利尻町と利尻富士町の2つの町がある北海道・利尻島。人口約4200人、うち『利尻漁業協同組合』の組合員は480人という漁業の島で、『NORTH FLAGGERS』という若い漁師集団が島の漁業を盛り上げる!
「新3K」を利尻にも。 革新的な取り組みを!
「明日、旗は揚がるかな?」
北海道・利尻島の若い漁師たちはこんな挨拶を交わす。「旗が揚がる」とは、天候や海況に応じて、漁に出ていいかを漁業協同組合が判断し、旗を揚げて島中の漁師に知らせること。海が荒れている日には、旗は揚がらない。利尻島には4つの地区に漁業協同組合の本所と支所があり、それぞれの地区がその日の状況に合わせて旗を揚げるかどうかの判断をするのだ。
もちろん、旗が揚がっていたのは昔のこと。今、出漁の有無は各家につながったIP電話と島内放送で知らされる。ただ、名残として「旗は揚がるかな?」と漁師たちは言葉を交わすのだ。
そんな、島の漁業のシンボルである旗を団体名に掲げる『NORTH FLAGGERS』。2017年に、宮城県石巻市を拠点に活動している『FISHERMAN JAPAN』の影響を受けて立ち上げられ、彼らが理念とする「カッコよくて、稼げて、革新的」の新3Kを真似ながら、利尻島の漁業を盛り上げようと活動を展開している。代表の小坂善一さんは、「『FISHERMAN JAPAN』の漁業を視察して学ぶことがたくさんありました」と話す。石巻の海産物のブランド力を高め、自分たちで販路を開拓して販売するスタイルに感銘を受けた。「利尻では、ウニも昆布も採れたものは全量、漁協が買い取ってくれます。質のいいウニも、そうでないウニも同じ値段で。そこに漁師としての甘えがあったように感じました」。
そこで、小坂さんは『膳』という会社を設立し、いったん漁協に全量出荷した魚介を会社で買い戻し、質のいいものだけを選別し、加工販売した。保守的な利尻島においては「革新的」な商売のスタイルだった。「人間って、経験を積めば積むほど、その経験に頼った生き方や考え方しかできなくなります。それだと変化が激しい今の時代、うまく対応できません。『膳』や『NORTH FLAGGERS』では、経験や勘を大事にしながらも、柔軟な姿勢で漁業に向き合っていこうと努めています。それが、『革新的』ということです」。



移住して漁師になった 渡邉大樹さんの夢。
『NORTH FLAGGERS』メンバーの渡邉大樹さんも、利尻島の漁業の革新を目指す。「子どもの頃、夏になるとせたな町に住む親戚の漁師を訪ねました。採ったウニを食べさせてもらうと、とろけるほどおいしくて。漁師に憧れました」。ただ、その後は工業高校へ進学し、自動車整備工に。本当は漁師になりたかったが、どうすればなれるのかわからなかった。
何年か働いた頃、「北海道漁業就業支援フェア」を知り、札幌へ向かった。ブースを訪ねると、「サケの定置網漁の船員を募集。2年で高級外車に乗れるよ」と誘われたが、船長に雇われるのではなく、自分の腕で勝負する漁師になりたかった。別のブースを訪ねると、「一人で船を操り、ウニや昆布を採る根付け漁業。ただ、研修制度の1期生だから、私たちも勝手がわからない。それでも来る?」と声をかけられた。渡邉さんは「行きます」と力強く答えた。それが、利尻町だった。
26歳で千歳市から利尻町に移住し、国と道の研修制度を活用しながら渡邉さんは懸命に漁を覚えた。付いた親方は養殖昆布の漁師だったため、小坂さんにウニ漁を教わり、小坂さんの叔父の小坂喜一さんのホッケ漁も手伝った。親方は、「給料はこっちで払っているから」と喜一さんに伝えていたが、「あれだけ手伝ってくれてタダというわけにはいかん」と喜一さんは野菜やビールを軽トラックに積んで、渡邉さんの家に届けた。「うれしかった。喜一さんのようなカッコいい漁師になりたいと思いました」と渡邉さんは振り返る。
あれから12年。渡邊さんは「カッコいい漁師」になれただろうか。「今、キタムラサキウニの蓄養を行っています。昆布を食べていないウニに餌を与えて育て、販売します。まだ試験段階ですが、絶対に成功させます」と意気込む。そして、こう続けた。「俺、裕福ではなかったんです、子どもの頃。せたな町で食べたウニのおいしさが今も忘れられなくて。蓄養に成功したら、子ども食堂の子どもたちに贈ろうと決めているんです。『これが利尻のウニだよ』って」。
人としても、カッコいい!





