新型コロナウィルスの影響で社会が大きく揺さぶられ、さまざまな分野で大きな変化が起ころうとしています。これからの未来はどうなっていくのでしょうか? 不安定な社会で暮らし、生きていくためのヒントをくれる、そんな“未来をつくる本”を紹介します。
建築×西山広志さん
建築をベースに、設計やインスタレーション、ワークショップ、まちづくりなど多岐にわたり活動する建築家・西山広志さん。今回は建築の内側から建築を読み解くのではなく、建築の外側から建築の輪郭が見えてくるような本を選んでいただきました。
選んだ中でも特に思い入れがあるのが、博物学者でありながら、あらゆる方面に精通した南方熊楠の思想を、粘菌の生態や、熊楠の思想世界を視覚化した「南方マンダラ」を通して、人と森との関係性を繙く『森のバロック』。読み終えると、一つのジャンル、体系に押し込まれない存在や、生物の境界、自分の存在、生と死など、実は「物事に境界自体ないのでは」と感じて、ふわっと体が軽くなるというか、宙に浮いていくような感覚に陥ります。
また「南方マンダラ」は、複数の線が交差する複雑な形をしていて、建築家にとってそれはすごく刺激的。建築というのは、線を引いてものを捉えるということを生業にしているから、何かしら線を引かないといけない。だから線を体系化して引けているっていうのは、どんなジャンルの人であってもすごいと思わされます。あと、ずっと僕は人が環境に対してどう関わるべきか、ということを考えてきたのですが、この本から、人がどう森と関係していくのか、環境と人の関係性、それに関わる建築が、ひとつながりで捉えることができました。今でも影響を受け続けている一冊です。
もう一冊が『超芸術トマソン』。「トマソン」とは、街中にある無用なものにも純粋に価値があるということを、細かく細かくリサーチして評価したものを指します。
すべてを取り壊して新しくしたり、いまあるものに新しいものをどんどん足していくというのも、時には大事ですが、周りをよく観察すると、すでに魅力的なものが街中にあふれていて、そういうものをていねいに拾い集めて、いまの現在性のあるストーリーをちゃんと当てはめながら見立てていくことで、新しいものや人の流れがつくれるんです。そういう考えに至ったきっかけを与えてくれた本でもあり、「トマソン」という存在に価値を持たせるということが、元々あるものに愛情を与え、それをそのまま楽しめるようにする、という僕の考え方ともフィットしているなと思っています。
僕は常日頃から、建築は場所を造る=人をつくることと思っています。どの場所に建築するにしても、必ずそこには大前提に人がいて、造るのも人であり、人自体が環境だと捉えています。だから人間を起点として、個人を尊重し、場所と共存しながら建築物を造るということが大切。今回選んだ本はどれも、人と建築、そして場所との関係性を改めて考えさせてくれる名著ばかりです。
西山さんおすすめの5冊
●森のバロック(中沢新一著、筑摩書房刊)
人と環境がどういう関係性にあるかがわからなくなったり、麻痺したりしたときに読み返す一冊。また、人がどう森と関係して、介入していくのかというのと、熊楠の森を観察している視点が被ったりする瞬間があります。
●超芸術トマソン(赤瀬川原平著、筑摩書房刊)
前衛芸術家・作家の赤瀬川原平さんいわく「不動産に付着していて、美しく保存されている無用の長物」をまとめた一冊。大学のゼミの先生の本棚にあったのですが、建築を突き詰めた人は読んでいるはずだと思います。
●中山英之│1/1000000000(中山英之著、LIXIL出版刊)
線を引きながら大きさを考えてつくる建築家の「スケール(縮尺)」という考え方を軸に、石から住宅、都市、地球と、いろいろな大きさを行ったり来たりしながら、建築が世界を変えうる可能性について、端的な言葉とかわいいイラストで解説しています。
●シティ・オブ・ビット─情報革命は都市・建築をどうかえるか(ウィリアム・J・ミッチェル著、掛井秀一訳、田島則行訳、仲 隆介訳、本江正茂訳、彰国社刊)
まさに今我々が置かれている、オンラインと実生活との境界が曖昧になってしまう環境が生まれるよ、ということをすでに1996年の時点で予言している、嘘のような予言の書。もしかしたらこれより先の未来のヒントも書かれているかもしれません。
●建築家なしの建築(バーナード・ルドフスキー著、渡辺武信訳、鹿島出版会刊)
原始的な住居や遊牧民のテント、伏見稲荷大社の鳥居まで、世界中の誰が建てたか名も残らない建築物を集めたもの。建築の外側から内側を見るということに、一番真正面から答えてくれ、いつも初めて建築に触れた気持ちに引き戻してくれます。