廃棄されるホタテの貝殻をアップサイクルしたい! 青森県で帆立の養殖から加工・販売までを行う『山神』の社員たちの思いが、環境にも爪にも優しい商品を誕生させた。
TOP写真/「CYAN」のネイルポリッシュは水を主成分に、有害とされているトルエンほか7種類の石油系成分を使わず、製造されている。水性なので、お湯につけて剥がすことができるが、手洗いや炊事で剥がれることはない。
青森県の下北半島と津軽半島に三方を囲まれた陸奥湾は、波が穏やかで静かな海だ。周囲の山々に降った雨は川となり、ミネラル豊富で清らかな水が流れ込んでいる。この環境を生かしたホタテの養殖が盛んで、生産量は日本一。年間約8万トンのホタテが水揚げされている。
右上/振動を与えて貝殻から身を剥がす作業。機械音がすごいのでヘッドホンを付けて作業する。左・右下/貝殻から外した身から内臓などを取り除く。ここで働くのは女性がほとんどで、一つ一つを手作業で行っている。
同時に毎年大量に発生しているのが貝殻だ。その量は5万トンにも上り、ホタテの養殖・加工に関わる企業にとって大きな課題になっている。砕いたり粉末状にして、歩道の舗装材や農地の土壌改良材、融雪剤、壁紙材、消臭剤などへの再利用も広がっているが、産業廃棄物として処理されるものも多い。
右・上/身を剥がした貝殻は、すぐにベルトコンベアで外で待機しているトラックに運ばれる。旬の時季だと、1日に出る貝殻は数台分にもなる。左/『山神』の本社からは少し離れた場所にある、ホタテの貝殻の廃棄場所。シーズンが始まったばかりなので、これでも少ないほうだという。
「そうしたリサイクルから一歩進んで、ホタテの貝殻の価値を高めるような、みんなをワクワクさせるアップサイクルができないかと2年くらい前から考えてきました。それが形になったのが、爪に色を付けるネイルポリッシュ『CYAN(シアン)』です」。そう語るのは『山神』で「CYAN」を開発したプロジェクトチームの玉熊亜美さんだ。
目次
働く女性たちが楽しくなるような商品を。
1970年創業の『山神』は、養殖から水揚げ・加工までを一貫して行っている。社長の神武徳さんがよく語っているのは「おいしいホタテを育んでいるのは陸奥湾の豊かな海。その豊かさは八甲田山系など周囲の山々からもたらされている」ということ。環境への意識が高く、商品の多くは日本発の水産エコラベル「マリン・エコラベル・ジャパン」の認証を受けている。
上/『山神』の船が、養殖したホタテを水揚げする様子。日の出前に出港し、午前7時過ぎには港に戻ってくる。下左/『山神』で販売しているホタテの加工品。冷凍の「漁師のほたてフライ」は解凍せずとも、そのまま調理できる。下中/ホタテの味を生かすために冷凍にした「ほたて飯の素」。下右/生の貝柱のおいしさを担当できる「玉雫」。
『山神』から出る貝殻は年間7000〜8000トンにもなる。シーズンである4月から7月までは、毎日貝殻をトラックに積んで山の中の一時保管場所に運び、1、2年かけて自然に乾かしてから廃棄している。
「2021年に貝殻のアップサイクルを考えるプロジェクトが立ち上がり、手を挙げたのが部署も違う女性6人。何をつくることができるのかを考えることからスタートしました」と玉熊さんは振り返る。みんなで侃々諤々話し合った。「せっかくつくるのなら、商品に喜びや幸せが感じられるもの、言ってしまえば『(気分が)上がるもの』にしたいというのがみんなの想いでした」。そんな折、ネイルポリッシュをつくることができるらしい、という情報を得て、「これだ!」とすぐにみんなの意見がまとまった。
「ホタテの養殖や水揚げは男性の仕事ですが、貝殻から貝柱を外し、加工品にする作業を担っているのはほとんどが女性。食品を扱っているので、仕事中は化粧はできず、異物混入の恐れがあるネイルはもってのほか。そんな彼女たちが、休みの日につけて気分が明るく、楽しくなれて、しかも廃棄される貝殻が材料になるネイルポリッシュなら私たちの会社がつくる意味があると思いました」
しかし、まったく畑違いの商品。何から手をつけていいのかわからなかったが、「とりあえず動こう」とネイルポリッシュをつくっている会社をリストアップ。それを元に一社一社電話をかけてアタックした。そうして協力してもらえる東京の会社を見つけ、商品化が始まった。難しかったのは貝殻を粉末状にすること。貝殻には塩分があるので、2、3年天日干しをして、砕いて焼き、それをまた干して砕く、という工程を経て塩分を抜かなければネイルポリッシュには使えない。そこで専門の会社に依頼し、オリジナルでパウダーをつくってもらった。
さらに貝殻のパウダーを入れると液体に粘り気が出るので、一般的なネイルポリッシュに用いられる石油系有機溶剤は不要に。そして爪に塗った時のツンとするにおいはなく、お湯で簡単に剥がすことができる、そんなネイルポリッシュが完成した。
とことんこだわる、色やネーミング。
