福岡市のジュエリーショップでノベルティカレンダーの打合せをしているのは、制作を担当するアーティスト・hyanahyu(ヒャナヒュー)こと、彌永裕子(やながゆうこ)さん。彌永さんは他にも、店舗経営など複数の仕事を持つパラレルワーカーだ。約5年前に大学職員を辞め、地域おこし協力隊を経て現在の働き方にたどりついた彌永さん。20代後半で退職という思い切った決断をすることに、迷いや不安はなかったのだろうか。彼女の経験から、働き方や生き方に迷う世代にとって、選択のヒントが得られるかもしれない。写真提供:yuko yanaga
彌永裕子さん
32歳、4つの仕事で都市部と地方を行き来する現在
●アーティスト hyanahyu(ヒャナヒュー)
グラフィック・服飾デザイン、イラスト、染色など。企業や店舗、自治体などから受注するほか、自身の制作活動も行う。
●大学の非常勤講師(週1回)
福岡市の九州産業大学、香蘭女子短期大学で染色や服飾デザイン・テキスタイルなどの授業を担当
●店舗経営(土日)
福岡県八女郡広川町で地元の魅力を発信するアートプロジェクト兼店舗「SHOP編集」を経営
●書店アルバイト(平日週2回)
書籍のことを学ぶため福岡県八女市の書店でアルバイト
福岡県の都市部と地方を行き来する多忙な日々。アクティブなライフスタイルだが、取材で会った彼女の印象は、優しく柔らかで、話していると自然にこちらも笑顔になれるような女性だ。パラレルな働き方をする現在を含め、さまざまな経験をしてきた彼女の、これまでの人生を聞いた。
ものづくりの原点は幼少期に作った箸置き
彌永さん「いま100歳の祖父が昔美術の先生をしていて、陶芸用の窯も持っていたんです。祖父の家に遊びにいったら絵を描いたり土をこねたりして遊んでいました。私が陶器の箸置きを作ったときに家族がすごく喜んだのが、『ものづくり楽しい!』の最初の記憶ですね。実家も自営業をしていたから、なんとなく将来は私も店を持って、自分で作ったもので人が嬉しくなるような、そういう仕事がしたいと思っていました」
中学卒業後はデザイン科のある高校へ進学し、これまで独学だった絵やデザインを専門的に学んだ。かなり早い段階で、しっかりと将来のビジョンを持っていた彌永さん。
彌永さん「しっかりした将来のビジョンというよりも、好きなものがただ早い段階で自分の中にたくさんあってこんなことをやってみたいなというイメージが広がって・・・という感じですかね。興味ないことはぜんぜんできない性格というのもあって。自分でいつかお店をするなら自分で何か作れたらいいなと思ったのがあって、表現したり何かを作ることができる学校を選んでいました」
hyanahyu
仕事+アーティスト活動+デザイン学校通いの日々
彌永さん「働きながら創作活動を続けるにはどうしたら良いかとゼミの先生に相談したら、『じゃあうちで職員として働いたら?』とアドバイスを頂いたんです」
そこで同大学の職員採用試験を受け見事合格、卒業後から正式に働き始めた。
彌永さん「当時の九産大は女子学生が2割と少なかったので、女子が興味を持って取り組めるような新しいプロジェクトを企画したり、学生と先生の間に入って、過ごしやすい環境づくりをしたりしていました」
卒業生である彌永さんのことをよく理解している学校であり、学生たちにも年齢の近い彼女だからこそ、その能力を活かした仕事ができた。加えて就業後には学内の工房を使わせてもらい、創作活動も続けられたという。
さらに彌永さんは、創作活動のスキルアップを目指して、ファッションデザインの学校やグラフィックデザインの学校にも通った。
彌永さん「大学で芸術や染織を学んで、もっと人に寄り添うテキスタイルとしての服に興味が出てきて。ファッションデザイナーの山縣良和さんが福岡で開講していたファッションを学ぶ場『ここのがっこう』の福岡版『COCOA(ココア)』に通いました。ファッションって何か?から考え、自分で生地から服を作ってデザインコンペに出したり、展示などをしたり、自分なりにファッションを形にしようとしていました。世界的なコンペのファイナリストに選ばれる人もいて、場所は関係なく世界に通用するクリエーションが生まれるんだと、とても刺激を受けましたね」
やりたいこと・好きなことを続けるために、たとえば時間の融通がきくアルバイトで生計を立てるという方法もある。しかし彌永さんは、フルタイムで通勤しながら、創作活動とスキルアップも平行するという働き方を見つけた。理想的な日々を送っていた彌永さんだが、27歳の時、大きな決断をする。
27歳で大学を退職、広川町の地域おこし協力隊に
彌永さん「自分でも創作活動の拠点や、人が集まれるような場所をつくりたいなと思うようになりました。大学でそういう話をしていたら経営学部の先生から、『ちょうど広川町で地方創生プロジェクトを始めようとしているから、参加してみたら』と言われたんです」
彌永さんが生まれ育った、福岡県南部の筑後市。その隣にある広川町で、名産品である久留米絣をキーワードにしたテキスタイルやファッションに特化した“ものづくりスペース”を創る事業が進められようとしていた。
