物や情報が簡単に手に入りやすくなった今、便利になっているはずなのに心が満たされず、どこか物足りなさを感じている人が多いように感じます。モノ消費からコト消費へと変わって行く中で、どんな体験をするかによって人生の豊かさや経験値が大きく変わっていくのではないでしょうか。今回は、京都在住でまちづくりやファシリテーターを通して、地域に新たな生業を創り出すことを手掛けている、まちとしごと総合研究所 代表組合員の東信史さんとの対談記事をお届けします。
まちづくりを通して、地域に関心を向ける人を増やす
中屋 東さんと初めてお会いしたのは今から4年前の2016年。京都にあるお茶屋さんの店主が僕らの共通の知り合いで、「絶対にこの2人話した方が良いよ」と言われて話したのが始まりでしたね。
東さんはさまざまな活動をされていると思うのですが、ご自身の仕事のことをどのように表現していますか?
東 自分たちの住んでいる地域が良くなっていくために、自分たちの力で行動を起こす人たちを育んでいくような、プログラムやプロジェクトを作るのがメインの仕事です。
その中でファシリテーションやワークショップを行いつつ、参加者の方たちが主体的にまちづくりを行うお手伝いをするのが僕の役割でもあります。
中屋 地方創生や地域のプロジェクトでは、アイデアを形にするのが難しい場面もあると思いますが、東さんはアイデアや企画をどのように形に落とし込んで実行していますか?
東 何でも挑戦してみるという姿勢を心掛けています。1人ではあまり考えずに、思い付いたアイデアを周りに提案して、一番反応が良かったものを形にすることが多いです。
みんなが居心地の良い環境で過ごせるようにサポートしていきたい
中屋 東さんがファシリテーターとして、仕事を始めたのは何かきっかけがあったんですか?
東 会社員時代は福岡に住んでいて、NPO法人のお手伝いをしていました。さまざまな職業の方が集まり、物事に取り組んでいく姿を見て、組織にこだわらないほうが良いチームを作りやすいのではないかと感じたのがきっかけです。
あとは、月に1度飲食店を貸し切って「まっくすカフェ」というイベントを開催していたときに、カフェに遊びに来てくれた人同士が仲良くなっていって。会社の中では自分のやりたいことをうまく伝えられない人たちが、会社以外で新しい居場所を作ることによって、自分の意見を言い合える場ができていったんですね。
また、まちづくりやNPOの分野に関わる中で、それぞれの想いを持って活動する人がたくさんいることに気付いて。みんなが意見を言いやすい環境や、うまく連携をするためにはどうしたら良いかを考えた際に、ファシリテーターという役割も良いんじゃないかと思い、仕事を始めました。
誰もが主役であり、その人しか持っていない武器がある
中屋 多種多様な人たちとプロジェクトを行う中で、ファシリテーションの力を必要だと感じたんですね。会社員として働いていたときに、どうしてNPOの活動に興味を持ったのかお伺いしたいです。
東 『シブヤ大学の教科書』という本を読んだのがきっかけです。シブヤ大学の「誰もが先生になれて、誰もが生徒になれる」という仕組みに共感して、自分もプロジェクトに関わりたいと思い、問い合わせをしました。福岡でも新しいプロジェクトが立ち上がると聞いて、ジョインしたのが始まりです。
なので、まちづくりに興味を持ったというよりも、その仕組みに興味が湧いて進んでいった先にNPOがあったという感じですね。
中屋 始まりはそこにあったんですね。シブヤ大学のように、お互いに教え合うのが良いと思ったポイントはどこでしたか?
