AIスタートアップ企業を創業して実業家として活躍する傍ら、大学教授として教鞭を揮う内山泰伸氏。立教大学では、“国内初”となるAI専門の大学院研究科も創設されました。当たり前がそうでなくなりつつある今の時代において、より良い社会・未来のために何をするべきか-。そこには、学術研究と事業を両立し、既成に囚われず常に新しい価値を追求する内山氏ならではの着想がありました。株式会社ギャラクシーズ代表取締役社長 兼 立教大学大学院 人工知能科学研究科委員長 内山泰伸氏に、ソトコトNEWSプロデューサーの飯野が想いを伺いました。
宇宙物理から人工知能へ。社名「ギャラクシーズ」に込められた想い。
内山:ギャラクシーズの事業は、大きく二つの領域があります。一つはプロジェクト「Hyper Reality」。VRとAI技術を掛け算した領域で、実在感やリアリティーを追求したVR空間をプロデュースすることで、新たなプラットフォームを創造していく事業です。もう一つの事業領域は、AI受託開発です。さまざまな企業からご依頼のあった研究開発の事案に対して取り組んでいます。
実は、私は教員としての仕事がメインなのですが、アメリカのスタンフォード大学で宇宙物理学の研究をしていたとき、同じ街にスティーブ・ジョブズが住んでいました。革新的な彼の存在が身近だったこと、またシリコンバレーの様子などを見てインスピレーションを受けました。アメリカでは大学教員がベンチャーを立ち上げるということ自体よくあることなんです。
その後、日本に帰国してから人工知能の分野が非常に面白いと考えるようになりました。宇宙物理の研究が自分の中で一定の域に達したこともあり、第二のステージとして挑戦してみようと。アメリカでの経験もあって、自然な発想で人工知能をやるんだったら会社を作るのがいいんだろうという流れになりました。
飯野:とても貴重な経験をされたのですね。素晴らしい社名ですが、ギャラクシーズの由来はどんなものでしょうか?
内山:「ギャラクシーズ」は複数形で、たくさんの「銀河」を指しています。私自身を含め、創業メンバーの多くがもともと宇宙物理に携わっていたので、宇宙にちなんだ名前にしたいという思いがありました。
一般的なスタートアップやベンチャー企業と異なるのは、事業やプロダクト構想が先にあったわけではなく、人ありきという点でしょうか。「この仲間たちなら、AI分野できっと面白い世の中をつくれる」と。そういう想いが先にあったんですね。
あと、スタートアップを創業するからには、研究開発だけではなく、大きな目標に向かって野心的に取り組みたいという思いがありました。銀河というのはとてつもなく大きな存在なので、そんなスケールの意味も込めています。
技術開発と事業化。ベクトルが異なる両方の視点を併せ持つ技術者集団。
内山:おっしゃるとおり、技術と事業というものは結びつけるのが難しく、私はそもそもまったく別のベクトルとして考えています。例えば、大学発のスタートアップだと先に技術ありきで、どう事業化していくかを考えるケースが多いですが、相当ハードルが高いですね。しかも、その技術が革新的であればあるほど。
ギャラクシーズでも先進的な技術開発を行いますが、順序として先に事業のイメージがあり、その実現のために必要な技術要素をブレイクダウンし、開発していくという流れで物事を考えていますので、社会実装やビジネス化に向けた難しさは少なくなります。
一方で、あくまで別の話として学術的な基礎研究もあると思っていて、そこは異なる目的意識と視点で取り組んでいます。うまくいけば、シナジーが生まれて自然にビジネスと結びつくことがあるかもしれませんし、無理に結び付けようとも思いません。
先ほども述べたように、私は技術よりも人ありきで考えていて、基本的にメンバー個々の力量、知識の集合体と考えています。ギャラクシーズでは、一人の技術者が週に1日は学術研究、週に4日は事業化前提の技術開発という形で、両方の視点を持ちながら並行して進めることを基本としています。それぞれをグループ分けしてしまうと、目的や方向性が違いすぎてシナジーが発揮されません。あくまで、一人の技術者がベクトルの異なる両方の視点を併せ持つことが重要なポイントですね。
スマートフォンが変えた世界。VRで次なる未来を切り拓く。
内山:現在は、「Virtual Classroom」というプロジェクトを推進しています。大学の授業をバーチャルリアリティに移植する取り組みですが、さらに大学の枠を超えた社会でのVRの活用も視野に入れています。元々ギャラクシーズで実在感、臨場感が高いVR技術を開発していて、これからサービス化して世の中に広めていこうという話で大学とは切り離して考えていました。しかしコロナ禍になり一気に大学の授業もオンラインになり、あらゆる学内活動も制限されてしまい、バーチャルな世界を構築して授業をやる意義があるのではないかという状況になりました。そこで、私自身も身近な課題である大学での取組みから着手するのが望ましいと考え、趣旨に賛同していただけたNTT東日本さんと協業しながらスタートした形です。
