もっと雨水と共生する社会へ—「水」という本質を追う研究者が見すえるもの

もっと雨水と共生する社会へ—「水」という本質を追う研究者が見すえるもの

2022.12.07

雨水をもっと身近に感じられる社会を目指す、そんな研究に取り組んでいる人がいます。福井工業大学 環境情報学部 環境食品応用化学科 教授の笠井利浩さんです。なぜ雨水というテーマに着目したのか、どういった取り組みを行なっているのか、そして今後見すえている展望について、お話をうかがいました。

ライフワークにできる研究テーマを求めて。農作業の先に見えた“水”という本質

ソトコト 笠井さんは「雨水利用」というテーマで、より雨水を身近に感じ、雨水と共生する社会を目指して研究を進められているとうかがっています。最初に、この研究に取り組むきっかけとなった出来事などについて、お聞かせいただけますか。

笠井 私たち研究者にとって、ライフワークになりうる研究テーマ、つまり生涯にかけて取り組むべき問題を見つけることはとても大切なんですね。15年ほど前になりますが、私もそういったテーマを探して試行錯誤していました。

その過程で、人間の生活に寄り添っている一番大切なものは何かと考えたときに、それは“食”ではないかと思いました。そして“日本人の食”ということになれば、それは“米”だろうとなり、3反ほどの農地を買って、土地の造成もして農業を始めたんです。実際に米作りができるようになるまでには3年もかかってしまいましたが(笑)。

そして、さらに数か月がたって田んぼの水路の泥さらいをしているときに、夕立が降ってきたんです。それで雨宿りをしているときに、さらに思考がその先に行って「水がないと米も作れないじゃないか」となって、じゃあ、日常で使っている水、淡水は何かと言ったら、それは“雨水”じゃないかということに思いあたったんです。あたりまえのことに気づくまでに時間がかかってしまいましたが、本質ってシンプルなものなんですよね。そのひらめきから、以降、雨水をもっと身近に感じて雨を活かす社会を目指す研究を始めました。

▲雨水の採取は福井工業大学の敷地内にシートを張って行なう。写真は笠井さんの研究室の学生たちと。(写真:近藤デザイン研究室)

研究は「意義」だけでは成立しない。現実的な視点で雨水と共生する社会を目指す

ソトコト 雨水をもっと身近に感じられる社会を目指すにあたって、現在、笠井さんが取り組まれていることを何かひとつ、ご紹介いただけますか。

笠井 いろいろなことをやっているのですが、今回は一例として「あまみずドリンク」を取り上げたいと思います。これは名前のとおり採取した雨水をろ過、浄水して作った飲料です。

▲「あまみずドリンク」。ミネラルウォーター、炭酸水、サイダーの3種類を製造している。(写真:近藤デザイン研究室)

雨水の採取は大学の構内で行ない、それを地元のドリンクメーカーさんに協力していただいて、このようにボトル詰めしています。雨水のろ過や浄水の方法についても私たちで研究・開発し、清涼飲料水などの原水について国が定めた49項目の水質基準をしっかり満たしたものとなっています。

ソトコト 雨水を、市販のミネラルウォーターと同じように飲めてしまうわけですね。

笠井 そうですね。飲むための水や生活用水というものは必需品ですから、安くて誰でもどこでも手に入るようにしないといけない。なので、雨水の採取や、飲用に適する状態にもっていくまでのコストをなるべく削減できる仕組みづくりも、私たちの大切な仕事と考えています。

その他にも、街中の雨水タンクをIoTでつなげてクラウド化して治水効果などの効果を高めるシステムづくりについては福井工大の経営情報学科の先生に協力いただいています。また、社会にメッセージを発信するときにもっとも大切なデザイン面からのサポートはデザイン学科の先生に協力してもらい、研究・開発だけではなく社会への普及啓発まで、さまざまな活動を皆で行なっています。

ソトコト たしかに、デザインもとても爽やかで素敵ですね。

笠井 そう、人にメッセージを伝える時のデザインの力ってすごいんですよ。この「あまみずドリンク」は、世の人々に雨の水質を体で感じていただいて雨の水資源としての可能性を再認識していただくためのツールなんですね。そういう意味では、多くの方々に手に取って試飲してもらわないと意味がない。それを可能にするのがこのラベルデザインなんです。既に数千本単位で製造していますが、この「あまみずドリンク」は商品として普通に販売はしていません。しかし、“研究の試作品”ではなく“一個の商品”として成り立つだけの十分なクオリティは確保することも意識しています。