東 僕は佐賀県で生まれて、福岡県で仕事をしていたんですが、いろんな人と会う度に自分の知っている世界は狭かったんだと気付きました。小さい頃から周りにいろんな大人たちがいる環境にいて、たくさんの選択肢を知っていれば、大学選びの幅も広がりますよね。
それに、シブヤ大学でたくさんのことを学ベば、物事をいろんな角度から見ることができるようになり、街の見え方も変わってきます。人それぞれ他の人にはない良さや、自分にしかできないことがある。だからこそ、「誰もが先生になれる」というフレーズにピンときました。
中屋 自分自身が地方に住んでいたからこその原体験があったということですよね。何でもある場所に住んでいたら、今の東さんの視点はなかったというか。
東 自分が地方に住んでいたからこそ、気付けたことだと思います。住んでいる地域に関わらず、何もないから何もしないのではなくて、自分にできることを始めていったらいいだけですよね。物事の捉え方を変えるだけでも、見える世界は変わると思います。
相手の気持ちを汲み取りながら人と接する
中屋 いろんな地域の人たちとつながりがある中で、東さんはどのように人の輪を作っているんですか?
東 その人が何をしたいのかを常に気に掛けながら接していることが多いです。いま何をしている人かより、どんなことをしたい人なのか。そう思って接すると声を掛けやすかったり、企画を作ったときにも案内しやすかったりします。
中屋 東さんは聞き上手なので、話していてとても居心地が良いんです。それは意識的にやっているのか、それとも自分が聞き役をしている理由があるんですか?
東 会社員時代から相手のニーズを聞くことや要望を汲み取ることが仕事だったので、話を聞くことは得意でした。僕の場合は「これをしたい」というものが明確にあるわけではないので、誰かのやりたいことやニーズに合わせて行動するほうがアクティブになれます。
周りに何かをやりたいと言える環境を作っておくことが、夢への一歩に近付く
中屋 ファシリテーターの仕事は、積極的に語りかけるようなこともあれば、人の気持ちを汲み取りながら話を進めていくこともありますよね。東さんが仕事をしている中で大事にしていることはどんなことですか?
東 「1人じゃできないことをみんなでやる」ことを意識しています。以前『のび太という生き方』という本を読んだときに、のび太は準備や練習をせずに、とりあえず先に宣言をするという内容が書いてあって。僕らは否定されることを恐れて言えないことが多いと思うので、先に宣言できるのは一つの能力だなと思いました。
でも彼がそう言えるのは、横に四次元ポケットがあるという安心感から。四次元ポケットは現実の世界で言うと、世の中の人たちが持っている知識や経験のことだと思います。たとえば「何かをしたい、何かに困っている」とSNSなどで発信すれば、支援してもらえる機会が増えますよね。
だからこそ、話し合いやプロジェクトを進める上では、進めていく過程の中でお互いを知ったり仲良くなったりして、関係性が育まれることに重点を置いています。
中屋 心理的な安心感は、コミュニティや場を作る上で欠かせないと思います。事業などは特に「何か形にしてからじゃないと伝えられない、自分の中でもう少し落とし込みたい」という想いを抱えている人も多いと思うのですが、東さんの話だと先に悩んでいること自体を言ってしまうということですよね。
本当に助けてくれるのかなと不安を感じている人に向けて、何かアドバイスはありますか?
東 自分自身の想いを吐き出すことができる環境を作っておくということが大切だと思います。僕の場合は、周りの人たちにこう伝えれば届くということがわかっているので、自分の想いを発信できるんです。
実験の場を提供するオンライン酒場
中屋 普段から、自分の考えていることや想いを伝えられる環境を育んでおくということですね。そのためにどういったコミュニティを作っていけば良いかの話に移っていきたいと思います。東さんがオンライン酒場のイベントを行っているとお聞きしたのですが、どんな内容なんですか?
