映画のワンシーンで主人公が笑った瞬間を切り取ったかのような写真。岡山県で活動する「村上デザイン写真部」が撮影した1枚だ。ロケーションは海外でもテーマパークでもない、岡山のとある公園。自然いっぱいの場所で行われる撮影イベントが人気で、参加希望者が多く抽選になることも珍しくないという。「仕上がった写真だけでなく、子どもたちや親御さんに、撮影会そのものを『コト』として楽しんでもらいたい」と話すカメラマンでデザイナーの村上郁江さん。撮影会のみならず、企業とのコラボイベントなども手がけ岡山を盛り上げる「村上デザイン写真部」の活動を取材した。
日常にあるストーリーを切り取る写真
岡山市と倉敷市を中心に活動する「村上デザイン写真部」は、カメラマンでデザイナーの村上郁江さん、運営スタッフの内田彩乃さん、岡聡美さんらによるプランニングチームだ。全員、乳幼児から小学生までの子どもを育てる母でもある。
“物語の主人公になろう”というコンセプトのもと、村上デザイン写真部で撮影された家族や子ども達の笑顔は、どれも自然でイキイキとしている。機嫌がコロコロ変わる子どもや表情が硬くなりがちな大人も、かしこまらずナチュラルな表情が出ているのは、被写体を主人公にした“ストーリー”を切り取っているからだ。自然あふれる岡山の公園などをロケーションに、撮影する家族から聞いたエピソードに着想を得て手作りでセットや小物を準備。たとえば下の写真は、漢字に“花”を使って名付けられた女の子が主役なので、たくさんの花で囲まれたシーンを演出。「朝ごはんは必ず家族みんなで食べることがルール」という家族は、朝食を囲む風景が写されている。
「全然特別なことじゃなくても、当たり前のことにこそ物語があると思うんです」と村上さんは言う。たとえば一般の人がスマートフォンで撮影する際にも、被写体をそのままとらえるのではなく、背景にあるストーリーを思い描いて撮ると、面白い1枚が撮れるという。
「今ってスマホの機能やアプリのおかげで、いわゆる“映える写真“みたいなのは結構撮れますよね。でも、本当に好きな地元の場所や人の写真は、物語を想像しながら撮ってみると、ストーリーのある写真が撮れると思います。工場で働く職人さんの手が汚れていたらそのままでも良いし、寝転んで空を撮ろうとした時に自分の足が入っちゃっても良いんです」。
親も子も心から楽しめる“体験”を提供したい
村上デザイン写真部では、そんな“ストーリー”のある写真を撮るイベント「ストーリーフォトの会」を、秋はハロウィン、春は桃の節句など、季節の行事などに合わせて不定期で開催。今や参加は抽選になるほどの人気企画に。岡山各地のロケーションや室内などでの撮影に加え、時には子どもの足型を取ったり、わらべ歌や絵本の読み聞かせなど、親子で楽しめるワークショップがプラスされるイベントもあり、親同士、子ども同士の交流も生まれている。
「ストーリーフォトの会」と名を冠したイベントとしてスタートしたのは2017年だが、きっかけはさらにその数年前に遡る。
「最初は自分の子どもの写真を撮っていて、もともと店舗設計や装飾などの仕事をしていたのもあったので、背景とか小物とかにもこだわって世界観を作って撮影してたんですね。それでSNSなどで見た人たちから撮影依頼が来るようになって、最初は1人で依頼を受けていたんです。その後、内田と岡を誘ったことで、もっと自分たちの強みを生かした活動をしたいと思うようになり『ストーリーフォトの会』を始めました」。
子どもに笑顔を作ってもらうのではなく“楽しんでいる姿”をそのまま撮るために、撮影そのものを親子で楽しめる体験の時間にしたい。その点、内田さんと岡さんは親子を楽しませるプロだ。
「内田と岡は元保育士なので、小物作りを手伝ってもらったり、撮影時に同行して子どもたちを楽しませてもらったり。撮影と合わせて親子で楽しめるイベントを企画するようにもなりました」。
現在は参加予約が開始するとすぐに満席になることも多いが、スタート当初は参加者が集まらず、2〜3組ということもあったそう。
