東京から愛媛県の今治市へ移住し、築70年を超す古民家を自宅として購入したわが家。リノベーションによって生まれ変わった自宅で家族4人、田舎暮らしを満喫中だ。住むほどに味わい深く、子育て世代にもおすすめしたい古民家の魅力については、これまでもお伝えしてきた。
しかし古民家のリノベーションにあたっては新築とは違う様々なハードルにぶつかったことも事実。物件探しや工務店選び、プランニングや実際の施工に至るまで、判断の連続だった。
この記事では自身の経験を元に、古民家リノベを多く手がけ、古民家の特長を知り尽くしたプロの工務店に大小さまざまな疑問をぶつけてみようと思う。多くの古民家ラバーのヒントになる情報をお届けしたい。
(協力:株式会社KURASU(愛媛県松山市)代表取締役社長 矢野陽子さん)
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【瀬戸内の古民家で子育てはじめました】
意外と高い? 古民家リノベに費用がかかる理由
ー私は当初、古民家リノベーションって比較的安価にできるイメージを持っていました。実際は、古民家の昔ながらの雰囲気を残したとしても、お金がかかる点も多いということを知ったわけですが…。
矢野さん:確かに安くリノベーションできる場合もあるのですが、一見大きく見た目が変わっていなかったとしても、構造部分や基礎的な工事にお金がかかるケースは多いですね。
例えば、物件の床や壁が新しく見える場合でも、建物の基礎となる部分や、水道管、電気配線など、目に見えない部分の老朽化が進んでいたりするんです。これらの部分を補修したり、交換したりするのに、意外と費用がかかってしまうんですね。
外壁や屋根も、見た目はきれいでも、内部が腐食していたり、雨漏りの原因になっていたりすることがあります。特に、屋根裏などは、普段目にすることがないので、状態が悪くなっていることに気づきにくいんです。
古民家には、現代の住宅にはない独特の構造や素材が使われていることも多く、専門的な知識や技術が求められた結果、費用が高くなるというケースもありますね。
お金がかかりやすい5つのポイント
ー実際、どういうところにお金がかかるケースが多いんでしょうか?
■屋根
矢野さん:屋根の工事はその状態によって費用が大きく変わります。例えば、部分的な補修で済むのか、それとも屋根全体を葺き替える必要があるのかによって、費用は数倍変わってくることもあります。屋根の状態は、物件購入前に必ず確認しておくべき重要なポイントです。
■設備
矢野さん:古民家の場合、水回り設備はほぼ全て交換することを前提にした方が良いでしょうね。キッチンやお風呂、トイレなど、生活に密接に関わる部分なので、快適性を重視するなら最新の設備に交換することをおすすめします。設備面では新築と同様に、お金がかかる部分だと思っておいた方がいいと思います。
■窓
矢野さん:窓も、建物の断熱性能や快適性に大きく影響するため、リフォームの対象となることが多いです。なかでも古い木製サッシの窓から、断熱性の高いペアガラスの窓に交換するような場合は、費用がかかります。ただ、窓のリフォームには補助金制度がある場合もあるので、活用することで費用を抑えられるかもしれません。
■立地・解体の規模
矢野さん:例えば、島など交通の便が悪い場所にある古民家は、工事車両のアクセスが制限されるため、工事が長引いて費用がかさんだり、輸送費が余分にかかったりすることがあります。
島でなくても、細い路地などで物件の前までトラックが入れないような場合は、建材を何度も運搬しなくてはならないので費用がかさみますね。
また古民家だと、増築や改築がされていたり、敷地内に納屋や倉庫があったりというケースもよくあります。解体する場合には、解体作業や解体後の運搬・廃棄にかかる費用も加算する必要があります。解体面積が大きいと費用は高くなりますね。
■地震対策
矢野さん:地震対策も費用の変動が大きい点です。古民家の基礎は、石場建てといって石の上に柱が乗っている構造が多く、現代の耐震基準を満たそうとすれば、耐震補強が必要になるケースがほとんどです。改めて基礎を作るとなると、費用はそれだけで100万以上にはなってきますね。
ただ必ずしも基礎を作り直す必要があるかというとそうともいえず、伝統工法を活かした補強など、方法は様々です。物件の状態や予算に合わせて、最適な方法を選ぶことが大切ですね。
ちなみに最近では、耐震シェルターの設置費用に補助金が出る場合もあるので、そういったものを活用するのもいいかもしれません。
結局、古民家リノベーションはいくらかかるの?
