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20代後半で退職。さまざまな経験を経て見つけた、自分らしい働き方とは?

西紀子

西紀子

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福岡市のジュエリーショップでノベルティカレンダーの打合せをしているのは、制作を担当するアーティスト・hyanahyu(ヒャナヒュー)こと、彌永裕子(やながゆうこ)さん。彌永さんは他にも、店舗経営など複数の仕事を持つパラレルワーカーだ。約5年前に大学職員を辞め、地域おこし協力隊を経て現在の働き方にたどりついた彌永さん。20代後半で退職という思い切った決断をすることに、迷いや不安はなかったのだろうか。彼女の経験から、働き方や生き方に迷う世代にとって、選択のヒントが得られるかもしれない。写真提供:yuko yanaga

彌永裕子さん

彌永裕子さん

●彌永裕子(やながゆうこ)さん/1989年福岡県筑後市生まれ。筑陽学園高校のデザイン科を卒業後、九州産業大学芸術学部美術学科で染織工芸を専攻。大学在学中から服飾雑貨などの制作、展示や販売を行う。卒業後、同大学の職員として就職。アーティスト活動も続けながら、ファッションデザインの学校やグラフィックデザインの学校にも通学。2016年に大学職員を退職。2017年より福岡県八女郡広川町の地域おこし協力隊に参加し、同町のものづくりスペース「kibiru(キビル)」の設立などに関わる。2020年3月の任期終了後、同町にアートプロジェクト兼店舗「ショップ編集」を開業。現在に至る。写真提供:yuko yanaga
目次

32歳、4つの仕事で都市部と地方を行き来する現在

彌永さんの2021年現在の仕事は以下の4つ。

●アーティスト hyanahyu(ヒャナヒュー)
グラフィック・服飾デザイン、イラスト、染色など。企業や店舗、自治体などから受注するほか、自身の制作活動も行う。
●大学の非常勤講師(週1回)
福岡市の九州産業大学、香蘭女子短期大学で染色や服飾デザイン・テキスタイルなどの授業を担当
●店舗経営(土日)
福岡県八女郡広川町で地元の魅力を発信するアートプロジェクト兼店舗「SHOP編集」を経営
●書店アルバイト(平日週2回)
書籍のことを学ぶため福岡県八女市の書店でアルバイト

福岡県の都市部と地方を行き来する多忙な日々。アクティブなライフスタイルだが、取材で会った彼女の印象は、優しく柔らかで、話していると自然にこちらも笑顔になれるような女性だ。パラレルな働き方をする現在を含め、さまざまな経験をしてきた彼女の、これまでの人生を聞いた。

SHOP編集

SHOP編集

福岡県八女郡広川町で運営する、アートプロジェクト兼店舗「SHOP編集」。写真提供:yuko yanaga

ものづくりの原点は幼少期に作った箸置き

福岡県筑後市に生まれた彌永さん。物心ついた頃から絵を描くことやものづくりが好きで、幼稚園時代には陶器の箸置きを作ったことがあるという。

彌永さん「いま100歳の祖父が昔美術の先生をしていて、陶芸用の窯も持っていたんです。祖父の家に遊びにいったら絵を描いたり土をこねたりして遊んでいました。私が陶器の箸置きを作ったときに家族がすごく喜んだのが、『ものづくり楽しい!』の最初の記憶ですね。実家も自営業をしていたから、なんとなく将来は私も店を持って、自分で作ったもので人が嬉しくなるような、そういう仕事がしたいと思っていました」

中学卒業後はデザイン科のある高校へ進学し、これまで独学だった絵やデザインを専門的に学んだ。かなり早い段階で、しっかりと将来のビジョンを持っていた彌永さん。

彌永さん「しっかりした将来のビジョンというよりも、好きなものがただ早い段階で自分の中にたくさんあってこんなことをやってみたいなというイメージが広がって・・・という感じですかね。興味ないことはぜんぜんできない性格というのもあって。自分でいつかお店をするなら自分で何か作れたらいいなと思ったのがあって、表現したり何かを作ることができる学校を選んでいました」

hyanahyu

hyanahyu

hyanahyuとしてアーティスト活動をしている作品の一つ。コロナ禍の中で短かな植物からインスピレーションを受けて制作した絵。「plants」2020年。写真提供:yuko yanaga

仕事+アーティスト活動+デザイン学校通いの日々

高校卒業後、実家を出て福岡市の九州産業大学芸術学部へ入学。専攻は染色工芸で、4年間みっちり染色や織物の技法を学び、アートに昇華する活動を行った。また在学中から、自身が制作した服飾雑貨を、市内の雑貨店などで販売。自分の作ったものが誰かの暮らしを彩る喜びを実感し、卒業後もよりスキルを高めたいと考えていた。

彌永さん「働きながら創作活動を続けるにはどうしたら良いかとゼミの先生に相談したら、『じゃあうちで職員として働いたら?』とアドバイスを頂いたんです」

そこで同大学の職員採用試験を受け見事合格、卒業後から正式に働き始めた。

彌永さん「当時の九産大は女子学生が2割と少なかったので、女子が興味を持って取り組めるような新しいプロジェクトを企画したり、学生と先生の間に入って、過ごしやすい環境づくりをしたりしていました」

