前回(ジェンダーギャップを考えてみる1)に続き、女性の地位やジェンダーニュートラルなどについて。今回は特にお仕事についての話題です。真理子さんと果林さんの話しを聞いていると、女性の働きかたや仕事への向き合いかたについて考えさせられます。
オランダ人女性の仕事観。
桑原真理子(以下、真理子) 乾さんは、日本の状況をどう思っていますか?
乾 感覚としては割と平等に近づきつつある兆しを見せているのかなあと思いつつも……世界経済フォーラムが発表している各国における男女格差を測るジェンダーギャップ指数を見ると、2021年3月の発表では日本は156カ国中で120位という結果に。「経済」「政治」「教育」「健康」の4つの分野のデータが元になっているようですが、それにしてもひどいですね……。
真理子 先進国の中で最低レベルでしたよね、たしか。アジア諸国の中でも、韓国や中国、ASEAN諸国よりも低かった。
乾 そうなんです。低いとは思っていましたがここまでとは(苦笑)。
真理子 オランダはどうなんだろう。管理職が少なかったりしますし。
乾 え、そうですか? オランダはもっと上位の印象があります。えーと、オランダは……31位。え、意外!
桑原果林(以下、果林) オランダは女性の政治家も少ないですしね。首相に女性がなったこともない。
乾 いやいや、日本なんて……。
果林 髪の毛をショートカットにしているだけで男って思われることもありますし(笑)。
乾 え、そうなんですか?
真理子 自由な国だけど、ファションは特にコンサバですね。女性は髪の毛が長くて、みたいな印象はあるかも。あと、お母さんが子どもを見るべき、保育所にも子どもを預けるべきじゃないみたいな意見も割と多いように思います。
果林 保育所に預けても、3日以上預けないとか、ね。
真理子 しかも、パートタイムで働ける制度があるからこそ、それが本当の意味での女性の社会進出を妨げているように思います。
乾 どういうことですか?
果林 オランダはフルタイムもパートタイムも、労働環境や賃金体型は基本的には同じ。でも、パートタイムで働くのは結局は女性。1980年代、オランダが不景気だった時代に推奨された「1.5モデル」というものがあって、夫婦2人それぞれが0.75で働きましょう、というものがベースにあって。
乾 今よく言われているワークシェアみたいな感じですかね。
真理子 「1.5モデル」がもたらした結果が、男性が1、女性が0.5、つまりフルタイムが男性、パートタイムが女性という働きかただったんです。言うなれば、多くのオランダの女性が金銭的に旦那さんに依存している形。
果林 でも、女性の就業率は高いんです。世界でもトップスリーに入るくらい。でも管理職になるとぐっと下がってしまいます。わかりにくいかもしれませんが、ペーターという名前の男性で管理職についている数のほうが、女性全体の管理職の割合より多いんですって(笑)。あ、ペーターってオランダによくいる名前です。
乾 伝わりました。わかりにくいけど(笑)
真理子 私の女性の友達で、普通に会社員をしている人に聞いたことがあります。なんで管理職を目指さないのって。すると彼女は、「わざわざ自分の生活を忙しくする意味がわからない」って(笑)。趣味の時間があって、子どもやパートナーなど家族と過ごす余裕があって、ほどほどに仕事をするっていう、そのバランスがいいかみたい。
果林 女性本人が職場で高いポジションを望んでいないっていう状況もありますね。
真理子 果たして本当に女性本人が望んでいないのか、それとも既存の制度によって望めないような構図になっているのか、難しい問題です。
乾 えーと、オランダの女性たちは、もうちょっと男女が平等になるべきって望んでいるんですか? 今まで伺ってちょっとよくわからなくなってきました(苦笑)。
果林 平等ではあるべきだけど、それが、もっと自分が働きたいかという問題とは別かも。
真理子 もっと働きたいって思っている人は少ないかもしれません。
果林 若いオランダの人たちを見ると、女性のほうが男性よりも学歴が高い傾向にあります。そこで、ほかのヨーロッパの国だったら学歴の高い女性は、最初フルタイムで働いて、子どもができたらパートタイムに移るけど、オランダは最初から、そういう高学歴の女性たちもパートタイムを選ぶ傾向があるそうなんです。まあ、パートタイムで働きやすいっていうのがそうさせているんでしょうけどね。
真理子 最初から、仕事のために生きるではなくて、生きるための仕事という考え方が、女性にも男性の中にあるのかなあ。職種にもよるでしょうけど、そこまでキャリア重視ではないような気がします。オランダでは「ガンガン金儲け!」みたいなことに対しては、いい印象はないのかも。そういう意味で日本と似ているのは、周りから突き出てはいけないみたいなところがありますね。
平等ってなんだろう。
真理子 やっぱり女性、男性に関わらず私なら精神的にも金銭的にも自立していたいと思います。
乾 働きかたにも関係していますか?
