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日照時間を求めて日本海から瀬戸内海へ 胡蝶蘭農家が信じる花のちから

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みなさんは、胡蝶蘭を贈ったことはありますか? 花屋を華やかに彩る胡蝶蘭ですが、どこで、どんな人が育てているのでしょうか。農業や漁業はなんとなくイメージできますが、花の栽培をなりわいにした人たちの生活はあまり想像つきません。今回は山口県・柳井市へ、「キノイ」の屋号で胡蝶蘭を栽培するご夫婦をたずねました。

目次

海外研修で出会う

茂明さんは山口県・下関市、郁恵さんは東京都・町田市のご出身。ふたりが出会ったのは、農業系の海外研修でした。茂明さんは実家の胡蝶蘭農家を引き継ぐため、オランダの胡蝶蘭農家で研修を、いっぽうの郁恵さんは、スイスで農業の研修をしました。

2013年に結婚し、最初は茂明さんの実家である下関市での生活をはじめます。東京で生まれ育った郁恵さんにとって、環境の変化は大きかったはずです。しかし、茂明さんと一緒になることは、すなわち移住することだったので、覚悟はできていたといいます。

「スイスで、土の上をまっすぐ歩けなくてびっくりしたんです。コンクリートの道しか歩いてなかったんだと。生きることについて考え直しちゃいました。その点、茂明さんは暗闇でもよくものが見えるんですよね(笑)その経験があるから、今の生活を受け入れられたのかもしれません」

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胡蝶蘭と柳井のなまこ壁をあしらったデザイン

日照時間を求めて移住

東南アジア原産の胡蝶蘭は、苗から1年3ヶ月をかけて育てます。繊細な花のイメージがありますが、強い日光と乾燥に気をつければ、じつは水も土もそれほど必要のない、強い植物なのだそうです。

大事なのは、木漏れ日程度の日が当たる「時間」。ふたりが住んでいた下関市(日本海側)に比べると、いまの場所は年間400時間もの日照時間の違いがあるのだそうです。2018年にいいハウスがあるとの情報を聞きつけ、移住を決意。「胡蝶蘭にいい環境」が決め手になったのです。

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ハウスは全部で3棟あり、これは満開のハウス

胡蝶蘭農家の1日とは?

ふたりで分業、年間12000株を育てる

作業はふたりの分業制で進めます。茂明さんは午前中に水やりを、午後は剪定や寄せ植え、肥料の調合などをします。郁恵さんは午前から「仕立て」と呼ばれる花の固定や、カバー付けなどの作業をします。

毎月1000株の苗が台湾から入ってきますが、それと入れ替えで、毎月300ケース(1ケース3株ほど、計1000株)を市場や企業などに出荷します。つまり、年間12000株をふたりで育てているのです。

胡蝶蘭農家の中では小規模なほうですが、来年からスタッフが増えるそうです。イベント出展などもありますが、基本的にはこのルーティンの繰り返し。土日は関係ありませんが、予定に合わせて仕事は柔軟に調整できます。

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針金に枝を固定する「仕立て」。角度は手の感覚で調整している

胡蝶蘭のためだけのハウス

ふだん満開の状態しか見ることのない胡蝶蘭の苗の様子は、新鮮です。ポットには、バークチップ(松)と水苔、そして肥料が入っています。胡蝶蘭はもともと木に根を張って育つ「着生植物」なので、光と多少の水があればいいのだそうです。しかし、じめじめしたジャングルの植物なので、気温と湿度が重要になります。季節によって異なりますが、25〜30度を保つ必要があるので、胡蝶蘭農家は福岡や宮崎など暖かい地域にはいますが、関東以北にはいないのだそうです。

益永さんの管理するハウス3棟は、エアコン、UVカットシートの装備が必須。胡蝶蘭だけのためにしつらえた環境で、ほかの植物は育てられません。同じ胡蝶蘭でも、品種によっても適温が違うそうです。スマホにアプリを入れて、いつでもハウス環境をチェックできるようにしています。強い植物とはいえ、日本で花を咲かせるのは大変なことなんですね。

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水分を含んだ水苔を根に絡ませ、バークチップと肥料を混ぜる。根の硬さで花のサイズが予測できるそう

考える楽しさ、暮らす楽しさ

「仕事のおもしろさは何ですか?」と尋ねてみました。
茂明さん
「僕は、じつは花が大好きというわけではないんです。でも、肥料の調合を変えるなどして、葉や花がどのように変化するのか研究するのがとても楽しいです」
郁恵さん
「私は生活そのものがおもしろいです。胡蝶蘭のことをなにも知らずにスタートしたので、わからないことばかり。東京生まれで会社員をしていたので、夜の暗さや、日中に洗濯物を取りに帰れることすら、すべてが新鮮で。それがいまだに続いている感じです」

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A〜Dまで異なる肥料の調合を試している

”美しい”胡蝶蘭とは?

「胡蝶蘭は”美しさ”がすべて」といいます。胡蝶蘭といえば、3本〜5本が整然と並んだ姿が思い浮かびますが、このスタイルは日本独自なのだそうです。西洋では、固定せずに自由に伸びた胡蝶蘭を1本だけ花瓶に生けたり、さまざまな方向に固定して楽しんだり、自由度はかなり高め。個性を出すため原種から育てる人もいるのだとか。

基本の栽培をしながらも、新しい情報や流行をキャッチし、未来を見据えた会話が弾むおふたりの姿がとても頼もしく感じられました。

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日本とは異なるスタイルで生けられた海外のインスタ写真を見せてくれた

悲しみに寄りそう癒しの植物として
胡蝶蘭のこれから

生け花文化が衰退し、庭やベランダ、床の間がない家も増えたいま、あらためて、胡蝶蘭がどのように人に寄り添えるかが課題だとおふたりは話します。

「お祝いにはもちろんですが、人の悲しみを癒せる花でもありす。時代に合わせて変化していくのも大事なこと。たとえば、陶器の植木鉢だと重くて処分も困る方も多いので、キノイでは質感のあるプラスチックの植木鉢を採用しています。

販売の方法、伝える方法も検討しています。たとえば、花が落ちはじめたら、切り花にしたり、花だけ水に浮かべたり、いろんな楽しみ方があります。いまは値段を見て買う人が多いのが事実とは思いますが、花を見て買ってもらえるようになったら嬉しいですね」

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試しに入荷してみた新色の胡蝶蘭。色味は実物を見てたしかめる

個人的な思い出なのですが、祖父母が亡くなったときに、花屋をしている親戚のお姉さんが、綺麗な胡蝶蘭を抱えてきてくれたことをよく覚えています。祖父には白、祖母にはピンクを。仏壇の側に置いた胡蝶蘭は何ヶ月も枯れることなく、かぐわしい香りで落ち込んだ家族の心を癒してくれました。部屋の暗闇の中にポッと明かりのついたような、白く整然とした姿がいまでも瞼に焼きついています。

胡蝶蘭がその品格を保ちながらも、もっと身近に、より多くの人のための癒しの植物として、日本で愛される日が近いかもしれません。

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ミニサイズの胡蝶蘭を試験栽培中

 

 

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