今年で2回目を迎える芸術祭『MIND TRAIL 奥大和 心のなかの美術館』は、奈良県の奥大和エリアに位置する吉野町、天川村、曽爾村を舞台に、アートを通して自分自身の身体や自然、地域を感じ、歩きながら作品を観賞する芸術祭です。今回はこの芸術祭のプロデューサーである齋藤精一さんが、芸術祭全体の内容について、そして齋藤さんから各エリアを紡ぐエリア横断キュレーターのオファーを受けた小誌編集長の指出一正が、今準備を進めていることをお話しします。
芸術祭の本質は、関係をつくること。
芸術祭には積み重なる歴史があり、僕はその本質は関係をつくることだと考えています。そして芸術祭によって新たな経済効果を生み出すことが必要です。ただ、どうしても芸術祭では文化ばかりが表立ってしまい、経済との結びつきが弱くなる。だからこそ、その両方がきちんと立ち、人と人がつながる場所にもなり、哲学的な思考と経済効果のバランスがとれた芸術祭をつくってみたかったんです。
ですが、昨年は時間もあまりなかったために少人数で準備をし、思った以上に3エリアの特質などが出し切れなかった。それに正解が何か、経済効果がどう生まれたかを客観的に見ることができませんでした。
オファーは、エリア横断キュレーターで。
指出一正(以下、指出):ありがとうございます。とてもうれしいです。でも……恐れ入ります。すみません、先に謝ります(笑)。
奥大和は僕にとってもゆかりの深い場所です。これまで『ソトコト』を通じてここ数年間、若い人たちに奥大和エリアに関心を持ってもらい、さらにはエリアに訪れもらえるように促すアカデミーなどの事業を、奥大和や名古屋で開催し、関係人口を醸成する事業を展開しています。齋藤さんと話をしていて、奥大和に対して齋藤さんと僕が感じていることはすごく近いなと。齋藤さんもおっしゃったように、奥大和は奈良のハートランド的な場所であり、奈良の佇まいや営みがあふれている場所。『MIND TRAIL』を通して奥大和のことが発信され、アート作品をただ観るのではなく、人が人を呼び、人が行き来する流れを生み出し、たくさんの人がこの奥大和で交流を持つ可能性があるのは、その場所に住む人たちにも訪れる人たちもおもしろい、楽しいことになると思っています。
ただ、二つ返事で受けてしまって、最初は僕に何を求められているのか戸惑うところもあったんです(笑)。でも齋藤さんは「3エリアを横断し、場を紡ぎたい。あとはすべてお任せします。3か所同時に作品をつくるのでもいいし、1か所につくって3か所まわるでもいいし、トークでもいいし、なんでもいいです」と。
トークセッションを3エリアで。そしてスナックを開く。
それに関係人口というキーワードは、もともとこの芸術祭の主催が、奈良県庁内の文化観光の部署ではなく、県内の南部と東部の親交を促し、外部からの誘客・移住を目指している奥大和移住・交流推進室だというところにもつながります。彼らは人を呼び込みたい、地鳴りがするぐらい人が来てくれることが楽しみだと言っています。県外やエリア外からやってきた人たちが山間や山村を歩き、気持ちが晴れやかになることを感じてもらいたい。さらには、奥大和の人にたちも、改めて自分たちの土地の素晴らしさを認識してもらいたいんです。外から人が訪れることが、ベーシックで大事な地域づくりだと思うんです。それが『MIND TRAIL』の中でより関わりが深まるような仕組みになっていくことを齋藤さんは願っていると思い、それであれば、今まで自分がやってきている手法でお役に立てるかもしれないなと。
そこで僕はまず、関係人口に真っ正面から向き合い、奥大和の関わりみたいなことをみんなで言葉にして話していこうと考え、「CONNECTED MIND 奥大和関係人口トークセッション」を各エリアで1回、計3回やることにしました。ただ、こういったトークセッションというのは、アカデミックなことが好きな人にはいいと思うのですが、それだけだとお勉強の時間になり過ぎますよね。そこでもうちょっとくだけたもので、人と人の出会いを案内する関係案内所にもなるようなコミュニティスナックを同時に開店することにしました。
齋藤:初めて企画案をいただいたとき、ワクワクしましたよ。キタキタキタキタ! って。
指出:僕の勝手な論理ですが、地域づくりで誰隔てなく人を集めるのには3種類の方法があります。バーベキューをする、みんなでカレーを食べる、そしてスナックを開く、だと思っています。地位・年齢・性別で参加者を限定せず、行政機関の中で担当する課が違いあまり交流のない人たちも参加しやすい。サミットやシンポジウムだと、テーマに興味のある一定の層しか参加しなかったり、例えば行政が主催した場合、なかなか関わりの薄い部署の人は参加しないことが多いのではないでしょうか。でもこの3つは誰も拒まないし、誰一人としてとりこぼさずにカジュアルに集まれる場所。特にスナックは来る人の世代も、役職もまちまちだし、若い人たちも興味を示すキーワードです。だから誰でも気軽に集まれるようなスナックを実現できたらいいなと思って提案して、実現することになりました。