最初につくったのは青、赤、ピンク、黄色の4色。どの色も、ホタテを育む陸奥湾の色をイメージしている。「青は陸奥湾の深い海の色で、少し緑がかった青。赤は朝日に彩られたキラキラした陸奥湾、ピンクは泡だった波の色、黄色は夏の元気な陸奥湾をそれぞれイメージして色をつくりました」と語るのは、プロジェクトメンバーの相澤理恵さんだ。
特に青色には妥協せず、表現したい陸奥湾の青色の写真を何枚も送り、何度も色を調整してもらったそうだ。「イメージどおりの色が上がってきた時には、『この色だよね!』とみんなで喜びました」。
当初は自社で立ち上げたECサイトを中心に販売。地元のテレビ番組で紹介されたこともあり、少しずつ問い合わせが増えていった。「施設にいる高齢者も、においがないので周囲を気にせずにつけられる」「爪に優しいネイルを探していた」といった声が届くようになった。『山神』の加工場で働く女性たちにも好評で、自分で塗って楽しむ人もいれば、「孫にプレゼントした」という人もいるそうだ。ほかの養殖業者さんたちからも「おもしろいものをつくったね」「応援するよ」と声をかけられたこともうれしかった、と玉熊さんはいう。
プロジェクトチームの活動を見てきた専務取締役の穐元美幸さんは、「女性だけのチームで、みんなが楽しんで取り組んでくれました」という。「総務や商品企画など部署の枠を超えて集まったメンバーが、本来の仕事を行いながら商品の企画から製造、販売まで、すべてを取り仕切っています。最初はうまくできるのか心配もありましたが、みんなとても楽しそう。集まって話をしていると、どんどんいろいろなアイデアが出てきて、それを実現させていく力があります」。
取材の間に、玉熊さんと相澤さんが商品と一緒に置ける色の見本がほしいという話をし始めた。「爪の形に塗るのではないものにしたいんだよね」「うーん、じゃあ、『津軽びいどろ』がガラスの浮き玉をつくっているから、もしかしたら廃棄する破片があるかもしれない。それに塗ってみるのはどう?」「いいね。青森の工芸品とつながるし」。こんな具合にぽんぽんと話が弾んでいく。「いいものをつくりたいとは思いますが、無理なことには固執せずに、次の案を考えます」と相澤さん。この軽やかさが、チームの力を引き出しているのだろう。
「『CYAN』の色も、今は9色に増えていて、今、キャップの原料を貝殻にできないか考えています。せっかく大切に育てたホタテの貝殻がただ廃棄されてしまうのは悲しいこと。ネイルポリッシュとして使える量はごくわずかですが、もっと用途を増やしていきたいと思っています」と二人は口を揃える。
『山神』のみなさんの、買い物にまつわるコンテンツ。
Movie:うみやまあひだ
2015年日本、宮澤正明監督
日本各地の森と海のつながり、人の営みに迫ったドキュメンタリー。「森がないとカキが育たない」という言葉が出てきて、私たちも同じだと思いました。伝統を守りつつ新しいことに挑戦する人たちにも共感できました。(相澤理恵さん)
2015年日本、宮澤正明監督
日本各地の森と海のつながり、人の営みに迫ったドキュメンタリー。「森がないとカキが育たない」という言葉が出てきて、私たちも同じだと思いました。伝統を守りつつ新しいことに挑戦する人たちにも共感できました。(相澤理恵さん)
Instagram:津軽びいどろ
@tsugaruvidro
青森県のハンドメイド・ガラスブランドのサイトです。写真の雰囲気がいいのでよく見ています。同じ商品でも季節やコンセプトによって違う見せ方をしてて魅力的。「CYAN」もどう見せればいいのか、勉強になります。(玉熊亜美さん)
@tsugaruvidro
青森県のハンドメイド・ガラスブランドのサイトです。写真の雰囲気がいいのでよく見ています。同じ商品でも季節やコンセプトによって違う見せ方をしてて魅力的。「CYAN」もどう見せればいいのか、勉強になります。(玉熊亜美さん)
Website:エシカルな暮らし
https://ethikura.com
大変お世話になっています。このサイトと出合って、多くの人に「CYAN」を伝えることができました。サイトを見るとエシカルを意識したユニークな商品を作っている人たちが大勢いて、とても刺激になっています。(相澤理恵さん)
https://ethikura.com
大変お世話になっています。このサイトと出合って、多くの人に「CYAN」を伝えることができました。サイトを見るとエシカルを意識したユニークな商品を作っている人たちが大勢いて、とても刺激になっています。(相澤理恵さん)
photographs by Hiroshi Takaoka text by Reiko Hisashima
記事は雑誌ソトコト2023年8月号の内容を本ウェブサイト用に調整したものです。記載されている内容は発刊当時の情報であり、本日時点での状況と異なる可能性があります。あらかじめご了承ください。