ソトコト いずれは“ご当地ドリンク”としてこれを見られる日が来るかもしれませんね。

笠井 雨水の利用がもっと一般的になるには、ただ「雨水を利用しましょう!」と呼びかけるだけではなく、もっと現実的な視点とプロモーションが必要だと考えています。そのためには「できたらいいな」ではなくて、各専門分野のメンバーを集める必要があります。そういった意味では福井工業大学でこの研究ができたのは幸運だと思っていて、それは学科間の垣根が低く、他学科の先生とも組みやすいからなんです。

▲できあがった「あまみずドリンク」を関係者で試飲。ひとつの研究結果にも数多くの人の手がかかわっている。(写真:近藤デザイン研究室)

ソトコト 先ほど、プロモーションという言葉が出てきましたが、研究者である笠井さんがプロモーションまで含めて考えられているのに少し驚きました。そういうことはまた別の人がやるものかと。

笠井 私の研究室が最終的に目指すのは「雨水を日常で活かす事が普通の社会にすること」。そのためには、こういったことに敏感な人だけではなく、むしろその他大勢の雨水に関心がない人の心も動かさないといけないですよね。そう考えるとその夢の実現へのアプローチも人の本質に沿ったものでないといけないはずです。すべての人の心をつかむと考えると、やはりその人にとっての“利”の有無が重要になると思うんです。

だから、新たに雨水利用を始める人によっては水道代が安くなるとか、被災時に助かるとかが考えられますし、社会に雨水活用を広げるときにはより多くの関係者が必要になってくる。新たな技術開発は私が頑張るとしても、それを製品化し、製造販売、設置、メンテナンスと考えると企業様の協力も欠かせないですよね。結局、すべてをうまくまわすためには皆がニッコリする物語、ストーリーを作らなきゃいけないんです。

なので、私の研究に協力していただく先生方にはその方にあった内容で少しでも多くお返しできるように考えますし、共同研究先の企業さんには良い製品を作って儲けていただきたいと思っています。皆がニッコリする物語を皆で演じていると、その結果として社会が良い方向に進んでいく。そんなやり方をしたいですね。よく私は「北風と太陽作戦」とか言ってます。

雨水と共生するため、社会に知識を蓄積させていく

ソトコト 「あまみずドリンク」という具体的なものづくりにも、そもそもの雨水の研究そのものにも、研究を“点”で終わらせず、“面”にも“立体”にも広げていく、プロデューサー的な視点で取り組まれているのですね。雨水ともっと共生する社会づくりについて、今後どう活動の幅を広げていきたいと考えていますか。

笠井 雨水がもっと身近に感じられる社会になるには、まだたくさんの課題があります。それは技術的な側面やインフラ的な側面など、いくつもありますが、なかでも“認知”がまだ足りていないと考えています。「雨水をこう利用できますよ」ということが全然広まっていません。

なので、今後は教育であったり、一種の啓蒙活動のようなものも必要になってくるでしょう。広く言えば“環境問題”というくくりになりますが、その一環として雨水をもっと利用することを伝えていって、それが社会に知識として蓄積されていく、次に始めるべきことはそれかなと思います。

ソトコト 研究するだけでなく、その内容を皆さんにお伝えするための活動というわけですね。

笠井 “知識の蓄積”というのは、ある意味で人と動物をわける部分だと私は思っています。私だけでは声を届けられないかもしれませんし、時間も足りないかもしれません。だからこそ、いろいろな人に協力を呼びかけていますし、知識が蓄積されるからこそ、自分だったりほかの人が動くことは無駄にはなりませんからね。

ソトコト 今すぐではなく、仮に50年かかるとしても、そこに雨水と共生している社会ができているように活動をされていくというわけですね。本日は、ありがとうございました。

笠井 利浩(かさい としひろ)
福井工業大学 環境情報学部 環境食品応用化学科 教授

1968年京都府生まれ。1995年山口大学工学研究科物質工学専攻博士課程修了。現在、日本雨水資源化システム学会理事・広報委員長、日本建築学会あまみず活用の評価を考える小委員会主査、NPO法人雨水市民の会理事を務める。自ら始めた稲作を通じて雨水に目覚め、雨水活用の技術開発から環境教育を含めた普及まで幅広く活動中。日本国内で雨水が普通に利用される社会の実現を目指している。