地域の困り事を解決しながら旅をする『おてつたび』。旅から戻って、再びそこを訪ねる人は約6割も!地域との素敵な関わりを生む『おてつたび』の魅力を取材しました。
お手伝いで得られるのは、地域と関わるという経験。
お手伝い×旅=『おてつたび』。
農家や旅館の仕事を手伝うことで報酬を得て、それを資金に地域の旅を楽しむ。そんな、新しい旅のスタイルを提案しているのが、『おてつたび』というウェブ上のマッチングプラットフォームだ。
システムは簡単。まずは、『おてつたび』のウェブサイトを開き、「こんなところの仕事を手伝いに行きたいな」と思う地域があれば、SNSアカウントで新規登録。日程や地域から行きたいおてつたび先を探し、申し込む。おてつたび先にプロフィールが届き、承認されたらマッチングが成立。これで、手続きは完了。後は当日、おてつたび先へ向かうだけ! 18歳以上なら誰でも利用可能だ。
おてつたび先は、さまざま。農業、林業、漁業といった第一次産業や旅館などの宿泊施設、小売り店などが人気で、「大学生が約7割、社会人が約3割。比較的、若い人の利用が多いです」と『おてつたび』代表の永岡里菜さんは話す。第一次産業や宿泊施設はとくに忙しい季節や時期があり、その期間に「収穫や掃除、イベントを手伝ってほしい」というおてつたび先からの3日間や10日間といった短期募集の掲載が出るのだが、「今はユーザー過多のため1か所のおてつたび先に申し込みが殺到して、お断りするケースも少なくない状態。大変申し訳なく思っています」と永岡さん。たしかにサイトを見ると、「募集は終了しました」と表示されているおてつたび先がけっこうある。そこで永岡さんは、おてつたび先を増やさなければと、新たなメンバーを仲間に加えた。地域のおてつたび先を開拓する土居和生さんだ。「『おてつたび』のビジョンやミッションを説明し、ご賛同いただいたうえでご登録いただいています。人手不足の解消が目的ではありますが、単に若い労働力として派遣するのではなく、持続的な関わりを持ちつつ、ユーザーに地域を好きになってもらう旅を提案していることを説明するよう心がけています」。
お手伝いで得られるのは報酬だけではない。地域と関わるという経験が得られる。大学1年生のときに、たまたまFacebookの投稿にあった『おてつたび』に申し込み、青森県・鰺ヶ沢町のホテルで1週間働いた江上ふくさんは、「私は観光学部に所属しているので、町役場の方は『廃校をどうリノベーションしたらいいか?』とか『冬の津軽に人を呼ぶ方法は?』とか、出会った直後に尋ねてこられました。学問としてしか観光を学んでいない私は、『わからない』と思いましたが、観光学部の学生は世間からはそんなふうに見られているんだと思い直し、以来そういうことも勉強するようにしています」と地域に行って自分が変わった経験を話した。
『おてつたび』で地域を訪れた人の再訪率は約6割。江上さんは今度、鰺ヶ沢へ3度目の旅に出る。
旅行にする?おてつたびにする?