「Virtual Classroom」では、従来のキャラクター的なものではなく実際の自分自身にそっくりなアバターを作り、AI技術を用いてコントローラレスで身振りはもちろん、アバターの表情まで動かすことができます。学生の評判も上々で、新しいコミュニケーション手法として大いに可能性を感じています。
また、VR技術はコミュニケーションだけでなく、社会実験のプラットフォームとしても大いに使えると考えています。現実世界では人や環境の準備、シーン再現が難しい実験も、バーチャル世界なら簡単にセットアップすることができます。今後は大学の枠を超えて、VR技術で社会貢献を実現しようと取り組んでいます。
SDGs×AI。立教大学ならではの“文理融合”で生まれる新しい価値。
内山:SDGsは意識して取り組んでいます。AIの社会実装を考えるにしても、文系の社会学部や経営学部の皆さんから、AI技術で何かしら貢献できるのではないかという話が自然と出てきます。この間も、全学対象で「SDGs×AI」というテーマで講義がありました。私もさまざまな文系学部の学生や教員方と意見を交わして非常に面白く感じています。それぞれの専門性を活かして自由闊達に議論する。こうした学部の垣根を超えた取り組みは、いわゆる理系専門大学では難しい新たな発想、新たな価値を生み出せるんではないかと。
また、我々が各方面でSDGsに興味を持っていることを話すと、ありがたいことに様々な企業から話がきます。例えば最近ですと、フードロス&ウェイストの問題をデータサイエンスやAI技術で解決できないかという話があります。企業側も、SDGs的な取り組みはマネタイズより社会貢献によるブランディングの色が強いので、企業が単独でやっていくよりも産学連携で取り組むことにメリットがあると感じているのだと思います。
“日本初”のAI専門研究科。
内山:冒頭で述べたように、事業化や社会実装を前提とした技術開発は会社組織のほうが適していると思いますが、その一方で将来を見据えた際、学術的な基礎研究は必要不可欠と考えています。同じ考えをもつ多種多様な人々が集い、さまざまな研究・実験活動を行う場として、そこはまさに大学の役割だろうと。私は本来、教員の仕事が本職ですので、会社経営と二足の草鞋で歩むことにしたのです。
「せっかく取り組むならAI研究にフォーカスした専門組織を大学につくりたい」と考えていたところ、立教大学内でその構想が認められて、大学院に国内初となるAI専門の研究科、“人工知能科学研究科”を創設し、その委員長・専任教授として着任しました。
飯野:意外でした。AIというと理系大学のほうがマッチしている気がするのですが、文系色が強い立教大学でAIの研究科を創設された理由はあるのでしょうか?
内山:多くの方がもつ疑問点をつく、いい質問ですね(笑)。立教大学には文系大学というイメージを変えていきたいという想いがある方も多く、次のステージを考えたときに文理共創を前面に出す上でAIは最適なテーマでした。
一方で、AI分野においては私自身も新規参入組なので、「理系で固めるべき」といったこだわりや固定概念が全然ありませんでした。むしろ、AI技術というのは実装・応用分野があって初めて成立するものなので、さまざまな領域の専門性を持った人々が複合的・横断的に集まることで“知の集積”と言いますか、シナジーを発揮しやすくなると思うんですね。
同じように考える教員の方も多かったですし、大学側としても新研究科の創設にあたり、所謂しがらみに捉われず柔軟に受け入れてくれる土壌があった点は非常に大きかったと思います。
当たり前ではない時代。転換点において、より良い未来のためにすべきこと。
内山:まず一つは学術において、「文系」「理系」という区分で学生のころから教育が分断されている現状に違和感を抱いています。ひと昔前とは異なり、現代の産業構造は多様化し、さまざまな専門分野の融合による価値創造が求められています。車が単なる移動手段ではなくマルチデバイス化している自動車業界など良い例ではないでしょうか。
また、職種においても優秀な経営者は数字だけではなく現場を知っており、優秀なエンジニアは技術だけではなく市場や顧客を知っています。ひとつの領域に捉われずに新しい発想で、今まで当たり前だったものを変えていかないとサステナブルな時代ではないと思っています。
本当の意味での文理融合を目指している人工知能科学研究科は、ある種ロールモデルになってきていると実感しています。
飯野:未来をつくるために何をするべきか、第一歩をどうするべきか、本日お話をお聞きして、産学両面においてまだまだ取り組めることがあると思いました。本日はありがとうございました。
Credit: X-ray: NASA/CXC/JHU/D.Strickland; Optical: NASA/ESA/STScI/AURA/The Hubble Heritage Team; IR: NASA/JPL-Caltech/Univ. of AZ/C. Engelbracht