「私も生まれたばかりの下の子をおんぶして撮影したりしてましたね。大変だったけど、すごい楽しかったんですよ。そもそも我が子のために始めたことなんだけど、母である自分が楽しんでる。これってすごく大事なことだなと。親が楽しくイキイキとしていれば、その雰囲気が子どもにも伝わると思うんです。私の子どもにはもちろんですが、うちの撮影会やイベントに参加してくれる地域の子ども達にもそういう体験を重ねて、人を楽しませたい・喜ばせたいと思える大人に育ってほしいです」。
店舗設計、装飾デザイナー、カメラマン、イベントプランナー。パラレルキャリアの始まりは学生時代
店舗設計、装飾デザイナー、カメラマン、イベントプランナー。パラレルキャリアの始まりは学生時代
「ストーリーフォトの会」が人気を集め始めると地元企業からも注目されるようになり、現在は企業タイアップによる撮影会や親子向けのワークショップなど、地域を巻き込んだ様々なプロジェクトも手がけるように。また母体である「村上デザイン事務所」がプロデュースする洋菓子店の、立ち上げからブランディングも担当している。
「一体何屋さんなのか、自分でもわからなくなる時があります(笑)」と村上さん。今でこそパラレルキャリアが注目されているが、この“なんでも屋”的な働き方の原点は、10年以上前、村上さんの学生時代にあるという。
「大学では建築を専攻していたんですが、今でも時々お手伝いさせていただいているギャラリー『アートスペース油亀』(岡山市)で、地域のアートイベントを企画させてもらったりしていて。アーティストや地域の人と関わる中で、街や地域を盛り上げる楽しさを知ったんです」と村上さんは振り返る。大学卒業後はディスプレイの仕事を志したが、リーマンショックと重なり就職活動は難航。
「たくさん受けたけど全然受からなくて、どうしようかと思っているときに、地元の店舗設計をしている会社が募集をしていると聞いて。面接を受けたら合格して、大学4年の後半からそこで働いてました。社員数2〜3人の会社だったので、入ったばかりの私でもすぐ実践で店舗を任せてもらったりしてましたね」。
実践で経験を積みながら夜中まで働いていたが、「私は店舗設計やディスプレイだけをしたかったのか」といつも自分の気持ちに疑問があった。
この会社を退職してからは、様々なアルバイトをしながら「アートスペース油亀」を手伝ったり、デザイン会社に就職したり自分でカフェを始めたりと、20代は無我夢中に突き進んだ。
「常に生活の不安や自分が何者なのか分からない焦りはあったけど、大好きな岡山で家族の支えもあって、いつも目の前のやりたいことをやれていたし、20代のいろんな経験が今につながっているなと思います」。
地域の子どもたちに、たくましく生きる力を身につけてほしい
いま現在も、「カメラマンにこだわってはいないんです」と村上さんは言う。地域の人たちの“人生のストーリー”を演出する手段として写真を撮り始めたが、撮影がイベントという形態に広がり、人や企業、地域とのつながりも増えた今、「大切にしたい軸があれば、肩書きは決めつけずに変化してもいいかなと。そういう柔軟さはこれからの時代にもっと大事になってくるのではないでしょうか」と続ける。そして村上デザイン写真部にとっての譲れない“軸”とは、地域の子どもたちの心を育む体験を提供することだ。
「楽しいコトをたくさん体験すると、共感力や問題解決能力、プレゼン力などの非認知スキルが上がると思うんです。岡山の未来を担う子どもたちには、そういう“たくましく生きる力”を身につけてもらいたい。将来的にはそういったワークショップやイベントも企画できたらと思っています。また、子どもだけでなく大人がイキイキと活動できるクリエイティブなコミュニティと遊び場も作っていきたいですね。それは子ども達にとっても最高の学びの場になるはずだから」。
村上デザイン写真部の“なんでも屋稼業”は、今後ますます広がりをみせていきそうだ。
村上デザイン写真部
岡山市・倉敷市を中心に活動する、ママプランニングチーム。「ストーリーフォトの会」をはじめとした撮影会を開催するほか、企業とのタイアップによるワークショップなども手がける。
村上デザイン写真部