永岡さんは三重県尾鷲市の出身だ。「東京からだと電車でも車でも6時間ほどかかる、漁業と林業のまち。知っていますか?」と尾鷲のよさをアピールしても、大学進学で関東へ出てきて以来、ほとんどの人に「知らないなあ」「ふーん」と聞き流されてきたそうだ。
2社目に就職した会社では、農林水産省とともに和食推進事業を立ち上げる仕事に従事。各地を訪ねるうちに、尾鷲に限らず日本には知られていないが素敵な地域がたくさんあることを知り、そういう地域の魅力を知るきっかけをつくりたいと一念発起。会社を辞め、地域への旅に出た。知人に紹介してもらった地域を訪ね、地域の魅力や課題を尋ねてまわり、さらに、都心に暮らす200人ほどにヒアリングを行い、地域を訪れる際のハードルを洗い出した。そうして、困り事を解決したい地域と、そのお手伝いをしたい都会の若い人たちをウェブ上でつなぐマッチングサイト『おてつたび』を考案。2017年にスタートした。
永岡さんだけで始めた事業を今は仲間が支えている。デザイナーの山本ちひろさんは、『おてつたび』のウェブサイトのデザインを一手に任されている。「地方ではいろいろなものが手に入りにくいですが、だからこそ、見えたり、感じたりするものがある。それを見つけられる『おてつたび』に興味を持ってもらえたら」と話す。
カスタマーサポートを担当する永石智貴さんも、「経済発展した今、賃金を得るためだけに働くというより、どう生きるかを考える若い人が、僕も含めて増えています。自分らしい生き方を地域で探すためにも、『おてつたび』を使ってみてほしいです」と話す。
ウェブサイトのシステム開発と運用を担当している川尻智樹さんは、「『おてつたび』は人生の選択肢が増える旅のサービス。もしかすると20年後、東京が人口過密になったり、災害に見舞われてしまったとき、移住できる地域を今のうちに持っておくということも必要かもしれません」と言う。
土居さんは、地域のおてつたび先の営業担当だ。「どの地域にも、『ここには何もない。若い人も来ない』と言う人がいますが、魅力のない地域はどこにもないと僕は本気で思っています。『おてつたび』でさまざまな地域を旅して、魅力に気づいてほしいです」。
永岡さんは、「私も最初は、地域に関わりたいけど、どうすればいいかわかりませんでした。そういう人はいっぱいいると思います。一歩踏み出すきっかけを、『おてつたび』でカジュアルにつくっていきたいです」と話す。
もちろん、『おてつたび』はビジネスなので、利益を上げることも重要だ。現在の主な売り上げは、おてつたび先がユーザーに支払う報酬にプラスするかたちで、一定の割合のマッチングフィーを受け取っている。また、関係人口の事業として予算を計上し、自治体とタイアップで事業を行うことも増えている。「ただ、私たちとしては、3年間の補助金がなくなったら事業そのものも終了するというタイアップは本望ではありません。『おてつたび』が地域で利用されやすくなるような土壌を整えるために補助金を活用したいです」と永岡さんは言う。
さらに、JA(農業協同組合)とのコラボレーションも始まっている。高齢化や人手不足という課題を抱え、日々の農作業に困っている農家をJAが『おてつたび』に紹介し、若い人に農業に興味を持ってもらいながら人手不足を解消する。現在4か所のJAと連携し、今後も増えていく予定だ。
ベンチャービジネスとして立ち上げ、2年ほどが経つ『おてつたび』。これからの展開を尋ねると永岡さんは、「『旅行にする? おてつたびにする?』という会話が普通に聞かれるように、『おてつたび』を旅のスタイルとして世の中に浸透させたいです。思い立ったらすぐに地域のお手伝いへ。「どこそこ?」と思う地域に行くのがおもしろいというムーブメントをつくりながら、互いのよさを認め合い、日本の魅力を語れる若い人たちが増える。そんな社会のきっかけになるよう、『おてつたび』を発展させていきたいです」と笑顔で語った。
『おてつたび』代表・永岡里菜さんに聞きました。
Q:関係人口が増えると、地域はどう変わる?
A:シビックプライドが上がる。
多くの人から「ここ、素敵ですね」「これ、おいしいですね」と言われると、自分たちのよいところが客観視でき、地域に誇りを持てます。
Q:関係人口を増やすコツは?
A:お客様として迎え入れない。
地域の人たちが困っていることも包み隠さず伝えられる仲間として迎え入れてほしいです。信頼関係が生まれたら、継続的に関われるはず。
記者の目
関係人口の現場を取材して。
「ミートアップ」でインタビューした江上さんは、「地域や人との関わりを求めて鰺ヶ沢町へ行ったわけではありません」と。たまたま東北に行ったことがなかったから選んだ鰺ヶ沢町が、今や特別な地域に。関係人口はそんなふうに生まれたりもします。