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特集 | みんなの学校

【福岡県糸島市】生きることを楽しむ力と「自分が大好き」と言える心を育む『お山の樂校』

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福岡県糸島市にある『お山の樂校』は、生きることを楽しむ力と自分が大好きといえる心を、子どもと大人が共に育んでいく「オルタナティブスクール(フリースクール)」だ。ここは関わる人たちが力を合わせ、「ないものだらけ」の状態からつくり上げた学校。今も進化を続ける『お山の樂校』に、学校のつくり方を学びます。

『お山の樂校』のヒストリー

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新しい木造校舎の前で記念撮影。『お山の樂校』のフィールドは、急勾配の斜面に広がる。取材時、遠くに糸島半島や姫島などが見えた。
2018年10月 ​『お山の樂校』構想スタート
2018年12月​ 最初の建物(6畳ほど)完成
2019年4月  入樂式(入学式のこと)
2019年6月  鶏小屋完成
2019年5月  井戸掘り工事
2019年3月  炊飯棟完成
2019年10月 コンポストトイレ完成
2019年12月 のちに校舎建設地となる土地を購入
2021年3月  新校舎建設のための樂縁プロジェクト始動
2021年1月  竹林伐採作業開始
2021年11月 クラウドファンディング開始
2022年3月  新校舎着工
2022年7月  新校舎完成、引っ越し
目次

「学校をつくってみたい!」から、すべては始まった。

眼下に海を望む小高い山の中腹に、『お山の樂校』はある。ここは文部科学省の学習指導要綱に則した小学校ではなく、「オルタナティブスクール」という位置付けの場所。子どもたちは地域の公立校に籍を置き、日々『お山の樂校』に登校する。
実際、日常の風景を見せてもらった。公立校のそれと比べたら、子どもたちは遊んでいるかのよう(事実、遊んでいるのだが)。大人はとかく、ルールやカリキュラムを決めたがるが、ここでは子どもたちの自主性、つまり「楽しそう! やってみたい!」から生まれる行動を大切に、その先の過程で「身体を通して」得られることすべてが、学びだと考えている。
こういう学校がいいと感じ、子どもが通いたい、あるいは通わせたいと思ったら……近くで同様の場所を探すか、なければつくるという選択肢しかない。ここはその後者。それもなんと、土地の造成や井戸の掘削、資金集めなど、まさにゼロからつくった場所だ。
校長であり、共同代表である田嶋杏依子さんは、もともと地域で『お山の樂校』の前身ともいえる『わくわく子どもえん』という保育施設を、当時ご縁のあった仲間たちと一緒に運営していた。「次女が小学校に上がるタイミングでした。長女を公立校に行かせていたので、公立校のいい面、そうは思えない面も理解したうえで、『小学校をつくってみたい! 次女をそこに通わせたい!』と思ってしまったんです」。それは2018年秋ごろのタイミング。『わくわく子どもえん』のスタッフでもあり、現在『お山の樂校』の共同代表である“盟友”富松祥太さんに声をかけ、小学校設立への動きが始まる。

学校づくりの過程も、生きた教材だった。

ハード面の話から整理する。知り合いの伝によって、現在『お山の樂校』がある場所を借りられることになった。が、校舎となるような建物などなかった。友人の大工さんに相談し、6畳ほどの小さな小屋が完成。『お山の樂校』は2019年春にスタートする。当初、生徒は4人。炊飯棟や、トイレ、鶏小屋、そして井戸すらも、関わりのある人たちの協力で次々と生まれていった。一つひとつの完成にドラマがあり、それらは子どもも、関わる大人も楽しみながら、”生きた教材“となった。
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毎朝行われている「本を読む」時間。
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鶏小屋を掃除する子どもたち。鶏小屋から卵を集めるのも、子どもたちの大事な仕事。
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右/ヤギが植栽を食べてしまわないよう、スタッフと子どもたちが一緒に考え、工夫しながらネットを張っていた。左/「生まれたり、死んだりいろいろあります。そこから何かを学んでほしい、という気持ちはありません。自然と身体に入っていきますからね」と田嶋さん。
『お山の樂校』の評判は徐々に知られるようになり、2021年には15名の子どもが通うようになっていた。同時に、小屋は手狭になっていた。大きな校舎の建設が切望された。建設には2000万円ほどの費用がかかることがわかり、2021年秋から資金集めが始まった。有志から募金を募ったり、クラウドファンディングにも挑戦したり。マルシェを開催して売り上げを建設費用に充てたりもした。子どもたちも、あちこちに募金箱を置いたり、関わりのある大人に寄付を募ったりしたという。全額を集めることは叶わなかったが、それでも多くの協力者の力によって、なんとか建設を実行できる資金を集めることができた。着工は2022年3月。建設作業も、壁塗りなど、自分たちができることをすることで、費用を抑えた。
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右上/森の中の大きなブランコも、もちろん手づくり。左上/自然の中でのびのび育った子どもたちは、木登りも得意。下/薪を使った火おこしから調理を始める。食材の買い出しも子どもたちの仕事。
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右上/最初の学び舎であった6畳ほどの小屋。右下/建築の廃材などを使って子どもたちが勝手につくったんですよ(笑)」と、富松さん。蝶番の付いた扉の設えなど、本格的な仕様に驚く。左上/数と文章を掛け合わせた教育メソッドで、考える力を養う。左下/この日のご飯は、里芋とシイタケの炊き込みご飯。このほか2、3品のメニューも。子どもたちの手際のよさに感動する。
田嶋さんは当時を振り返る。「集まった金額の大小じゃなくて、やってみたいとみんなで思って始めた結果、ここで工事が始まって、校舎が立つ様子を子どもたちと見られたことが私はすごくうれしくて。『やれるんだ』ということを、一緒に感じられたことは、なにものにも替えがたい経験でした」。

