公益財団法人 黒潮生物研究所、新江ノ島水族館、アクアワールド茨城県大洗水族館は、2008年から2021年にかけて茨城県、神奈川県、高知県で採集したクラゲの標本を分類学的に精査したところ、ヒドロ虫綱の新種であることがわかり“Octorhopalona saltatrix(オクトロパロナ・サルタットリクス)”、標準和名「オトヒメクラゲ」と命名したことを発表しました。
これらのクラゲについて形態観察とDNA分析による分類学的精査をおこなったところ、ヒドロ虫綱花クラゲ目ウラシマクラゲ科の新属新種であることが明らかとなりOctorhopalona saltatrix(学名)、オトヒメクラゲ(標準和名)と命名しました。
ウラシマクラゲ科はウラシマクラゲ属、ワタボウシクラゲ属、Halimedusa属(和名なし)の3属、4種が知られています。
これらのクラゲたちは、傘の縁に触手を4本(4群)、放射管*3を4本持つことが知られていました。
それに対し、今回発見されたオトヒメクラゲは触手を8本、放射管を8本持ち、他種とは容易に区別することができます。
そのため、属名にはギリシャ語で「8本のこん棒」を意味する「Octorhopalona」を採用しました。
傘は1cm程で丸く透明、各触手の基部から傘の表面に沿って8列の外傘刺胞列(がいさんしほうれつ)が伸びていることも特徴です。
そのほか、傘の大きさや傘の形状、内傘にある角状突起、口柄支持柄(こうへいしじえ)、口柄の長さなどの形態特徴の組み合わせ、DNAの塩基配列の違いによりウラシマクラゲ科の新属新種であると断定しました。
[掲載論文]
掲載誌 :Animals
論文タイトル:Octorhopalona saltatrix, a new genus and species
(Hydrozoa, Anthoathecata) from Japanese waters
(日本産の新属新種Octorhopalona saltatrix(ヒドロ虫綱、花クラゲ目))
著者:Sho Toshino, Gaku Yamamoto, Shinsuke Saito
(戸篠 祥[黒潮生物研究所]・山本 岳[新江ノ島水族館]・齋藤 伸輔[アクアワールド茨城県大洗水族館])
A:口柄
B:8本の放射管(上から見た図)
C:8本の触手(下から見た図)
D:触手の基部にある眼点
E:こん棒状の触手
(スケールバーは0.5mm)
存在は確認されていたが正体不明だったクラゲ研究の背景
日本の沿岸域で毎年主に春から夏にかけて出現する「ウラシマクラゲ」のなかに、姿は似ているけれど触手の数が異なるクラゲが紛れて何度か採集されていたのです。このクラゲはウラシマクラゲの奇形とも考えられていましたが、長年正体はわからないままでした。
そのなかで、2005年9月と2006年8月に、今回発表された論文の著者の一人であるアクアワールド茨城県大洗水族館の齋藤が、定期的に行なっていた茨城県大洗漁港でのクラゲ採集調査のなかで、図鑑には載っていない謎のクラゲを採集しました。
当時、資料などで調べたものの、結局種の同定には至りませんでした。その後、2008年12月の調査でも、再度同じクラゲを採集したため、知り合いの研究者に同定を依頼したものの、そこでも結局正体はわからないままでした。
そして時は流れ、2015年の8月、著者の一人で当時学生だった山本(新江ノ島水族館)が、神奈川県江の島でのクラゲ調査の中で、謎のクラゲを採集しました。
そして、同年に開催された日本刺胞動物・有櫛動物研究談話会(NCB)の研究発表でそのクラゲについて発表をしたところ、その謎のクラゲは茨城県で齋藤が採集したクラゲと同じものであることが分かったのです。
その後、クラゲ類の分類学者である戸篠(黒潮生物研究所)も高知県土佐湾でこのクラゲを採集し、2021年までに茨城県、神奈川県、高知県の3県で計16個体の標本が採集されました。それらの標本をもとに、戸篠を中心に本格的に研究(標本の形態観察やDNA分析、論文の執筆など)を進め、この謎のクラゲがウラシマクラゲ科に属する新属新種のクラゲであることが突き止められました。
和名「オトヒメクラゲ」命名について
学名はOctorhopalona saltatrixで、「8本のこん棒を持つ踊り子」という意味が込められています。8本のこん棒を持つと聞くと少し物騒なイメージですが、8本の触手を広げながらぴょこぴょこと踊るように泳ぐ姿はとても可憐です。
しかしながら、微小なクラゲたちを含め、海にはまだまだ多くの未記載種が存在すると考えられます。そのなかでもウラシマクラゲ科は、2年連続で新種が記載されるほど未解明なことが多いグループです。季節的消長や出現動態、行動や生活史についてはほとんど知られていません。
今回の発表では、これからも引き続き海洋生物の採集調査・研究を行い、ひとつひとつ情報を積み重ねていきたいとしています。