東 60人くらいのコミュニティの中で、オンラインイベントをいくつか運用しています。一つは、名前を匿名にして画面を真っ暗にすることで、みんなが相談できる場を作れるかなと思って始めた「まっくら屋」というイベント。
他にもイラストレーターの方がお絵描き屋さんを開催することもありますし、オンラインのファシリテーション体験会も行っています。とりあえず挑戦してみるという実験の場がこのオンライン酒場ですね。
僕が関わっているコミュニティや普段から仲良くしてもらっている人たちが集まるので、はじめましての人同士でも安心して参加できます。全国から参加できるので、それが新しい出会いの形を作ってくれています。
中屋 僕らも実際にリアルなイベントを行いますが、オンライン化されることによって場所に囚われることがなくなりますよね。今までどれだけリアルなコミュニティを大切にしてきたかによって、オンラインになったときに違いが出てくるんじゃないかなと思います。
東 一方向的に情報発信をしていた人たちが、オンラインで関係性を築くのは難しいと思っています。しかし、双方向を意識しながらコミュニティを作っていた人たちは、参加者同士の交流も生まれやすいので、そこからさらに別のコミュニティが生まれることもあるのではないでしょうか。
オンラインで繋がることによって地域との関係性がより良くなる
中屋 まずオンライン酒場に来ていろんな人たちに出会って、さらにそこから発展するということですよね。今後オンラインでの仕事やコミュニケーションがより当たり前になる世界で、地域と都市部の関係性はどのように変わっていくと感じていますか?
東 今まで以上に人や地域とつながりやすくなると感じています。僕たちが大切にしてきたのは、そこに住んでいる人がどれだけ自分の街を楽しんでいるか。その想いを持ってまちづくりをしてきました。
良い地域は、自分たちの想いや挑戦したいことを発言しやすい環境があると思うので、形にすることができる。あとは、インターネットやツールをどうやって使いこなせるかが重要になってくると思います。
中屋 どこに住んでいても、ネット環境があれば成立するというか。どんな地域にいてもある種チャンスが平等にあると言えるかもしれないですね。
東 5〜6年前から、気軽に地域のことを知ってほしいという思いでオンラインの移住イベントを企画をしていたんです。当時はオンラインがあまり主流ではなかったから、それが当たり前になってきていて嬉しいなと思いますね。
オンライン化が進む中、改めてオフラインの大切さに気付く
中屋 東さんもそうだと思いますが、今までは地域に何度も足を運んでいたのに、ここ数ヶ月それができなくなったわけじゃないですか。
以前とはまったく違う生活になり、どう受け止めたら良いのか戸惑うこともありますよね。当たり前だった日常が変わることで、その土地にある固有の体験や空気感が、自分にとっては必要だったと気付くきっかけになるかもしれません。
東 本当に行きたい場所なのか、行く必要があるのかを考えることが増えました。一方で行きたい場所や会いたい人が思い浮かびやすくなったとも思います。会議も「オンラインでいいんじゃないか」と言う話をよく聞くんですけど、まちづくりのワークショップは顔を見て、その時の全体の空気を感じることが大切で。
その人自身の想いに触れながら進めていくこと、街を実際に見ながら考えることが大事だなと思うと、ワークショップは集まってやるべきなんだろうなと思う節はあります。
中屋 今の時期は、自分にとって本当に必要な場所や人との交流は何だろうと見極めるときですよね。では最後に、ファシリテーターやまちづくりを通して地域や人のために寄り添って働いている、東さんの今後の展望について教えてください。
東 実はあまり将来のことは考えていないんです。僕を支えてくれている人たちのおかげで、今の自分がいると思うので、これからも今までと変わらず、周りの人たちとの関係性を大切に紡いでいきたいと思っています。
これまでは、事業者さんや個人関係なく、誰かのやりたいことを実現するためのお手伝いをするような仕事をしてきました。これからは少しずつ、自分の中から生まれるものも見つけていきたいなと考えているところです。
体験には何があった?
ファシリテーターとして、人と地域をつなぐ活動をしている東さんには、自分の選択肢が狭かったからこそ多様性を持ってたくさんのことを学びたいという想いがありました。
NPOでの活動を通し「想いを胸に秘めている人が自分の気持ちを吐き出せる場所を作りたい」と思うようになり、常に相手の気持ちを汲み取りながら人と接してきた東さんだからこそ、周りに人が集まるのではないでしょうか。
一人ひとりが生きやすい世界、誰もが主役になれる未来を作ろうと奮闘している東さんの周りには、優しい世界が広がっているのだと感じることができました。
まちとしごと総合研究所
文・木村紗奈江
※このインタビューはオンライン上で行われたものです。
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