菊の花のように見えることから「菊詰め」と呼ばれる手法で、魚の缶詰を手詰めで仕込む『タイム缶詰』。“ていねい”な仕事を信条とする水産加工会社を三陸地方の漁業と深く関わりながら経営しつつ、海のこと、漁業のこと、地域経済のこれからを想う吉田さんに、おすすめの本を紹介してもらいました。
ひと昔前の東京湾は汚染され、悪臭がただよう場所もありましたが、排水規制や下水処理施設の整備が進み、かなり改善されました。それでも、「見違えるほど美しく豊かになった」とは言えません。『都会の里海 東京湾』は、そんな東京湾にどんな生き物が生息しているのか、どんな魚が獲れるのかなど、都会の里海の内実を興味深く教えてくれます。
また、魚が産卵し、稚魚が育つ海藻の群生地、アマモ場についても書かれています。著者が理事を務める『海辺つくり研究会』では、東京湾や全国の海が美しく豊かになるようにアマモ場の造成活動を続けていますが、そんな活動に参加したり、海で遊んだりするのも、海を知るための第一歩です。東京湾に限らず、皆さんの地元の海にどんな生き物がいるか、おいしく食べられる魚がいるか、魚にとって棲みよい海か、そんな興味を育んでくれる本です。
『共感資本社会を生きる』は、『鎌倉投信』創業者の新井和宏さんと『東北食べる通信』創刊編集長の高橋博之さんが、「お金の価値とは何か」「本当の豊かさとは何か」と語り合った対談本です。私が暮らす岩手県陸前高田市で言うと「リンゴはもらうもの」と相場が決まっているように、地方には農家は米や野菜を、漁師は魚介を、近所同士で与え合う「おすそ分け文化」が今も習慣として根付いています。お金を介さず、自分が獲ったもの、つくったものを地域の人とシェアすることで、食べ物と気持ちが循環する豊かな暮らしが営まれているのです。
もっと言えば、漁業だけで生計を立てる「プロ漁師」が登場したのは、特別な地域を除けば、最近のことだと思います。昔は田畑を耕しながら、沿岸で魚を獲る兼業漁師がほとんどだったはずですが、時代とともに大きな船で沖合まで出てサケやサンマ、カツオやマグロを追い求め、獲れた魚もシェアすることなくすべて換金するようになりました。沿岸でその日に獲れた魚介をシェアしながら暮らす人生とくらべて、どちらが豊かか?地域で水産加工に携わるなか、考える機会は少なくありません。
記事は雑誌ソトコト2022年9月号の内容を本ウェブサイト用に調整したものです。記載されている内容は発刊当時の情報であり、本日時点での状況と異なる可能性があります。あらかじめご了承ください。