ー5つのポイントを理解したうえでも、素人だとやはりそれぞれの費用感まで想像するのは難しいですね。
矢野さん:そうですね。例えば、壁のひび割れ一つとっても、単なる表面のひび割れなのか、構造的な問題が隠されているのかを見分けるのは難しいと思います。また、屋根裏や床下など、普段目にすることのない部分の状態は、専門家でもなければ判断できない場合が多いでしょう。
不動産業者さんは、物件の売買のプロではありますが、建物の状態や改修費用については、専門知識を持っている人が限られます。そういう意味では、建築のプロに見てもらったうえで、購入の判断をするのが懸命だと思います。専門家に見てもらうことで、建物の状態を正確に把握し、必要な修繕箇所や費用を事前に把握することができます。これにより、予算オーバーを防ぎ、計画的なリノベーションを進めることができます。
もちろん、実際に工事が始まってみると、新たな問題が発覚することもあります。しかし、事前にある程度の調査を行っておけば、想定外の費用がかかるリスクを減らすことができます。
ーわが家の場合は矢野さんに内見に付き添っていただいたことで、予め物件の状態や、改修費用についても把握することができて、助かりました。
すべての建築業者さんが契約前の内見に同行してくれるかはわかりませんが、自分たちで判断に迷う場合は、購入前にプロに相談してみたらいいと思いますよ。サポートしてくれるケースも多いと思います。
ーKURASUさんでは、これまで多くの古民家リノベーションを行われていますが、一般的な費用相場としてはどのくらいと考えておけば良いでしょうか?
古民家リノベーションの費用は、物件の状態や、お客様のご希望される内容によって大きく変動します。ですが、一般的な相場としては、水回りの交換や、必要に応じて窓の交換、耐震補強などを含めると、新築と同等の2000万円から3500万円といったところでしょうか。
ーわが家のリノベーションは全体で1800万円ほどでした。物件の条件や、工事内容によって幅があるんですね。
費用の変動となる最も大きな要因は、リフォームの範囲です。水回りだけを交換したいという方や、間取りを大きく変えたいという方など、ご希望によって費用は大きく変わってきます。
例えば、水回りだけ交換して、既存の間取りや内装を活かすようなリフォームであれば、300万円から500万円程度で収まるケースもあります。しかし、間取りを大きく変更したり、耐震補強をしたりする場合には、費用は高額になります。
一方、既存の間取りを活かす場合は、壁や天井をそのまま使える部分も多く、費用を抑えることができます。
物件の状態を正しく把握したうえで、予算に応じてリノベーションの範囲を検討するのが、理想の住まいを実現するための鍵だと思います。
快適な古民家暮らしは、予算計画に余裕を!
お話を伺って感じたのは、古民家リノベーションは、その規模や範囲によって費用が大きく異なるということ。快適な暮らしを送りたい場合は、新築と同等、あるいはそれ以上の費用がかかることもあります。
しかし、新築では得られない広さや、時を重ねた味わいは、古民家ならではの魅力。私自身は、かけた費用以上の価値があったと感じています。ぜひ、古民家リノベーションを一つの選択肢として検討していただけたら、一古民家ファンとして嬉しく思います。
取材協力:矢野 陽子さん(株式会社クラス 代表取締役)
短大卒業後、キッチンメーカーで7年勤務。地元建築会社で設計、インテリアコーディネーターとして勤務。役員職を経て、2016年7月に愛媛県松山市に株式会社クラスを創業。女性設計士が、暮らしやすさにこだわった住宅を提案する。
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取材・文:小林友紀