彌永さん「それで広川町役場を訪ねて、自分の経験とかを話したら、一緒にやろうよと言ってくださいました。自分のやりたいことにも直結するプロジェクトでしたし、私は筑後市出身ですが広川町のことは全然知らなかったので、この事業を通して広川の人々や文化に触れられるのも良いなと思いました。広川町は農業と絣の文化はあるけど、特に観光地などとして名が知られているわけでもない。だけどその分、新しいことを生み出せる余白があるのがすごく魅力的に感じました」
ものづくりスペースkibiru
30歳を前にした数年は、多くの人がその先の人生に迷う年代だろう。彌永さんは安定した仕事を退職することへの不安や迷い、また同年代の人達との違いに焦りを感じることはなかったのだろうか。
彌永さん「不安よりも、やってみたいという気持ちが強くて体が先に動いていた感じでしたね。周囲の友だちもそれぞれ同じように、やりたいことをどうにかしてやってみようとしている人が多かったので刺激になりました。また大学に関わることができたら、自分の活動の延長線上のことを伝えたり、教えられるようになって帰って来れたらと思っていました。協力隊中も前の仕事の経験や、新しくやってみたいことなど全部繋がっている感じがして、いろいろな人と関わりながら考えて形にしていく日々で楽しかったです」
広川の魅力を新しい解釈で発信する「SHOP編集」をスタート
彌永さん「地域おこし協力隊としてkibiruを中心に活動する中で、広川の場所や素材を、自分たちの解釈で編集して作品として発信したり、人と一緒に体感できるワークショップなんかもやっていたんですね。それで、いつか自分もお店をやってみたいというのもあったので、本格的に場所をつくりたいなと。任期終了後の開業を目指して、星野さんと一緒に物件を探しました」
無事、アトリエ兼店舗にぴったりの物件が見つかり、2020年3月末に入居。しかし開業準備を進めようとした矢先、新型コロナの流行が直撃する。
彌永さん「物件は借りたけど…お店辞める?っていうところからのスタートでした。でも“やってみたい”という気持ちが強かったのと、2人だから小回りがきくので、その時々の最善策を取りながら、時々オープンするみたいな形でもいいのかなと。それで2020年の夏頃から少しずつ、友人の大工さんの力を借りながらリノベーションを進めて、10月からイベントや企画ごとに開店するギャラリーのような形でスタートしました。2021年現在は土日に定期オープンし、予約来店制の形をとっています」
彌永さん「広川って町を歩く人も絣を着ていたりして、人がまとうもので風景って出来るんだなと感じたんです。絣の藍染めの紺色のイメージからインスピレーションを受けて、いろいろな“青いモノ”を集めた『青い店』という企画をしたり。あと、これは“田舎あるある”かもしれないんですが、お店が閉まる時間が早いので、そこから“田舎の夜の新しい使い方”を実験しようと。夜に自分のためのおめかしをして出かける場所として、夜中まで開いている喫茶店『喫茶ハザマ』を不定期でオープンしたりもしています。今年の春には“コロナ禍での日々の暮らしと制作”をテーマに本を作り展示をしました」
こうしたユニークな企画は公式Instagramやnoteで発信しており、企画ごとにオープンするギャラリーと喫茶として運営している。近隣地域だけでなく福岡市内や佐賀方面からも人が訪れているそう。
彌永さん「今は広川に拠点があるので、今後は、コロナの状況をみながらではありますが、個人のアーティスト活動もSHOP編集でもいろいろな地域に出向き、作品を通して人とコミュニケーションしていきたいです。コンパスみたいに、軸があってくるりと円を描くようにいろいろな場所でも活動ができたらと思っています」
働くこと・生きることは、実験の連続
書店でのアルバイトを含めると4つの仕事を平行する現在の彌永さん。だが、さまざまな経験をしてきたこれまで同様に、この先も変化し続けていくと話す。
彌永さん「私は器用な方ではないので、体感しないと分からないんですよ。だから常に働き方や生き方を実験している感じというか。日々、目の前のことをやってみて、違ったら変えてみる。たとえば来年は、大学での授業を少し増やして、人に伝える力をアップデートしたいなと考えたりしています」
表現やものづくりを続けるための働き方を、常に模索してきた彌永さん。もちろん彼女自身も努力しているが、心がけているのは、自分の中だけで完結させず、積極的に周囲と関わっていくことだと話す。
彌永さん「自分のやってみたいことを人に話すことで、次に繋がっていく感じがありますね。バラバラのように見える経験も、全部繋がって今の活動になっています。今後もいろいろな経験を増やしながら、自分で作ったものや表現していくことでいろいろな場所や人と関われたらいいなと思っています。まだ実験中みたいな感じなんですが、楽しみながらいろいろと作ったり活動をやってみたいと思っています。機会があればSHOP編集にも遊びにきてください」
●彌永裕子さん Instagram
●hyanahyu 公式サイト
●SHOP編集 Instagram note
文:西紀子
■ライタープロフィール
西紀子:福岡市出身。大学卒業後、フリーペーパー編集部や企画制作プロダクションにて編集・ライティング業務に従事。2017年よりフリーランス。2018年より岡山市在住。 2020年よりソトコトオンライン・ローカルライターとして記事執筆。現在に至る。