざんがってんにご飯を炊くには準備が全てだと言われたのに、マッチだけがものの見事に減り、5分もせずに全てのマッチを使い果たす子が出てきます。
煙が立ち上がり、安定した炎に包まれた隣りの釜戸を横目に、マッチが最後の1本になった子は我にかえりますが、マッチは1本しか残っていません。
ただただ最後の1本のマッチを前に、がってんに言われた事を思い出します。
「ご飯が炊けない子は、昼飯は無いものと思え」
1本のマッチに託す思い
マッチが無くなったら「貰えればいい」などという考えは、がってんには通用しません。それでも今置かれた現実を何とかしたい気持ちが、小さな心の中で葛藤しています。
「もうマッチが1本しか有りません」
惨めにさえ感じているのだろう。ゆうゆうと沸騰まで持ち込んでいる隣なりの釜戸が、羨ましいと思っているのかも知れません。
それでも、最後の1本のマッチをする決断ができないまま涙は溢れ出てきます。
すがる眼差しで、「何とかして欲しい」と言うのだけれど、がってんはつき離します。
「何が悪いのか感じろ。そしてそれでいいと思ったらマッチを自分ですれ」
9本のマッチをする時間より、最後の1本のマッチをする時間の方が長くなる…。日も高く昇り、汗が噴き出します。
全てを失う…そして
釜戸を組んでから1時間。
マッチを使い切り、途方に暮れる7人。一から、何が悪かったのか、如何すべきだったのかを振り返る時間となります。
次第にマッチ1本で炊けた子が、マッチの返却へとやって来ます。
マッチを使い切った子へ残りのマッチをあげて欲しいと。
希望
返却された45本のマッチから、再チャレンジのチャンスがやって来ます。
「いいかい?有り難いチャンスがやってきた。仲間のアドバイスにしっかり耳を傾け、もう一度挑戦しよう」
こぼれ落ちる涙を拭いて釜戸に向き合う子どもたち。ススで汚れ、涙でくしゃくしゃにってる横顔に、がってんは心の中で「がんばれ」としか言えません。
「生きるのは君だ、やり切るか、やり切らないかも、全て君次第なんだよ」
長く向き合ったのはきっと釜戸にではなく、今までの自分とこれからの自分。小さな背中が今、必死に向き合っています。
そして仲間から分けてもらった45本のマッチを使って、釜戸を作り始めて3時間後、みんなご飯にありつけました。
いよいよ島へ渡ります。
汗と涙と失敗
ルールが一つと、取り決めが一つあります。
ルールは「全員でゴールする」、取り決めは「四国から持ち出した装備や機材は無くしたらいけない」。
出発前にメステンの袋が無いことに気が付きます。全ての装備が揃わないと海を渡れません。出港まであと30分。
問い詰める子、人ごとの子、機材ボックスに入ってないか探し始める子、個人装備バックを探せと言い放つ子。個人装備のバックもみんなで確かめたけれど、どこを探しても見当たりません。
出港時間は無情にも過ぎ去り、もう一つの班はしらけ気味。
もう一度、ここまでの足取りを振り返るも、どこで失くしたのか今一つ自信が無く、「確か…」「多分…」など、失くした子も、そうじゃな子も一緒になって、みんなが納得する言葉を探します。
「確か…や、多分はやめよう。僕たちも納得したい。自信はないかも知れないけど、ここで忘れて来たと言ってほしい」
子どもたちのやり取りを聞いている私は、ほんの少し不思議な話し合いだなと思ったけれど、みんなが彼を責めている訳ではない空気感、嘘を付いとけと言っている訳ではないと言う気持ちは伝わってきます。
彼らなりの解決の方法を必死に探ったのだと。
「自信はないのだけれど、ザックの中にパンツと一緒にしまって来ちゃった気がする…、ごめん」
そうと決まれば、拘っていても仕方のない事なので、遅れを取り戻すようにシーカヤックに資機材を詰め直し、ドタバタと無人島へ向けての出港となります。
やっとたどり着いた目的の地
海上でもいろいろあって、無事に無人島に辿り着いたのは、到着予定時刻を2時間以上も遅れての到着となりました。
無人島は蛇口を捻れば水が出るとかカチッと回せば火が付くとかそんな便利なところでは無くて、家の代わりにテントを建ててカマドを作って薪を拾って炊事場を作って、すべて手作業になります
到着が、これだけ遅れると、無人島での暮らしの準備も慌ただしくなります。
でも、無人島はワクワクするもので、遊びたい気持ちにもなります。
一つの班は遊びを優先する為に、夕食は各自食べたい物を勝手に食べるという判断を半ば強引に行い、班長を中心に暮らし作りを端折る行動に出ました。
要領のいい子は、ささっと手軽な食材を食べて遊びに出て行き、食事作りを人任せにしていた子は、お腹が空いているけれどどうしていいか分からず戸惑います。
非常食に手を伸ばす子もいます。
