人が人と会う、話す、遊ぶ──。そんな時間の豊かさを、少なからず誰もが実感する時代になりました。今回紹介するのは、奈良県生駒市の公園で2組のご夫婦が始めた、人が集まる空間。なぜ、そしてどうやってつくっていったのか、四人に教えてもらいました。
人がいるっていうだけで、 こんなに違うねんな。
到着すると、この日はちょうどある親子が公園から帰っていくところで、藍さんは「もっと早く来ていれば!」と悔やんだ。なぜなら、藍さんたちが利用する土・日曜日には、公園に人がいないことが多く寂しさを感じていたからだ。多くの親子は平日の昼間に公園を利用しているらしかった。
たまたま同じ時間に年齢の近い親子がいて、きっかけがあれば、子ども同士で遊び、親同士は会話をすることができた。我が子の生き生きとした様子を見るのはうれしいものだ。「人がいるっていうだけで、こんなに違うねんな」。藍さんはそう感じ、ふっとひらめいた。「公園に集まる日と時間をあらかじめお知らせしておけば、一緒に遊ぶことができる。それを始めよう!」
同年7月。生駒市が主催している、市内の魅力あふれる人やスポットを見つけて発信する市民PRチーム「いこまち宣伝部」の5期生となった藍さんは、その講座を受けるとき、「公園にいこーえん」の企画をみんなの前で話した。「写真の課題が出ていたんですけど、したたかに看板の写真を撮って、半分宣伝のつもりで話したんです」と笑う。
藍さんが熱く話す内容を、心に留めた人がいた。同期生の田村るみさんだ。「夫がすごく興味を持ちそう」とピンときたるみさんは、メモをとって帰宅した。
るみさんの夫とは、田村康一郎さん。以前は開発途上国の交通・都市計画のコンサルティング業をしていたが、計画をつくってから実際にまちが変化するまでは時間がかかるため、「変化が目に見える仕事」に関心が移り、まちと生活に変化をもたらすパブリックスペース(公共空間)での活動に惹かれ、2017年から2年間、ニューヨークの大学院『Pratt Institute(プラット・インスティテュート)」に留学していた。
「学んだのは、プレイスメイキングです。アメリカで生まれた概念で、さまざまな解釈や定義があります。空間の広さと時間の軸で整理してみたのですが、広さはスポットからまち単位の広域まで、時間では単発、短期、長期といろいろな捉え方があります」
康一郎さんは帰国して住み始めたばかりの生駒市で、都市開発事業のコンサルタントとして働きつつ、ニューヨークで学んだことを実践できる場を探していたという。しかし、初めに住んだエリアはシニア層が多く人もまばらだったため、留学帰りの康一郎さんは戸惑った。「息子を連れて公園に行っても閑散としていて。私は宮崎県出身で、生駒市には当時友人や知人がいない状況でしたから、藍さんの企画に興味を持ちました」。
一人のお父さん、 お母さんとしての企画。
「公園にいこーえん」とは、主に未就学の子どもと保護者を対象に、月に一度、公園で一緒に遊ぼうというシンプルな企画だ。基本は第2日曜、10時から11時半頃まで。参加は無料で、申し込みは不要。
第1回のときから藍さんが大切にしたことは、主に5つある。①たとえ1組も集まらない回があっても続けること。②集まってくれた人と自分は同じ立ち位置であるという姿勢。③集まってくれた人が安心して気軽に話せる雰囲気をつくること。④集まってくれた人から自然に出てくる言葉を待ち、ていねいにコミュニケーションをとること。⑤集まってくれた人の選択を尊重すること。
プレイスメイキングを学んできた康一郎さんは、「これはコミュニティ主導型のプレイスメイキングで、自発性と地域との共創が重要。街に関わることで価値が生まれ、街が良くなる」と、専門家ではなく自分もその一員として関わった。康一郎さんは「四人とも『公園で子どもたちがより楽しく遊べたら』と純粋に願うお父さん、お母さんなんです」と話す。また、「ほかの来園者の邪魔にならない範囲で、子どもも大人も座れる場所をつくる」なども提案し、藍さんを支えた。
藍さんの情熱と康一郎さんの知識の掛け合わせで、公園に新しい風が吹いた。ただし、最初からすべてがうまくいったわけではなかった。「初期は、タイムスケジュールを用意していたり、自己紹介の時間を設けたりしていたんです。でも違和感があって、みんなで話し合ってなくしました」と藍さん。康一郎さんは「イベントではないから、詰め込みすぎるのもよくないんですよね。やっているうちにしっくりきたのが『日常以上、イベント未満』でした」と言う。現在は、季節に応じた遊びの仕掛けは準備しておくものの、「遊び方も出入りも自由」というスタンス。
実は、藍さんにはもう一つ懸念があった。「『公園にいこーえん』第1回で一番ショックを受けたのは、公園に来てくれた方に私が声をかけていたので、息子がちょっと拗ねてしまって、終始楽しくなさそうやったんです(苦笑)」。でも、回数を重ねた2021年1月の第9回のとき、愛息は満面の笑みで、綱引きを楽しんでいた。「『やったー! めっちゃ楽しそう!』ってその時に思ったんですよ」と藍さん。母としてこの瞬間のためにこそ、始めた企画だった。
現在、主に市内から30〜50人が参加している。最近では大学生の参加も。「子どもも大人も、やりたいと思ったことをしています。やりたいことができると、幸せなんですよね。それをみんなで一緒に楽しんでいます」。
春
夏
秋
冬
記事は雑誌ソトコト2022年11月号の内容を本ウェブサイト用に調整したものです。記載されている内容は発刊当時の情報であり、本日時点での状況と異なる可能性があります。あらかじめご了承ください。