一つひとつ木肌の異なるカスタムギターと、来訪したギタリストたちの写真が壁に並ぶ店内。その奥にある、大小さまざまな道具と古材が雑然と置かれた工房。80分間の作品で、カメラがレンズを向けるのは、ほぼこの2か所だけ。実際、店主でギター職人のリック・ケリーが店を離れるのは、近隣の建物が解体され、放出される古材を現場に引き取りに行くときくらいなのだろう。人間より長く生きてきた古材に新たに命を吹き込むべく、ギターをつくり続けるケリーとアシスタントのシンディ。二人から滲む、好きなことに全身で打ち込む人が放つ幸福感は、観る者の頬と心を緩ませる。
ニューヨークのグリニッジ・ビレッジにある『カーマイン・ストリート・ギター』は、この地の建築に使われていた木材を再利用し、世界でひとつのカスタムギターを製作するリック・ケリーのギター・ショップ。幼い頃から木材職人の祖父の仕事を傍で見続け、彫刻を学んでいた大学時代から集めた古材でものづくりをしていたケリーは、手製のエレキギターと工場で生産されるギターは音色が違うことに気づく。
70年代後半、店を構えた彼はその後、映画監督でミュージシャンのジム・ジャームッシュが自宅の屋根裏から古材を持ち込んだのを機に、歴史的建造物に使われていた木材=ニューヨークの骨を救い出し、そのビンテージ古材を活用してギターをつくるようになる。
レンガ造りの趣ある建物の扉を押して店内に入ってくるのは錚々たるギタリストばかりだ。だが、そんな彼らでさえ、店で手に取ったギターを弾き、その音色を聞いた瞬間、驚きと喜びをあらわにするように、場の気配を携えた木材でつくられたギターの音色には硬さがなく、素人の耳にも深く、まろやかに響く。
この店が、彼らにとってどれほど居心地のよい空間であるのか。ケリーと語り合うギタリストたちの表情を見れば、一目瞭然だ。50からなるギターのパーツを製作するという地道な作業を妥協せずに続ける。そんなケリーに、彼らは信頼と敬意を寄せている。
パソコン、携帯、SNSと無縁な師匠に「そろそろ21世紀に来れば」とシンディは言うけれど、変わりゆく世界のなかで、変わらずに在り続けるギター・ショップは、つくり手とギタリストがギター愛で結ばれた、冷やかし客など入る余地のない聖域なのだろう。
『カーマイン・ストリート・ギター』
8月10日(土)より、新宿シネマカリテ、シアター・イメージフォーラムほか全国順次公開