“なにもない海士(あま)町”は、“世の中にないもの”をつくる。

“なにもない海士(あま)町”は、“世の中にないもの”をつくる。

 フェリーが島の港に着く。タラップを渡って、まず目に飛び込んでくる「ないものはない」と宣言する町のポスター。島根県の離島の町、海士町。人口は約2300人。日本の有人離島416島のほとんどが人口減少や高齢化、産業衰退に直面するなか、海士町では人口減少の下げ止まりを実現し、子どもの数は増加しています。そこには島の未来は自分たちでつくるという自覚をもった数多くの挑戦、さらに自分たちの島のことだけではなく、日本の離島全体の産業や文化を守る新しい仕組みづくりがありました。 そんな海士町で2020年11月に開催された、新しい雇用の創出が生む、地方の関係人口拡大についてシンポジウムの様子をレポートします。

島根県松江市の七類港から約3時間の船旅で、フェリーは海士町の港・菱浦港へ。港のターミナルへ入ったところに貼られているのがこのポスターだ。「ないものはない」。味わいのあるキャッチコピー。
島根県松江市の七類港から約3時間の船旅で、フェリーは海士町の港・菱浦港へ。港のターミナルへ入ったところに貼られているのがこのポスターだ。「ないものはない」。味わいのあるキャッチコピー。

マルチワーカー、離島をつなぐ『百貨店』、「遠さ」を価値に変えるホテル。


 海士町は、ユネスコ世界ジオパークに選定されている隠岐諸島にある。主だった4つの島の一つ、中ノ島がそのまま海士町だ。鎌倉時代には後鳥羽上皇が流された遠流の島としても知られる。ただ、貴人が流されるということは、都から遠い場所であるという半面、海路が整備され、経済面や食生活では困らずに暮らせる場所ということでもあった。実際、海士町ではおいしい水が湧き、漁業はもちろん、牛の放牧、稲作もあって四季折々の食が楽しめる。


島の食材でつくられたごちそう。『離島キッチン 海士店』での大皿料理。
島の食材でつくられたごちそう。『離島キッチン 海士店』での大皿料理。

 そんな海士町は今、これからの時代に即した新しい働き方、暮らし方を生む島として注目されている。2020年6月に国が施行した「特定地域づくり事業協同組合制度」は、海士町観光協会が取り組んできた「マルチワーカー」の制度を下敷きにしている。そして、制度を利用する第1号として『海士町複業協同組合』が10月に立ち上がった。ほかにも海士町発の『離島百貨店』が全国の離島をつなぎ、「遠さ」を価値に変えていくホテルも生まれようとしている。


東京・日本橋には『離島百貨店』の旗艦店(離島キッチン日本橋店)がある。全国の離島の食材を活かした料理が味わえて、特産品を買うこともできる。
東京・日本橋には『離島百貨店』の旗艦店(離島キッチン日本橋店)がある。全国の離島の食材を活かした料理が味わえて、特産品を買うこともできる。

 2020年11月21日に、海士町の挑戦の全体像を知ることができるシンポジウム「離島百貨店シンポジウム in 海士町 関係人口拡大 ✕ 雇用創出 ✕ 地方創生」が、同町内でオンライン配信も併用して開催された。全国の離島の祭典「アイランダー2020」(国土交通省・公益財団法人日本離島センター主催)の中でのシンポジウムだった。シンポジウムから見えてきた、これからのライフデザイン、ワークデザインのあり方をさらに深堀りしてみよう。


シンポジウムの会場となった海士町中央公民館。シンポジウムの途中には、『離島キッチン日本橋店』も中継で結ばれた。
シンポジウムの会場となった海士町中央公民館。シンポジウムの途中には、『離島キッチン日本橋店』も中継で結ばれた。

