イベントや空間のプロデュースなど、さまざまな場づくりに関わる名取さん。週末はグラフィックレコーディングなど、絵や文字を書く活動もしています。旅やアルバイトをしながら、自分と向き合い続けてきた名取さんが、今考える自分らしい生き方とは。お話を伺いました。
なとり みき|BAGN Inc./グラフィックレコーダー
1998年長野県諏訪郡富士見町生まれ。東洋大学国際観光学部にて、観光学を学ぶ。在学中、アメリカ・ポートランド、デンマーク、フランスなどにショートステイ。2017年「旅する新虎マーケット」でBAGN Inc.と出会う。2021年BAGNに入社。フリーのグラフィックレコーダーとしても活躍中。
斜め上の大人たちとの出会い
小学校2年生のときに、書道を習い始めました。将来、友人の結婚式に呼ばれて名前を書くとき、褒められたらいいなというのがモチベーション。お手本に忠実に書けると、パズルゲームがはまったときのように快感でした。学校から帰ると筆を手に、一日3時間は書き続けていました。
クラスでは、周りの顔色を窺って、気疲れしてしまうようなタイプ。ただ高学年になると、すごく気の合う友人グループができたんです。みんなで、学校でどれだけ面白いことをやれるかを考えるようになりました。
中学の学園祭では、テレビ番組の人気コーナーを模した企画を考案。面白いことを見つけ、仲間と一緒にやってみるのは楽しかったですね。周りの顔色を窺うのではなく、面白いと素直に口に出して、共に楽しい場をつくっていくのは、とてもワクワクしました。
高校生のときに、隣町に面白い古道具屋さんがあると聞いて、友人と行ってみることにしました。古い蔵を改築したお店です。「なんか面白そう」という好奇心に背中を押されて、勇気を振り絞って。「高校生が行ったら失礼かな?」なんて考えながら、ドキドキして訪問しました。
店主は、私たちを歓迎してくれました。高校生が2人だけで来たというのが、珍しかったんですね。店主はこの町を面白くしたいと考える情熱のある人で、「面白いところがある」と、別の店も紹介してくれました。古材と古道具のリサイクルショップです。行き場のない古材を引き取り、再利用に取り組む会社でした。
行ってみると、ちょうどショップオープンのための工事の真っ最中。「手伝って行ってよ」という話になり、学校帰りや休みの日に立ち寄って、作業を手伝うことになりました。ペンキを塗ったり、床を剥がしたり。その場には、地元の大人ではなく、東京や名古屋など外の都市から来た人たちが集まっていました。
家でも学校でもない、“斜め上”の場所にいる大人たち。この出会いが、自分に新しい刺激を与えてくれました。いい大学に入って大手企業に入ることがすべてじゃない。東京まで行かなくても、この町も面白い。「こんな生き方もあるんだ」と思える話をたくさん聞いたんです。私には将来の夢がありませんでしたが、話を聞きながら、自分はどうしていきたいかを考えるようになりました。
個性がなくなってしまうという危機感
東京の大学を選ぶ中で、国際観光学部の存在を知りました。観光や町づくりについて、多方面から学ぶ学部です。英語と旅が好きだったし、いつかは諏訪に戻って、地元で出会った人たちに恩返しをしたいという気持ちもあり、観光学を学ぶことに決めました。
大学入学後、友人とフットサルサークルに入り、楽しく過ごしていました。しかし、そんな日々に次第に危機感を抱くようになりました。
自分はどうしたいかを考えるために上京したはずなのに、気づけば飲み会ばかりのサークルに参加し、効率よく単位を取るために楽な授業を選ぼうとしている。このままだと自分の個性が無くなってしまうと思いました。このままずっと、楽な授業を取って、サークルで遊んで過ごしていく。そんな先が見えてしまったんです。
危機感を覚えると同時に、決意しました。もっと外に出て、自分が本当にやりたいことをやってみよう。観光学の学びに通じるようなことを見つけて、忙しく生きてみよう。いても立ってもいられないような気持ちでした。
自分らしさとは何かを探して
受け入れてくれたホストファミリーは、LGBTの女性が二人と、養子で迎えたお子様。そのお子様がベジタリアンだったので、家での食事もそれに合わせたものでした。
近所のファーマーズマーケットに出かければ、彼らにはたくさんの友人がいて、いきいきと暮らしていました。いろんなバックグランドが尊重されて、いきいきと暮らせるこんな場を、日本でもつくりたいという思いが芽生えましたね。
私にとって旅は、ただ観光して消費するためのものではなく、自分と向き合い、次に動くきっかけを見つけるものでした。ポートランドでファーマーズマーケットに関心を持ち、東京のファーマーズマーケット運営を手伝ったり、デンマークへ行ったときは自転車のある暮らしに惹かれ、自転車屋でアルバイトを始めたり。旅でインプットしたものを、実生活でアウトプットする日々でした。
アルバイトも、自分がやりたいことを軸に選ぶことに。始めたのが「旅する新虎マーケット」での仕事です。「旅する新虎マーケット」は、東京オリンピック開催に向けて、メインスタジアムと選手村を結ぶ新虎通りを舞台に、全国各地の魅力を発信する取り組み。国内外のさまざまな人とコミュニケーションを取りながら、地域の良さを伝える仕事に惹かれました。地域の魅力をどう発信するか。観光学との関係性を見つけられるのも面白かったです。