幸せとは、何を食べたかより、誰と食べたか
日も暮れる頃、夕食を食べられていない子がいる事が分かります。
どうするか・・・。食べられてない子は食べられて無いとして自己責任にするか、手を差し伸べるか。
付かず離れず、夕闇の中に潜んで私は見守ります。
そうこうしている内に、2人の男の子がなれぬ手つきで火を起こしパスタを茹で始めました。茹でているのは、食べられていない子ではなく、すでに食べている子。
まだ食べられてない子は、俺のご飯がないとスタッフに文句を言いに行ったきり帰って来ていないのです。
慣れぬ手つきでパスタを茹で終わる頃に、食べられてない子が渋々自分たちの暮らしに戻ってきました。
慣れぬ手つきの2人は、茹で上がったと思われる麺の湯切りをするために鍋からザルに麺を移そうとした瞬間、麺は砂浜に落下し、残念なほど砂まみれ。
闇の中から見ていてもわかるほど…本当に不器用だった。
茫然と立ち尽くす2人・・・。
食器袋問題で出港を遅れさせてしまった子と、海上での航海を纏めなくては行けない航海士の2人だった。
涙が溢れ次第に声にならぬ声で、小さく小さく「ゴメン」「ゴメン」と繰り返します。
暗闇で見てられなかった。
自分たちで問題を解決しなさいと言ったくせに、見過ごすわけには行きませんでした。
班を子どもたちを呼び集め、事の流れを聞かせてもらう。
感情に任せて言ってはいけないと心をググッと堪えて、
「食べないと判断した子、適当に食べると判断した子、非常食に手を出した子、それはそれでいいだろう。でも実際に食べたくても食べられなかった子がいた事は、どう思うんだ?」
「それは・・・可愛そう」
「確に大幅に遅れた。でもこうやってみんなで何とか目的地の無人島に無事に着いて、目的さえ叶えばそれで良いってものなのか。そんな事で、これからの無人島での暮らしが本当に楽しい暮らしなのか・・・しっかり考えて欲しい」
いただきますと、ごちそうさまの意味を知る
「いただきますとごちそうさまをみんなですれば、食べられてない子がいたって事がわかるんじゃない?」
「もっと分けあったら良いんじゃない?マッチだって分けてもらったし」
「出来る事と出来ない事あるのはしょうがないし、出来る事で頑張れば良いんじゃない?」
小さな無人島で小さな焚火を背に、本当の暮らしを作り始めようとする子どもたちの姿に、私は再び闇の中に潜むように「うん、うん」と頷きながら見ていました。
8日目:最後の夜
13:00頃、四国本土に15人の子どもたちは無事に到着しました。
よく笑い、よく泣き、沢山悩み、多くの事を子どもたちは決断し、行動して来ました。
何か劇的に変わった事と言えば、コロナと長梅雨で閉じこもって白かった肌が、其れはそれは真っ黒に日焼けした大きな笑顔だと思います。
それぞれの長い人生の中での、1ページの1行として刻まれた、この旅。日焼けと笑顔以外は、いつの日か読み返す人生の1ページとなればと思います。
1人ひとりが向き合った今までの自分と、今の自分と…そしてこれからの自分。
バディと漕ぎ抜けた瀬戸内の海。
仲間と共に、0から作った暮らしの数々。思い通りに行かず、沢山の悔しい思いをした事と思います。
全部自分や自分たちでやらなくちゃ行けない暮らしは、ホントに煩わしかった事と思います。
誰かの為に、やってあげたい気持ちから、自ら動いた数々の事柄は、本当に美しかったです。
「はたらく」の語源を体現してくれました。あんなシーン、こんなシーン、どれもコレも、私にとっては宝ものです。
今夜は、久しぶりに電気や水道、そしてトイレのある生活ですね。
明日のお別れの時間まで、もう少しだけれど、一緒にいっぱい話をしましょう。
9日目
寄せては返す波のように…
9日間に及ぶ15人の子どもたちの瀬戸内海での物語は、無事に終了しました。6時間置きの潮の満ち引きと、島陰から昇る朝の光と日暮れと言った時の刻みが中心の暮らしでした。時間とは不思議なもので、普段の生活の、待てばただ過ぎる事など、何一つ無く、時の刻みと共に、自らが立ち上がらないと、何一つ状況は変わらないという事に気がついた事と思います。
立ち上がり動き出すには、多くの勇気が必要かも知れないし、時に孤独に感じる事もあると思いますが、泣き笑しながら挑戦したこの旅の中での様々なチャレンジを想い出してみて下さいね。
またいつの日か、元気な顔を見せて下さい。
スタッフ一同、楽しみにお待ちしております。
ありがとうございました。
しまなみ野外学校の詳細はこちら
https://note.com/shimanami
しまなみ野外学校の日々の活動のfacebookはこちら
https://www.facebook.com/shimanamiyagai