マルチワーカーを制度化。働き方をデザインしていく。


 シンポジウムは午前と午後の2部構成で行われた。午前の部はオンライン配信されなかったが、『海士町複業協同組合』の事務局長に就任した太田章彦さんがまず、組合が取り組むマルチワーカーの仕組みを説明した。
 島には漁業や水産加工業、観光業などさまざまな仕事がある。ただ、それぞれの業種で繁忙期とそうではない時期ができる。たとえば岩牡蠣の出荷は春がピークで、ホテルなど観光業が忙しいのは夏、秋には白イカの加工などが忙しくなる。繁忙期には喉から手が出るほど人手が欲しくなるが、通年で人材を雇用することは経営的に厳しい。そこで、一人の人材が、季節ごとに忙しくなる現場をまわっていく仕組みを海士町は生み出した。
 実は太田さんはそのマルチワーカーの一人だった。本業は写真家であり、島の暮らしのありのままの姿を撮影したいと考えていた太田さんにとって、さまざまな仕事の現場に入り込めるこの仕組みは渡りに船だった。


マルチワーカーの概念図(太田さん作成)。春は岩牡蠣の出荷、夏は観光ホテル、秋は白イカや岩牡蠣の加工、冬はナマコの加工現場で働いた。
マルチワーカーの概念図(太田さん作成)。春は岩牡蠣の出荷、夏は観光ホテル、秋は白イカや岩牡蠣の加工、冬はナマコの加工現場で働いた。
マルチワーカーから生まれる新しい働き方の可能性(太田さん作成)。自分の興味や得意なことと、これまでしたことがなかったことが組み合わさることで何かが生まれる。
マルチワーカーから生まれる新しい働き方の可能性(太田さん作成)。自分の興味や得意なことと、これまでしたことがなかったことが組み合わさることで何かが生まれる。

 人材がぐるぐるとさまざまな現場をまわることによって、その人材自身がハブとなり、業種間をつなげて新たな事業を生み出したり、外からのフレッシュな視点や経験が現場にもたらされることが期待できる。そして、この仕組みを全国に広めるためにできたのが国の「特定地域づくり事業協同組合制度」だ。太田さんは「海士町から『働き方をデザインする』ことの意味を発信していきます。もともと島の暮らしは半農半漁で、複数の生業をもつことがあたり前でした。複業のなかから新しいアイデアが生まれてくると思います」と語った。今は、海士町の隣の島の隠岐の島町でもこの制度を利用した組合づくりが進んでいる。
 また、マルチワーカーと「特定地域づくり事業協同組合制度」の可能性を、リモートワークやワーケーション、SDGsなどへの関心が高まる現代社会の実態とかけ合わせて解説したのが、『パソナJOB HUB』ソーシャルイノベーション部長の加藤遼さんだ。


価値観や地縁などでつながる、新しい働き方が生まれようとしていることを語った加藤遼さん。
価値観や地縁などでつながる、新しい働き方が生まれようとしていることを語った加藤遼さん。

 加藤さんは、これからの時代の人材と仕事のマッチングのあり方を次のような図式で表現した。
【 1:1(選・線・戦)→ n:n(縁・円・宴)】



 これまでは1人が1社と契約し、選び選ばれ、線となってつながり、いっしょに戦っていく働き方=1:1(選・線・戦)であったのが、これからは複数同士がご縁でつながり、円となって、宴のように楽しみ、地域を盛り上げる働き方=n:n(縁・円・宴)に変わっていくというものだ。海士町はその先取りをしているといえる。午後からは『レジリエンスジャパン推進協議会』常務理事の金谷年展さんが、「WinWin企業版ふるさと納税」の新運用モデルの構築が進んでいることを講演した。


企業版ふるさと納税を、離島を含めた日本の地方のためにもっと活用できるよう、新運用モデルづくりについて説明する金谷年展さん。
企業版ふるさと納税を、離島を含めた日本の地方のためにもっと活用できるよう、新運用モデルづくりについて説明する金谷年展さん。

 すでに「企業版ふるさと納税」は運用されており、これは地方公共団体が行う地方創生の取り組みに企業が寄付した場合、寄付額に対し最大9割の法人関係税が軽減されるものだ。「WinWin」の新運用モデルでは、ただ寄付をするだけではなく、企業が寄付先の自治体に対し独自の技術やノウハウを活かしたまちづくりの事業プランを提案し、自治体といっしょにそれに取り組めるようにする。実現すれば、企業が社会貢献型のプロジェクトなどで、離島とも積極的に関わろうというモチベーションになる。


 シンポジウム最後のプログラムはパネルディカッションとなった。まずは話題提供として『離島百貨店』理事の青山富寿生さんが、昨年設立した離島百貨店の目的と、これから地方で求められる「地域マネージャー」の役割を語った。