人の集まる場が好きで、イベントにも多く足を運びました。人が集まることで良いハプニングが起こる瞬間、心がきゅんと動きます。誰かと喋ってもいいし、一人でぼーっとしていてもいい。制限のない、余白のある場が好きでした。
自分らしく、積み上げた縁を大切に
そんな中、新型コロナウイルス感染症が流行。イベントは中止になり、アルバイトは休みに。旅行にも行けず、時間をもてあますようになりました。何かできないかと動き出す人もいましたが、私は何もできずにいたんです。
友人の一人は、営業自粛せざるを得なくなってしまった飲食店を元気づけるために、SNSでライブ配信を始めました。あるときそれを視聴しながら、ふと目の前のiPadを手に取ったんです。配信される内容を絵と文字で記録する、グラフィックレコーディング(グラレコ)をやってみようと思いつきました。
ずっと書道を続けてきて、文字を書くことは私の自己表現でもありました。友人の活動を見ていて、自分も何かしたいと背中を押され、お礼をする気持ちで書き上げたんです。自己流で作成したものでしたが、SNSにアップすると「書いてくれてありがとう」と、感謝の言葉をもらって。それをきっかけに、他のイベントでも声を掛けられるようになりました。
何もできず、受け取ってばかりだと感じていた自分が、グラレコで価値を提供できた。自分の表現したものを「いいね」と言ってもらえたことは、一つの自信になりました。
一方、就職活動は進まず、周りの友達から進路が決まったと聞いては、焦りを感じていました。そんなとき、諏訪の古道具屋さんの店主から、「人生は鰻の蒲焼だよ」と言われました。鰻の蒲焼はいつも、ちょうど良い頃に焼き上がる。でも、焼き上がるタイミングは鰻によって違う。「生き急がなくていいんだ」というメッセージでした。
その言葉を聞いて「あ、そうだよね」と納得したんです。全然知らない人のところへ行って、繕った自分を見せるより、今まで培ってきた縁を未来に繋げたい。自分に向き合いながら積み上げてきた時間を大切にしたい。それが、自分に素直に生きることなんじゃないかと。
自分に素直に生きたいと考えたとき、心にあったのが「旅する新虎マーケット」を運営していたBAGNという会社の存在でした。私が関わったいろんなイベントや空間の場作りをしていたのも、その会社。振り返ってみると私の学生生活は、人が集まる「場」に多くの時間を割いた4年間でした。BAGNはまさにその場づくりを仕事にしている会社です。これまで参加したいろんなイベントにBAGNのカケラがあって、ご縁を感じずにはいられませんでした。
ただ、BAGNは新卒採用をしていません。そこに学生が飛び込むのは、とても勇気がいることでした。それでも、今まで積み上げてきたことは、きっと自分にしかできなかったはずだと、自信と覚悟を持って想いをぶつけたんです。「すごくご縁を感じるので、ぜひ一緒に働きたいです」と。その結果、採用いただくことができました。
心地よい存在でいられたら
私がやっていきたいのは、人が集まる場をつくることです。場を消費するのではなく、この会社で働くことで、自分が場を提供する、ギブする存在になれたら、という思いがあります。コロナの影響でできなかった分、これからたくさん場づくりをやっていきたい。ただ人が集まるだけではなくて、どうすれば心地よい場がつくれるかを考えたいです。
今はアイデアを出している段階ですが、非日常的な単発のイベントよりも、日常に落とし込んだ場づくりができたらと思っています。例えば、コンポストを設置したり、みんなで街の掃除をしたり。強制ではなく「みんなが心地よくなるためにやろう」と言える取り組みができたら面白いですね。
ゆくゆくは、地元の諏訪で仕事をつくりたいという夢もあります。自分の居場所を移してみた中で「やっぱり諏訪がいいよね」と感じるところがあって、諏訪で何か楽しいことができたら、と思っています。地元に戻るだけではなくて、ここでも何かしら、自分から発信できることを見つけたいです。
仕事のほか、週末はグラレコなど、文字や絵を書く活動もしています。私にとってグラレコの活動は、家や職場とは別の角度から自分を見られる場。自分とは何かを多角的に考えられるように、これからも絵や文字を書き続けていきたいです。
自分らしく生きたいと考えたとき、BAGNの社名でもある「Be a Good Neighbor(良き隣人であれ)」という言葉に行き着きます。思えば私は「自分自身が良き隣人でいるためには何ができるのか」を考え続けていたのだと、この会社に入って気づきました。
答えはありませんが、考え続ける姿勢こそ「良き隣人」なのだと思います。そして、自分を主語にした小さな世界で考えてみると、考えやすいと最近やっと分かりました。周りの迷惑にならないように、ゴミをちゃんと捨てようとか、本当に小さいことの積み重ねだと思っています。自分が心地よく過ごせて、目の前の人にとっても心地よい存在でいること。それが、今の私らしい生き方です。