学校をつくるうえで一番大事なこと。

田嶋さん、富松さんが学校をつくるうえで最初に行ったのはコンセプトづくりだった。「想いというか、理念の部分が大事な根っこ。結局、どこでやるか、誰がやるか、どんな環境か、授業をどうするかなんかは全部、外側の話というか小手先の話に過ぎなかった。子どもを中心に、ここで大切にしたいことを考え、そこから、だんだんと具体的なことに移っていったんです。そして、究極は場所なんてなくてもいいのかもしれない。子どもたちがいて、感覚を共有できる仲間が一緒にいれば」と富松さん。『お山の樂校』では3、4人のスタッフが常駐。田嶋さん、富松さん含め総勢9人でローテーションを組む。多くが立ち上げ時からのスタッフで、「ご縁とタイミング」でつながった人たちだそう。「この9人と一緒にできていることが幸せ。ただ、日々、感じたことを共有し、議論することはていねいにやっていますね」。
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学校が主催するマルシェの準備をするスタッフと子ども。内容などもすべて、子どもたちと一緒に話し合いながら決める。
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右/マルシェで提供する肉まんの包み紙。愛らしい絵が描かれていた。左/ちょうど日本一周を終え、帰ってきたというスタッフの「なっちゃん」。「こういう変な大人が近くにいるのが子どもにとって幸せだと思うんです」と田嶋さん。
田嶋さんも続ける。「いつも、やりたいか、やりたくないかが基準なんですよ。楽しいか、楽しくないか。学校を始めるときもそうだったし、日々もそう。月曜日に、『ああ、学校かあ……』みたいになったら意味がない。ここに集う子どももスタッフも、やっぱり毎日満たされていてほしい。そこさえできていれば、かたちはどうだっていい。やっていることが満足なら、楽しかったらいいんじゃないかなって思いますね」。
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『お山の樂校』の理念や、学校をつくってきた過程がまとめられた冊子『光と風の教室』。販売もされている。

学校をつくった経験を発信する理由。

近年、公教育ではない学校を求めている子どもは全国的に増えている。『お山の樂校』の近隣にも5校ほどのオルタナティブスクールが、この10年ほどの間に開校しているそうだ。視察も多いという。
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田嶋杏依子さんと富松祥太さん。二人の信頼関係が、『お山の樂校』の基礎だ。そして、学校をつくるうえで、仲間の存在が不可欠だと感じた。
二人はノウハウなどを事細かに公開し、つくりたい人たちに向けた、お話会やワークショップなども積極的に開催している。田嶋さんは語る。「私たちは、それぞれの子どもたちときちんと向き合いたいために学校をつくっただけ。校舎は広くなったけど、それはこの子たちに、のびのびと過ごしてほしいと思ったから。でも、こういう場所って、『もっとあればいいよな』って思うんです。だから、学校をつくったさまざまな経験などを共有しています。ただ、私たちが答えを持っているわけではないんです。私たちと話をすることで、何かきっかけになったらいいなって。実際、相談に来てくれたお母さんたちが、各地で学校づくりを始めています。そういう流れがもっと広がっていくといいなと思っています」。富松さんも意気込みを話す。「『分校をつくってほしい』というお話もいただきます。そんな動きも含めて、やりたいと思った人がやったらいいと思いますし、そのためのお手伝いにも関わっていきたいですね」。

『お山の樂校』・田嶋杏依子さん、富松祥太さんが気になる、学びを楽しむコンテンツ。

Book:勉強しなければだいじょうぶ
五味太郎著、朝日新聞出版刊
絵本作家として有名な五味太郎さんの著書。どうすれば子ども本来の才能を伸ばすことができるかを、イラストとともに綴った本です。全部に共感するわけではないけれど、メッセージがたくさん詰まっています。 (田嶋杏依子)
Book:天の瞳
灰谷健次郎著、KADOKAWA刊
作家・灰谷健次郎の最後の作品。幼年編、少年編など、全9冊で構成されています。主人公たちが周囲の人たちとぶつかりながらも確実に成長していくさまには、多くの学びのエッセンスがあると感じます。(富松祥太)
Book:アルケミスト─夢を旅した少年
パウロ・コエーリョ著、 山川紘矢訳、山川亜希子訳、KADOKAWA刊
少年が、旅でのさまざまな出会いと別れを通して、人生の知恵を学んでいく物語。いろいろなものが詰まっていますよね。読むタイミングで、受け取り方が変わったりするのもおもしろくて、何度も読み返しています。 (富松祥太)
photographs & text by Yuki Inui
記事は雑誌ソトコト2023年5月号の内容を本ウェブサイト用に調整したものです。記載されている内容は発刊当時の情報であり、本日時点での状況と異なる可能性があります。あらかじめご了承ください。

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