手肌にやさしく環境負荷に配慮した商品を手がける『サラヤ』の廣岡竜也さんと、大阪公立大学現代システム科学域准教授・黒田桂菜さんが、消費者の行動や意識の変容について意見を交わしました。
社会や消費者のマインドが シフトしていった時期。
廣岡竜也さん(以下、廣岡) その点では、「ヤシノミ洗剤」の社会からの受け入れられ方に変化を感じます。転換期は2010年に名古屋で開かれた国連の「生物多様性条約第10回締約国会議(COP10)」だと、私は考えます。
黒田 その翌年に起きた東日本大震災も含めて、この時期に日本の社会は大きく変わりました。宮城県内に2年間暮らしたことがあるのですが、親しみのある風景が一瞬にして崩れてしまった。地球や環境というものが、自分との対比の中でクリアになりました。
廣岡 それまでも日本では「エコ」「ロハス」といったキーワードはありましたが、消費のファーストチョイスではなかった。ですが、この時期から、だんだんと社会や消費者のマインドがシフトしていったように感じています。
身近な場所で買えるように なった『サラヤ』商品。
黒田 手間とも思える行為を要求する。そしてコンセプトも当時のまま。変えなかったのはなぜですか? 私自身は、研究テーマを、メタンハイドレートをはじめとした海の資源や、植物プランクトンの分布に関する研究をしていましたが、続けるなかで、現在取り組んでいる海陸一体型循環型社会のテーマに出合い、人の営みに近い研究にシフトしていきました。なので、”変えなかった”という選択の背景が知りたいです。
廣岡 『サラヤ』の思想を象徴している商品だからです。洗浄成分濃度を高くすれば、油汚れはよく落ちますが、その分、手は荒れますし、大量の界面活性剤が環境に排出されます。元々、石油系合成洗剤による環境汚染に対するアンチテーゼとして誕生した商品なので、できるだけ洗剤は使い過ぎないように、洗い方や油の捨て方に配慮してほしいという考え方が背景にあります。ただ、最近は「環境にいいらしい」という理由で「ヤシノミ洗剤」を使ってみたけど、「洗浄力が少しもの足りない」と”ギャップ”を感じる消費者もいるのが課題でした。
黒田 難しいところですね……。
廣岡 課題解決に取り組んでいく中で、手肌にも環境にもやさしく、油汚れもよく落ちる、そんな洗剤をつくることができました。それが「ヤシノミ洗剤プレミアムパワー」。濃縮型の洗剤なので使用量を減らすことができます。『セブン-イレブン』でも、販売されるようになりました。
黒田 以前は、『サラヤ』の商品をスーパーやドラッグストアなどの売り場で目にする機会はそう多くなかった気がします。それがコンビニエンスストアでも買えるようになったのは、社会の大きな変化を感じます。
商品は変わっていないのに、 価値が変容した。
廣岡 『サラヤ』の商品開発のベースはまさにそこです。「自分の家の排水溝は海の入り口」という考え方ですね。「少しでも環境負荷の少ないものを」という発想から植物油であるヤシ油やパーム油を使っています。
黒田 そのパーム油がどのようにつくられているかまで考え、原産地であるマレーシア・ボルネオ島で熱帯雨林保全や動物の保護活動まで行っていると知って驚きました。
廣岡 植物油を使うということが、単純に「環境にやさしいと言えない」という事実を知ったからです。我々の排水は微生物が分解して水と二酸化炭素に変えてくれますが、二酸化炭素が出るということは、これを吸収しないといけない。でも、植物油をつくるために熱帯雨林を切り開いていたら意味がありませんよね。
黒田 循環という目に見えない仕組みを、人の手が支えている。循環って、パーツが点在していても、その間をつないでいくものがなかったら、途絶えてしまうと思うのです。それをつなぐのは人間の役割なんじゃないか。循環のベクトルを強く太くするためには、人間を研究することにヒントがあると考え、私も研究しています。その上で、『サラヤ』の事例は興味深いですね。商品自体は変わっていないのに、人の価値観が変容したように感じます。
廣岡 『サラヤ』はメーカーですが、商品を通じて、いかに思想を表現し発信するか、を大切にしています。商品にはメーカーの個性が出るんです。例えばカロリーゼロの甘味料はたくさんありますが、成分構成に各メーカーの思想が表れます。『サラヤ』では化学合成の人工甘味料は使用せず、羅漢果という植物から抽出した天然の甘味成分のみを使用しています。ちなみに日本で最初のカロリーゼロの甘味料も当社。洗剤の詰め替えパックも、天然酵母由来の天然界面活性剤も日本初。すべて、人にも環境にもやさしいという思想が開発の原点で、そこを大切にしています。
黒田 そして商品を選ぶのは消費者。どの思想に共感して商品を買うか。今後はさらに「環境に対する価値」というものが、重視される社会になるでしょう。その中で、価値をどう伝えていくか。自身の研究や活動の参考になりました。
くろだ・かな●大阪府立大学大学院工学研究科航空宇宙海洋系専攻修了。博士(工学)。2018年から大阪府立大学現代システム科学域准教授。2022年4月より現職。SDGsにも深く関わる身近で興味深いテーマである、海藻や魚などの海産バイオマスについて研究。海藻を用いた地(海)産地消エネルギーの開発と漁業・魚食の活性化を通して海の環境再生に取り組む。
ひろおか・たつや●『サラヤ』広報宣伝統括部統括部長。『サラヤ』の社会貢献活動のほか、「ヤシノミ洗剤」「ラカントS」などのブランドを手がける。
記事は雑誌ソトコト2022年9月号の内容を本ウェブサイト用に調整したものです。記載されている内容は発刊当時の情報であり、本日時点での状況と異なる可能性があります。あらかじめご了承ください。