手前が青山富寿生さん。2年前までは海士町役場の職員を務め、島の新しい産品の開発や、マルチワーカー制度の立ち上げなどを行ってきた。
手前が青山富寿生さん。2年前までは海士町役場の職員を務め、島の新しい産品の開発や、マルチワーカー制度の立ち上げなどを行ってきた。

 『離島百貨店』では、海士町だけではなく、日本各地の離島が抱える流通コストの問題、商品の生産力や販売力、情報の発信力が弱い問題、後継者不足や高齢化で廃業せざるをえなくなる問題の解決に、離島同士の連携力で取り組む。その解決方法の一つが、離島百貨店が「地域商社」としての役割を果たすことだ。


 各島の商品や産地の情報、そして流通を一元化し、効率よく消費者へ届ける仕組みをつくる。また、雇用人材のミスマッチを防いだり、行政などの支援制度を島の生産現場につなげるための「地域マネージャー」の育成と配置が必要だと話した。


離島百貨店の概念図。消費者から見れば、日本の離島のことが一覧でき、料理や特産品を味わったり、買える場所であり、離島の事業者や行政担当者から見ればマーケティングが行なえて、消費者との間に立ってくれる地域商社的な動きをしてくれる組織となる。
離島百貨店の概念図。消費者から見れば、日本の離島のことが一覧でき、料理や特産品を味わったり、買える場所であり、離島の事業者や行政担当者から見ればマーケティングが行なえて、消費者との間に立ってくれる地域商社的な動きをしてくれる組織となる。

 続いての話題提供では、海士町唯一のホテル『マリンポートホテル海士』の経営などを行う『海士』代表取締役の青山敦士さんが現在、改修が進むホテルの展望などを話した。青山敦士さんはもともと、青山富寿生さんの部下として海士町観光協会の職員として働いていた。ホテルの改修は老朽化などが発端となったが、これを機に新棟を建設し、島の旅そのものをこれまで以上にアップデートすることを目指す。「遠さ」を価値に変え、ジオパークにも選定される太古からの地形と景観を楽しんでもらえるようにする計画だ。


 青山敦士さんは観光協会の職員時代を振り返り、「思いつき、口に出したら何でもさせてもらえるのが海士町。うまくいかなかったこともたくさんありますが、失敗するまではやりきることの大切さを学べたのが大きかった。新しいホテルでは、島の交流力を引き上げることが目標です」と語った。


ホテル新棟の模型。海に面した部屋は全面ガラス張りになり、室内から太古からの地形=ジオ・スケープを満喫することができる。
ホテル新棟の模型。海に面した部屋は全面ガラス張りになり、室内から太古からの地形=ジオ・スケープを満喫することができる。

 パネルディスカッションでは、パネラーとして『アンゴホテルズ』CEOの十枝裕美子さん、『パソナグループ』常務執行役員の伊藤真人さん、コーディネーターとして『紡』代表取締役の玉沖仁美さんが登壇した。


左から青山敦士さん、玉沖仁美さん、青山富寿生さん、十枝裕美子さん、伊藤真人さん、午前中に登壇した加藤遼さん。
左から青山敦士さん、玉沖仁美さん、青山富寿生さん、十枝裕美子さん、伊藤真人さん、午前中に登壇した加藤遼さん。

 海士町で次々と生まれる新しい取り組みについて、十枝さんは「『やる』と決めて、それを本当にやる人がいるのが海士町のいいところ」と語り、伊藤さんは「地方にはオーナーと従業員だけで、『経営者』がいないことが多い」とし、人材育成の大切さを指摘した。玉沖さんは海士町がもつ未来を先取りした事業の着眼点、行動力を掘り下げ、青山富寿生さんは「こうありたいと思うビジョンをちゃんと持っているかどうか、そしてそれを行う当事者として自覚と責任があるか。それが事業を進めるうえでいちばん大切なこと」と答えた。


 密度の濃いシンポジウムの中で、海士町の前・町長であり、『離島百貨店』会長を務める山内道雄さんがあいさつの中で語った「『ないものにはない』には『やるしかない』という意味も込められています」という言葉が印象に残った。


 「ない」から、自分たちで新しいものを生み出す。そんなおもしろさとパワーを海士町で感じた。


 

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