漁師希望の若い人たちに 利尻島が人気の理由。
漁師になろうと利尻にやって来る若い人たちが増えている。理由の一つが、受け入れ制度が整っていること。渡邉さんのように「北海道漁業就業支援フェア」に参加し、漁業者と面談を行う。その後、漁業を体験したい人は利尻島独自の支援制度である新規漁業就業体験「漁師道」で2週間、漁や島の暮らしを体験する。そして、漁師になることを決意したら、国の支援制度である「漁業人材育成総合支援事業」に移行し、給料をもらいながら最長3年間の研修を受け、漁の技術を学ぶ。「漁師道」の体験者や、国の支援制度の研修生とは『NORTH FLAGGERS』のメンバーも交流している。制度1期生の渡邉さんが『利尻漁協青年部』の部長を務めていることも心強い。
もう一つの理由が、利尻島の漁業は頑張れば頑張っただけ収入を増やせること。長く利尻町役場の水産係を務めた平沼利弥さんは、「利尻は一人乗りの船で昆布やウニ、ナマコを採る根付け漁業が盛んなので、漁師各人が漁業権を取得しやすいのです」と言う。漁業権とは、利尻漁協が権利を持つ海域で魚介を採って出荷できる権利のこと。組合員にはその権利が与えられている。「漁師は自分の力で稼ぐことができます。資源管理を守った上で、採りたいだけ採ればいい。それが利尻の漁業の魅力です」。体験や研修制度を整え、『N
ORTH FLAGGERS』が後押しすることで若い漁師が島に定着し、漁師の平均年齢は3歳ほど若くなったとか。
「明日、旗は揚がるかな?」
仲間であり、ライバルでもある漁師の間で、今日も挨拶が交わされる。旗が揚がれば、ウニ漁だ!





『NORTH FLAGGERS』の 頼もしい 仲間たちをご紹介!
髙橋 渡さん

若い漁師を育成する制度が整って、島に定着する漁師も増えています。平均年齢も少し下がり、多少、若返ったようです(笑)。今後も島外から漁師希望者が来てくれたらサポートしていきたいです。
小坂善一さん

コロナで停滞していた活動をもう一度、方向性を確かにし、メンバー一丸となって再スタートしたいです。「利尻島=『NORTH FLAGGERS』」と認識されるよう、地域に貢献できるような団体に!
渡邉大樹さん

12年前、漁師になるにはどこの扉を叩けばいいかわからなかった僕のように、悩み、不安に思っている若い人がいたら、『NORTH FLAGGERS』の扉を叩いてください。応援しますよ!
星田友樹さん

『離島キッチン札幌店』で、利尻の海産物を使った料理を提供し、お客さんに漁の話をするというイベントに登壇しました。食べる人に直接会う経験は、島の漁師にとって大切だと感じました。
味噌真人さん

夢を語るのも大切ですが、現実はそんなに甘くはありません。覚悟を持って、一歩ずつ足元を踏みしめながら、漁師としての仕事を覚えていってほしいですね。利尻島に来て頑張ってください!
八木橋舞子さん

地域おこし協力隊への着任がきっかけで利尻島に来ました。利尻島の魅力は人です。小さな地域なので、いつも近くに感じられます。厳しい自然の中で支え合い、前向きに生きていく姿に惹かれます。
大久保昌宏さん

『NORTH FLAGGERS』が「革新的な」という旗を振り始めたことをきっかけにして行政や漁協も動き出しました。これからもみんなで手を取り合って、利尻島の漁業が発展すればうれしいです。
平沼利弥さん

利尻産のウニや昆布の付加価値はすでに高いので、今後はそれを採る漁師が付加価値になれるように、漁師という人にスポットを当てる活動をしていきたいです。「顔が見える漁師」です。
photographs by Hiroshi Takaoka text by Kentaro Matsui
記事は雑誌ソトコト2022年9月号の内容を本ウェブサイト用に調整したものです。記載されている内容は発刊当時の情報であり、本日時点での状況と異なる可能性があります。あらかじめご了承ください。