卒業生である彌永さんのことをよく理解している学校であり、学生たちにも年齢の近い彼女だからこそ、その能力を活かした仕事ができた。加えて就業後には学内の工房を使わせてもらい、創作活動も続けられたという。

さらに彌永さんは、創作活動のスキルアップを目指して、ファッションデザインの学校やグラフィックデザインの学校にも通った。

彌永さん「大学で芸術や染織を学んで、もっと人に寄り添うテキスタイルとしての服に興味が出てきて。ファッションデザイナーの山縣良和さんが福岡で開講していたファッションを学ぶ場『ここのがっこう』の福岡版『COCOA(ココア)』に通いました。ファッションって何か?から考え、自分で生地から服を作ってデザインコンペに出したり、展示などをしたり、自分なりにファッションを形にしようとしていました。世界的なコンペのファイナリストに選ばれる人もいて、場所は関係なく世界に通用するクリエーションが生まれるんだと、とても刺激を受けましたね」

やりたいこと・好きなことを続けるために、たとえば時間の融通がきくアルバイトで生計を立てるという方法もある。しかし彌永さんは、フルタイムで通勤しながら、創作活動とスキルアップも平行するという働き方を見つけた。理想的な日々を送っていた彌永さんだが、27歳の時、大きな決断をする。

彌永裕子さん

彌永裕子さん

ファッションを学んでいるときに、初めて作った作品。自分で作ったテキスタイルなどを用いて新しい女の子像をイメージした服を作った。2014年。写真提供:yuko yanaga

27歳で大学を退職、広川町の地域おこし協力隊に

卒業校である福岡市の九州産業大学に職員として勤めながら、学内の工房を借りて創作活動も行っていた彌永さん。

彌永さん「自分でも創作活動の拠点や、人が集まれるような場所をつくりたいなと思うようになりました。大学でそういう話をしていたら経営学部の先生から、『ちょうど広川町で地方創生プロジェクトを始めようとしているから、参加してみたら』と言われたんです」

彌永さんが生まれ育った、福岡県南部の筑後市。その隣にある広川町で、名産品である久留米絣をキーワードにしたテキスタイルやファッションに特化した“ものづくりスペース”を創る事業が進められようとしていた。

彌永さん「それで広川町役場を訪ねて、自分の経験とかを話したら、一緒にやろうよと言ってくださいました。自分のやりたいことにも直結するプロジェクトでしたし、私は筑後市出身ですが広川町のことは全然知らなかったので、この事業を通して広川の人々や文化に触れられるのも良いなと思いました。広川町は農業と絣の文化はあるけど、特に観光地などとして名が知られているわけでもない。だけどその分、新しいことを生み出せる余白があるのがすごく魅力的に感じました」

ものづくりスペースkibiru

ものづくりスペースkibiru

彌永さんが地域おこし協力隊でゼロから立ち上げに携わった、ファッションとテキスタイルをキーワードにしたものづくりスペース「kibiru」(福岡県八女郡広川)。写真提供:ひろかわ新編集
27歳で大学を退職し、福岡市から広川町に移住。2017年から広川町の「地域おこし協力隊」として、ものづくりスペース「kibiru(キビル)」の立ち上げや運営など、3年間、同町の地域創生活動に関わった。もちろんアーティスト・hyanahyu(ヒャナヒュー)としての創作活動も続けており、学校でテキスタイルの非常勤講師もスタートした。

30歳を前にした数年は、多くの人がその先の人生に迷う年代だろう。彌永さんは安定した仕事を退職することへの不安や迷い、また同年代の人達との違いに焦りを感じることはなかったのだろうか。

彌永さん「不安よりも、やってみたいという気持ちが強くて体が先に動いていた感じでしたね。周囲の友だちもそれぞれ同じように、やりたいことをどうにかしてやってみようとしている人が多かったので刺激になりました。また大学に関わることができたら、自分の活動の延長線上のことを伝えたり、教えられるようになって帰って来れたらと思っていました。協力隊中も前の仕事の経験や、新しくやってみたいことなど全部繋がっている感じがして、いろいろな人と関わりながら考えて形にしていく日々で楽しかったです」

ものづくりスペース「kibiru」

ものづくりスペース「kibiru」

ものづくりスペース「kibiru」。写真提供:ひろかわ新編集

広川の魅力を新しい解釈で発信する「SHOP編集」をスタート

2020年の3月で地域おこし協力隊としての任期は終了。さらに自分の活動や暮らし、仕事の仕方を考えていきたいと、同じメンバーで千葉から移住してきた美術家の星野夏来さんと、広川町にて「SHOP編集」というアートプロジェクト兼お店を始める。

