「エシカル」という言葉が流通していない頃から、エシカル消費を学ぶ実践的な授業を行い、高校家庭科の教科書の編集委員も務め、初めてエシカル消費を取り入れた葭内ありささん。ファッションと地球環境の持続可能な関係を捉えるための本を紹介してくれました。
葭内ありささんが選ぶ、SDGsと地球環境に触れる本5冊

1970年代から二十数年間、カンボジアでは内戦が続いた影響で伝統織物の絹絣が途絶えようとしていました。高度な技術を持つ織り手の多くが戦渦のために亡くなり、村や森は荒れ果て、生糸も染織のための植物も採れなくなりました。そんな状況にあった絹絣を復興させたのが、『カンボジア絹絣の世界』の著者の森本喜久男さんです。絹絣を復興させるには森からつくる必要があると木を植え、地雷が埋まっている地域にも出かけて織り手を探し、経済的に貧しい人たちや夫のDVから逃れてきた女性なども雇用しながら、絹絣を生産するための「伝統の森・再生計画」を進められました。
森本さんは真に良い布を作ることに心血を注ぎましたが、単に伝統の絹絣をよみがえらせたかったわけではなく、森を再生し、絹絣づくりを復興させることで、それに携わる人々が食べていけること、生活できることが非常に重要だとおっしゃっています。そんな森本さんの高い芸術性を携えたものづくりへの哲学、持続可能で循環型の森づくりや仕事づくりを実践されている姿に感動し、私は森本さんに会いにカンボジアへ向かいました。「伝統とは古いものを守ることではなく、未来へ向かって新しいものをクリエイトすることであり、先人もそうしてきた」と、若い頃に京都で手描き友禅の工房を主宰されていた森本さんならではの言葉が胸に残っています。2017年に亡くなられた後も、森本さんが代表を務められた『IKTT(クメール伝統織物研究所)』による「伝統の森・再生計画」の活動は現地の方々に受け継がれています。
また、『物には心がある。』は、人々がものに対してどれだけ心を込めてきたかが書かれていて、ものとは何かという根源的なテーマを考えさせられます。著者の田中忠三郎さんは青森県出身の民俗学者で、江戸時代から昭和に至る衣服や生活民具を3万点ほどコレクションされ、特に村人が纏っていた「ぼろ」と呼ばれる衣服や布は「BORO」と海外では称され、完成度の高いハイファッションとしても注目されました。
そんな、ぼろや民具の素晴らしさや、そこに込められた人々の思いをエッセイとしてまとめた良書です。ページをめくれば、ものや布には人のぬくもりがあり、やさしさがあり、物語があることに気づかされます。田中さんが残された、「本物のエコとは『人を愛する気持ち』」という言葉は奥深く、現在のSDGsに掲げられている目標やエシカル消費にもつながる思想だと思います。

photographs by Yuichi Maruya text by Kentaro Matsui
記事は雑誌ソトコト2021年9月号の内容を本ウェブサイト用に調整したものです。記載されている内容は発刊当時の情報であり、本日時点での状況と異なる可能性があります。あらかじめご了承ください。