それに実体験として、僕は4年前に天川村で「スナック ミルキー」を開いたことがあるんです。名古屋で大学生や若い人を対象に「奥大和アカデミー」という講座を開いたのですが、そこから生まれたローカルプロジェクト。講座に参加してくれた大学生たちと天川村に訪れた際に、村の皆さんが喜んでくれ、自分たちも楽しめる場をつくりたいと、名古屋市内にある名城大学の女子学生と会社員の女性の2人が中心で開いた、たった一夜だけのスナックです。観光地ど真ん中の洞川(どろがわ)の近くでやったにもかかわらず、地元の人たち、観光客が入り混じってカオティックな場が生まれ、大盛況の一夜となり、僕はそれを感動しながら見ていました。実は人は人と出会う場所を欲している、そのための出会える場所をつくるのは本当に大事なことだと実感しましたね。だからスナックというのは、みんなが求めているような奇をてらわないもので、普通の観光だと出会えない人たちと出会える場所にもなるから、今回3エリアでスナックを開店しようと考えたのです。芸術祭を楽しんでいる人たちにこそ出会ってもらいたいから、ぜひスナックに立ち寄ってほしいと思います。
ちなみに奈良は全国で一番スナックが少ないらしいんです。
齋藤:え? そうなんですか?
指出:そうなんです。スナックについてはこれまでたくさんの人が研究し、書籍も販売されていますが、僕自身も今の日本のまちづくりや場所づくりにおいて、プレイスメイキングの勉強になる場所だと考えています。ママやマスターがいながら、常連のお客さんがビールを出したり、観光客も手伝ったりしますよね。許される範囲での手伝いはまさに関係人口。地域にいつもいるわけではないけれど、その地域のことが好きだったり、その地域のことに異常に詳しかったり。スナックの中にそういう関係人口の論理があったりするので、これはマクロとミクロの関係人口、両方の輪っかでおもしろくなるんじゃないかなと思います。
開店は3日だけ。幻のスナック。
指出:伝説にしたかったんです。伝説にならなかったときに困るけど(笑)。あとスナックには、看板が必須だと思っています。ここにスナックがありますよという目印でもあり、入りたくなるきっかけにもなりますよね。今回は大好きなアーティストの中﨑透さんに看板制作をお願いしました。天川村は4年前に名付けられた「スナック ミルキー」の名前を継承してそのまま「スナック ミルキー」とし、今回はじめてスナックを開く吉野町には「スナック よしの」、曽爾村には「スナックソニー」と新しく屋号を決めて、看板を制作していただきました。
ただ、芸術祭の開催期間中、誰かしらが毎日ママやマスターで常駐して開けるスタイルではないほうがいいなと思っていますが、アーティストの方や、それこそ各エリアのキュレーターがママやマスターになるのもいいし、齋藤さんがマスターの日があっていいと思っています。それに看板がそれぞれのイベントで幸せな印象を残したまま、『MIND TRAIL』終了後も、地元に残され、好きなように誰かが使って、「今日の夜スナック開くかあ」と看板にあかりを灯して、地元の人たちが集まる場になるといいとも考えています。
齋藤:最初にこのお話をうかがったときから、僕の中では“スナックのAPI化”って呼んでるんです(笑)。APIというのは、プログラミング用語で「ソフトウェアと共有できる仕組み」や「何かと何かをつなぐ」ということなんですが。
指出:オープンソース化されるってことですね。それにはアートの力が大事で、例えば中﨑さんの看板だからこそみんなでスナックを楽しむ気分になったりする。その看板があるからこそ、いつもの見知った場所であるにもかかわらず、特別感が増してその中でみんなが新しい関係を築いたり、ママやマスターやお客さんを演じはじめたり。そういうことができるのは、楽しいですよね。
齋藤:観光地のお店が見せているのは、そのほとんどが良い面です。中も綺麗で掃除も行き届いていて、裏側はなかなか見えません。だけど地元密着の定食屋さんのような、地域に根付いたお店に行きたい人もたくさんいる。スナックはその両方を見せてくれる、地元の人と観光客がミックスされて一つになる場所。そこがスナックの魔法のような気がして、すごく楽しみです。それと、ただのスナックじゃなくて、関係案内所でもあるということも最高だと思いました。
指出:観光案内所もとても大事な施設ですが、観光案内所が紹介できる場所は、そのほとんどは既にできあがったもの。ですが、人はお店だけじゃなくて、もっとカジュアルに人に偶然に出会うことを求めています。そういう人のために、人と人の関係や出会いを案内できる関係案内所がちゃんと自分の地域にあることは大切ですね。それはスナックでも、ブックカフェでも、いろんな形でいい。