彌永さん「地域おこし協力隊としてkibiruを中心に活動する中で、広川の場所や素材を、自分たちの解釈で編集して作品として発信したり、人と一緒に体感できるワークショップなんかもやっていたんですね。それで、いつか自分もお店をやってみたいというのもあったので、本格的に場所をつくりたいなと。任期終了後の開業を目指して、星野さんと一緒に物件を探しました」

無事、アトリエ兼店舗にぴったりの物件が見つかり、2020年3月末に入居。しかし開業準備を進めようとした矢先、新型コロナの流行が直撃する。

彌永さん「物件は借りたけど…お店辞める?っていうところからのスタートでした。でも“やってみたい”という気持ちが強かったのと、2人だから小回りがきくので、その時々の最善策を取りながら、時々オープンするみたいな形でもいいのかなと。それで2020年の夏頃から少しずつ、友人の大工さんの力を借りながらリノベーションを進めて、10月からイベントや企画ごとに開店するギャラリーのような形でスタートしました。2021年現在は土日に定期オープンし、予約来店制の形をとっています」

SHOP編集

SHOP編集

福岡県八女郡広川町で彌永さんが星野夏来さんと運営するアートプロジェクト兼店舗「SHOP編集」。写真提供:yuko yanaga
現在「SHOP編集」では、広川はもちろん、それに限らず彌永さんと星野さんが気になるモノやトピックスに焦点を当て、さまざまなテーマの企画展示やイベントを行っている。

彌永さん「広川って町を歩く人も絣を着ていたりして、人がまとうもので風景って出来るんだなと感じたんです。絣の藍染めの紺色のイメージからインスピレーションを受けて、いろいろな“青いモノ”を集めた『青い店』という企画をしたり。あと、これは“田舎あるある”かもしれないんですが、お店が閉まる時間が早いので、そこから“田舎の夜の新しい使い方”を実験しようと。夜に自分のためのおめかしをして出かける場所として、夜中まで開いている喫茶店『喫茶ハザマ』を不定期でオープンしたりもしています。今年の春には“コロナ禍での日々の暮らしと制作”をテーマに本を作り展示をしました」

こうしたユニークな企画は公式Instagramnoteで発信しており、企画ごとにオープンするギャラリーと喫茶として運営している。近隣地域だけでなく福岡市内や佐賀方面からも人が訪れているそう。

彌永さん「今は広川に拠点があるので、今後は、コロナの状況をみながらではありますが、個人のアーティスト活動もSHOP編集でもいろいろな地域に出向き、作品を通して人とコミュニケーションしていきたいです。コンパスみたいに、軸があってくるりと円を描くようにいろいろな場所でも活動ができたらと思っています」

SHOP編集

SHOP編集

「SHOP編集」で最初におこなった企画「青い店」。写真提供:yuko yanaga
SHOP編集

SHOP編集

SHOP編集の彌永裕子さん(右)と星野夏来さん(左)。どこでも持っていけるオリジナルの屋台を広川町の川辺で組み立てている様子。写真提供:yuko yanaga

働くこと・生きることは、実験の連続

彌永さん「実は今後、SHOP編集に本を置きたいなと思っているんです。それで本について学ぶために、書店でアルバイトも始めました。本屋修業って感じですね」

書店でのアルバイトを含めると4つの仕事を平行する現在の彌永さん。だが、さまざまな経験をしてきたこれまで同様に、この先も変化し続けていくと話す。

彌永さん「私は器用な方ではないので、体感しないと分からないんですよ。だから常に働き方や生き方を実験している感じというか。日々、目の前のことをやってみて、違ったら変えてみる。たとえば来年は、大学での授業を少し増やして、人に伝える力をアップデートしたいなと考えたりしています」

表現やものづくりを続けるための働き方を、常に模索してきた彌永さん。もちろん彼女自身も努力しているが、心がけているのは、自分の中だけで完結させず、積極的に周囲と関わっていくことだと話す。

彌永さん「自分のやってみたいことを人に話すことで、次に繋がっていく感じがありますね。バラバラのように見える経験も、全部繋がって今の活動になっています。今後もいろいろな経験を増やしながら、自分で作ったものや表現していくことでいろいろな場所や人と関われたらいいなと思っています。まだ実験中みたいな感じなんですが、楽しみながらいろいろと作ったり活動をやってみたいと思っています。機会があればSHOP編集にも遊びにきてください」

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大学で担当する染色の授業の様子。写真提供:yuko yanaga
働き方や生き方のさまざまな選択肢が増えている昨今。とはいえ、安定した生活や周囲との比較など、迷うことも多い。そうした時、自分の中だけに気持ちを留めず、彌永さんのように率直に周囲へ意見を求め、多様な価値観に触れることが、人生を一歩進めるきっかになるのかもしれない。

●彌永裕子さん Instagram
●hyanahyu 公式サイト
●SHOP編集 Instagram note

文:西紀子

■ライタープロフィール
西紀子:福岡市出身。大学卒業後、フリーペーパー編集部や企画制作プロダクションにて編集・ライティング業務に従事。2017年よりフリーランス。2018年より岡山市在住。 2020年よりソトコトオンライン・ローカルライターとして記事執筆。現在に至る。

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