北海道のほぼまん中にある東川町。移住者が多い町として知られるが、町はむやみに人口を増やすのではなく、過疎でも過密でもない「適疎」を目指す。町そのものが“健康体”のような町だ。どんな町なのか訪ねてみた。
豊かさの中で働き、暮らす。
北海道・東川町はいろいろな顔をもつ。まずは「写真の町」。1985年に「写真の町」宣言をし、自然や景観、人と人との出会いを大切にしてきた。そして「家具の町」。旭川市に隣接し、日本五大家具の一つ「旭川家具」の約3割はこの町の木工事業所で生産されている。また、「上水道がない町」でもある。大雪山の雪解け水による地下水に恵まれ、住民はその天然のミネラル水を暮らしの水として使っている。
そんな町の魅力に惹かれてやって来る、「移住者が多い町」としても知られる。1990年代に7000人を切った人口が、今では約8400人となっている。実際に移住をしてきた人たちに会って話を伺った。
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『北の住まい設計社Café & Bakery』のスタッフとして働く森のぞみさんは、4年前に移住をしてきた。直接のきっかけは、結婚相手の男性が東川町の地域おこし協力隊隊員になったことだったが、もともと山好きで、信州の山小屋や北海道・富良野町のリゾートホテルなどで働いてきた森さんにとってはぴったりの場所だった。
『北の住まい設計社』は町内にもファンが多い家具製作所で、北海道産の無垢材を使い、木が育ったのと同じ年月を家具としてまた使ってもらえるようにと、一生モノの家具づくりをしている。森さんが働くのはそのカフェ・食品販売部門だ。町の下見に来たときに、森の中にあるような製作所が気に入り、スタッフとなった。
「毎日、大雪山系の山を見て、その恩恵の水を飲み、山の空気で深呼吸をしています。ここでは『足るを知る』という暮らしができます。6月に出産予定なのですが、最近、私たちの身の丈にあった小さな家を買いました。生まれてくる子どもと一緒に、私もこの町で成長していきます」と話す。
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『北の住まい設計社』を夫の恭延さんとともに経営する渡辺雅美さんは、そんな姿をあたたかく見守る。「森さんは敷地内の木に落花生を置いて野鳥を呼んだりと、本当に自然が好きなんだと思います。東川町は子育て環境も整っているので、暮らしやすいはず。親子の成長を応援したいです」。
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「人生の学校」づくりに挑戦。
遠又香さんと安井早紀さんは昨年7月に移住してきた。二人は大学の同級生で、卒業後はそれぞれ東京の企業に就職し、教育系の仕事などをしていた。4年前、休暇中に二人で行ったデンマークで「人生の学校」といわれる『フォルケホイスコーレ』と出合い、その仕組みに一目惚れし、日本で同じような学校をつくることを目的に『Compath』という会社を設立した。
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フォルケホイスコーレは大人のための全寮制の学校で、試験や成績評価などはなく、哲学や音楽、アート、スポーツなどさまざまなテーマについて学ぶことができる。その学びの場で重要視されることは「対話」だ。多様な他者と意見を交わし、「民主主義的なあり方」でものごとを進めることを学んでいく。
二人は現在、東川町の地域おこし協力隊隊員になり、同町内で『Compath』が目指す「人生の学校」づくりを進めている。遠又さんは「人の縁がつながり、この町で学校づくりをしようと決めた後、町長に“プレゼン”をしました。町長は『人口8400人の町で、二人が活動をしてくれることは大きい。応援しますよ』とすぐに言ってくれました。町の規模がちょうどよく、自分たちも町を形成する一員だということを実感できます」と話す。
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安井さんは「都会でオフィス仕事やオンライン会議をしていると、パソコンの画面の中だけがすべてになりますが、ここでは窓の外に目を向けるだけで大雪山の景色が見えます。自然の中で生きていることを感じ、仕事の悩みなんて、パソコンの画面上で起きている、ちょっとしたことでしかないんだなと思えるようになりました」と笑う。
東川町は、人口について過疎でも過密でもない「適疎」を目指している。そのバランス感覚が、町は自分たちでつくるものと考える人々を引き寄せ、健全な未来を実現していくのかもしれない。