例えば曽爾村の人が「スナック ソニー」を吉野で開店してもいいわけです。スナックの看板があるとスナックがあるってわかるし、入りたくなる。しかも誰もがマスターやママになれるとなったら、やってみようかなって。自発的に何かできるという思いが看板にも込められていると思います。
例えば3つの看板が揃った「グランドスナック奥大和」みたいなのを誰かが開店してほしいな(笑)。地元の人かもしれないし、外から来た人かもしれない。それに奈良県内のほかの市町村が看板をつくってスナックを開くかもしれないですよね。そんな可能性を秘めたスナックを、齋藤さんがすごく評価してくれてとてもうれしいんです。
齋藤:僕もアーティストたちの作品がある種の関係人口を生むものであってほしいと思っているんです。アーティストにも、「あなた方の作品はレンズです。レンズをつくってください。作品というレンズを通して関係だったり自然だったり空気だったり佇まいだったり、見えないものをみんなに見せてあげたい」と伝えた上で、制作をお願いしています。そのお願いはボディブローのように効いていて、自分の作品の先には、人の住まい、田んぼ、地域に根付いた仕事や営みなどがあるんだと考えてくれるようになりました。そして最終的に人と人が出会うことや、関係人口につながっていくことを、しっかりアーティストが受け取ってくれている感じがしています。だから作品からもどういう出会いが生まれるのか、楽しみですね。
スナックは“作品”。
齋藤:キュレーターというのはただ全体像を見てキュレーションするに限らず、作品をつくる人でもあると僕は考えています。だから今回指出さんは、スナックという“作品”をつくってきたな、と思いましたね。通常の編集部での雑誌制作の業務や、指出さんがこれまで依頼されてきた案件、使う道具とは変えてもらいたいと思ってお願いしたので、指出さんからスナックという企画が出てきて、よかったなと思います。
指出:実はスナックは秘密兵器(笑)。ただ、スナックに立ち寄るのは人とつながりたい! という強い気持ちよりも、『MIND TRAIL』のトレイルルートを歩いたあとに、ゆるっと何かを飲んで休みたい、心を落ち着かせたい場所としても活用してもらえたらと思っています。今のところ3回のみですが、ちょっと夕暮れに近い感覚がいいなと思ったので、溶けていく感じの場所だと感じてもらえたらうれしいです。
地域にとって、ちょうどいい芸術祭を。
そして最終的に僕の存在がほぼ消えていることがあるべき姿で、それが僕のつくり上げたい芸術祭です。この芸術祭から少しずつ遠ざかるも、僕の“胞子”は残して、でもたまに僕が“胞子を飛ばしにいく”ような存在になりたいですね。場所も奥大和に限らずともよくて、じゃあ次は山形でやろうとか、いろんな可能性をつくりたい。
指出:まさにAPI化ですね(笑)!
齋藤:そうなんです(笑)。あと、僕は雰囲気的に一緒にやって楽しくなる人にしか仕事を依頼しないんです。今回ももちろん僕が一緒にやりたいと願った人たちにお声がけして、一緒に芸術祭を盛り上げてもらっていますが、特に指出さんは1/fゆらぎが出ているんじゃないかっていうぐらい癒されるんです。目をハートにして指出さんのことを見ていることが多々ありますし(笑)。ご一緒できて本当にうれしいですね。いつかガッツリと一緒に何かをしたいと思っていた方なので。
指出:ありがとうございます。齋藤さんとはここ何年か接点が増え、僕もいつか齋藤さんとご一緒できることがあればいいなと思っていたところにこのお話をいただき、とてもうれしく思っています。
齋藤:こちらこそありがとうございます。ただ、僕はあまりガツガツとたくさんの人に来てほしいとは考えていないんです。人がたくさん来なくてもいいから、日本の地域にとってちょうどいい芸術祭ってどれくらいなのかを考える、いい時点に今私たちはいます。コロナ禍によってこれまでの方程式を変えていくべきだし、実際に変わってきている中で、日本で開催される芸術祭もこれだけ大きくなって20年以上経ちますが、もう一度見直す必要があると思うんです。
来なくてもいいと言い切ってしまうことに“すごい”というお声もいただきますが、それが奈良県がもつオーラなんです。もちろん観光客を呼び込みたいと思ってはいると思いますが、一気に人が押し寄せてきたら、奈良らしさや奈良の良さ、それこそ奥大和で守られてきたものが壊れると思っていて。だから無理に来てもらう必要はないんです。でも足を運んだからには楽しんでほしい。そのちょうど良さはすごく大事だと思います。それぞれが幸せで、それぞれの楽しみ方がある。それを感じ取ってほしいですね。
Text by Fumi Itose
Special Thanks to 有楽町 “ SAAI Wonder Working Community”