真理子 その部分は大きいですね。私は子どもがいないので、私の意見が一般的ではないかもしれないですけど……。パートナーに金銭的にサポートしてもらうのが当然とは私は思わないですね。
果林 うちの場合は、日々のお財布、銀行口座は完全に分けているので、生活費とかはなんとなく分担しています。結局、私が忙しいときは、パートナーが休みなら育児をお願いできるけど、彼は、仕事に行く時間が決まっているから、その時間は私が子どもを見ることになる。だから、確実に私の方が仕事をする時間の確保には苦労しています。
完全に平等にするのって本当に難しいですよね。時間で計算した時に両者とも同じになれば満足できるかもしれないけど……。でも数値化しきれない部分もあるし、追求しだすとキリがないので、いろいろと目をつむらないと、とは思います。たぶん、私のほうが子育ての時間を使っているから、そのぶんパートナーにも、ほかのところで保証してほしいなってのは、ありますけどね。
真理子 オランダの場合、女性が教育、福祉など低賃金の業界に勤めていて、給料もそんなに高くない人も多いんです。そして保育料が高い。なので女性はパートタイムで働くことを選択し、それによってさらに賃金が少なくなってしまう。旦那さんの給料があれば問題なく暮らせますが、問題は離婚して、シングルペアレントになった時です。
果林 そうだね、そしたら今までの生活が成り立たないもんね。
真理子 そしてオランダは、女性自身がそれを問題としていないのが問題かなって。50%以上のカップルが離婚するという現状がオランダにはあるので、やっぱり男性でも女性でも万が一の状態に備えないといけないと思います。
果林 旦那さんより働く時間が少なくても、子育て楽しいし、趣味の時間もあるしって、お金の面だけで考えたら不平等なんだけど、トータルでみて、満足って思っている人は多いように思います。
真理子 福祉国家なので最終的には国がなんとしてくれるっていう考えがあるのと、「キャリアより子どもといる時間の方が大事!」って思う女性が多いのだと思います。なんでそんなにガツガツ働かないといけないのって。私はその通りと思う反面、お金が理由で離婚したくてもできないって状況は、避けたいと思うかな。あと、誰かに養われているって感覚も嫌だなって。
乾 日本は、若い人の世帯は、結構、家事も分担したりするのが普通になりつつあるし、共働きの世帯は、割とお互いが自立している家族が増えているような印象を受けますね。ただ、子どもがいる家庭の場合だと、やっぱり女性の育児部分の負担が大きくなってしまう傾向も……。
真理子 日本の場合、経済状況がよくないから共働きじゃないと家計を回していけないし、高齢化で人も少ないから、そういう背景もあって女性の社会進出が進んでいると思うし、これからさらに進んでいくと思います。でも、私が不思議なのは、パート、派遣、正社員で、仕事内容が似たようなものなのに、待遇が全然違うという会社があること。待遇が悪い仕事を女性や外国人労働者などの非正規雇用者が回しているというケースも聞いたことがあります。
ジェンダーギャップで問題なのは、いつも女性の側が、何か改善しないといけないという流れになってしまうことだと思うんです。でも、本当は男性の側こそ改善すべきところはたくさんあるのに、全部女性に行動が求められているように感じます。なので、「それはもっと男性が声を上げるべきとは思います」と訂正します。男性こそ男女の平等を訴えるべき! ただ男女の平等も人それぞれ考え方は違うかもしれませんね。
乾 うーん(苦笑)。
真理子 主婦でハッピーって人がいたらそれでいいと思うけど、日本でもオランダでも社会として女性が金銭的に自立できるような仕組みを築かなければならないと思います。乾さんはどうですか?
乾 パートナーと、考えがうまくマッチしていればいいのかなあ。でも、さっきの真理子さんの考えのように、むしろ男性側の努力でできることっていっぱいあると思うし、男女両方のアプローチでいろんな問題を解決していけたら、それこそ平等な気がしますね。
真理子 みんなの意識改革が必要なのかもしれないですね。
乾 今日お話をして、オランダは高いレベルの中でですが、改善するところがあるのかもしれないなってことですね。でも、そんなオランダでさえ31位で、日本なんて120位ですからね……。
真理子 難しいですよね。ライフスタイルに関係するから。その人がいいと思ったら言えないし、幸せの形はそれぞれ違うし、女性も管理職でバリバリ仕事するのが正解なのかはわからないし。
オランダの子どもは世界で一番ハッピーと言われているのは、お父さんとお母さんが、家庭にいる時間を優先するからだと思うし、両親とも管理職で大きな野心を持ってガンガン働いていたら、子どもたちの幸福度は下がるかもしれないし、何が正解かわからない。
乾 望んで今の状態ならいいと思うんです。望んでもどうにもならない、政治参加できない、仕事に就けないとか、それがジェンダーギャップによるものだとしたら、すごくよくないなって思いますね。オランダは、意外とギャップはあるけど、それが望んだ結果だったとしたら、いいのかもしれないなって。
真理子 でも結果的にシングルペアレントになって生活保護をもらうような生活になったときに、果たしてそれを望んでいたと言えるでしょうか。やはり複雑な問題だと思います。
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桑原果林 くわはら・かりん
コーディネーター、翻訳者、通訳者。日本で日蘭バイリンガルとして育ち、2010年渡蘭。レインワードアカデミー美術大学文化遺産学科でミュゼオロジーを学び、在学中に姉・真理子と共に通訳・翻訳事務所So Communicationsをアムステルダムにて設立。メディア・教育・介護・農業・デザイン&アートなど多岐にわたる翻訳・通訳・コーディネート業務を行い、日本とオランダの交流のサポートにつとめる。
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桑原真理子 くわはら・まりこ
アーティスト。東京都生まれ。 父が日本人、母がオランダ人。19歳の時にオランダへ渡る。2011年、ヘリット・リートフェルト・アカデミー(アムステルダム)、グラフィックデザイン科卒業。過疎地域で出会った人々との対話を元に、ドキュメンタリー形式の出版物、映像作品を制作している。
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乾祐綺 いぬい・ゆき
編集者、フォトジャーナリスト。写真家でもあった祖父の影響から、幼少期より写真を始める。海、環境、暮らしなどを主なテーマに、日本各地はもちろん、海外への取材を続ける。未来をつくるSDGsマガジン『ソトコト』、ANA機内誌『翼の王国』誌上などで、写真と記事を掲載。日本と海外、それぞれのソーシャルグッドな文化や活動を双方向で伝えることをテーマに活動する株式会社ニッポン工房代表。