沖縄県名護市にある地域の公園『coconova(ココノバ)』。イベントスペースとしても利用できるこの広い施設に『思い出書店』という名のおもしろいお店がある。思い出を書いた帯をつけた本を自由に交換・寄付できる仕組みで、読者たちが思い出や感想を共有できるようになっている。”お金”ではなく“思い出”に価値を見出した『思い出書店』ついて、代表の森石豊さんにお話を聞いた。
”ビジネス”と”表現”の狭間で
「それは自分が望む生き方だろうか?」
誰かのビジョンのために力を尽くすのもいいけれど、自分自身でなにかを始めてみたい。ビジネスのロジックに傾きすぎている自分にも違和感がありました。
雑誌のライターからキャリアをスタートし、また昔から小説も書いていた森石さんは、「イメージの言語化」や「ゼロから物事を形にする力」を武器に力を発揮し、ディレクションから営業まで、様々な業務を行ってきました。「やれば形にできる」ことを知った森石さんはこう考えるようになります。
「ビジネスと表現の間で、自分だからこそできる何かをつくりたい。」
中心から離れた視点でスタンダードを見つめなおす
「この人たちのいる環境に身を置いて、自分にできることを考えてみたい。」
縁のあった名護という町は肌に合ったのでしょうか?
「辺縁(エッジ)にある名護だからこそ、見えるものがある」と森石さんは語ります。東京を中心に考えれば、沖縄は辺縁。さらに那覇を中心に考えれば、名護は県内の都市部としては辺縁といえます。
「世の中のスタンダードな枠組みから半歩距離をおいた視点で、物事を見ることができる感覚があります」
森石さんは過去に台湾に住んでいた頃にも、異国の文化や環境の”外側”にいることで、自由に発想を遊ばせられるような感覚があったといいます。
「うまく言葉にできませんが、名護という町には不思議なエネルギーがあるような気がします。名護以外にもそんな町はあるかもしれないけれど、自分にとっては名護でした。」
本の思い出に価値がある
「会社をつくって何かをしたい」とは思っていたけれど、会社をつくってまでやろうと思えるその「何か」がわからない……。そんなとき、何気なく言われたこの一言で、すべてのピントが合う感覚がしたと森石さんはいいます。
「せっかくやるなら、新しい形の古本屋をしよう。」
そう意気込んだものの、急に良案は思い浮かびません。そこで、まずは自前の本300冊を携えて『coconova』のフリマに出展することにしました。来てくれたお客さんと話したうえで、その人に合いそうな本をおすすめする、そんな本屋でした。思いつきでやってみた形でしたが、みんな喜んで購入してくれたうえ「一冊500円プラスお気持ち」という形式に対し、1000円、1万円を支払ってくれる人もいたそうです。
「なんでだろう? と考えたとき、本をおすすめするときに僕が語る『思い出』に価値を感じてくれてるんだな、とわかりました。」
この「自分だからできる古本屋」に森石さんは手ごたえを感じました。しかし、困ったことが起きます。手持ちの本が次々と減り、森石さん自身の本(つまり思い出)が枯渇してきてしまったのです。自ら読んだ本をお薦めするのがモットー。仕入れた本を全部読んで売るなんて、一人では到底無理です。かといって、他人を雇ってしまうのも意味がありません。さて、どうしたものでしょうか?
美しく、サステナブルな本屋運営
きっかけとなったのは、思い出書店の活動を知った人が寄付のために持ってきてくれた本の数々でした。絵本や子育ての本、家庭菜園や料理の本……。読了された本には読者それぞれの思い出が詰まっているはず。それを帯に書いてもらう方法を思いついたのです。では、それをいくらで売るのか。大切な思い出に値段をつけて、“売れる売れない”という土俵に上げてしまうのは、なんだか「美しく」ありません。ならば「交換か寄付」がいい。
さらに、本を交換していけば、本の思い出や感想から始まるつながりが、チェーンのように連なっていく。読者の輪という新たな価値が生まれます。本も減らないので、在庫を仕入れる必要もありません。こうやって『思い出書店』の仕組みができあがっていったのです。
『思い出書店』は森石さんにとって“ビジネス”と“表現”のバランスがとれた「美しい本屋のありかた」でした。今、『思い出書店』は名護市の『coconova』に常設してあり、時々出張もしています。東京の出展で出会った人がわざわざ沖縄にきてくれることもありました。
そのうち、『思い出書店』が沖縄各地や東京、海外まで美しい波紋となって広がっていくように。こよなく愛する本を美しいかたちで、無理なく循環させる仕組みを考案した森石さんの目には、表現者、小説家としての光が輝いて見えました。