新型コロナウィルスの影響で社会が大きく揺さぶられ、さまざまな分野で大きな変化が起ころうとしています。これからの未来はどうなっていくのでしょうか? 不安定な社会で暮らし、生きていくためのヒントをくれる、そんな“未来をつくる本”を紹介します。
ことば×星野概念さん
精神科医として患者と対峙しながら、文筆家や音楽家として活躍する星野概念さんは、どんな立場でも注意深くことばを選び、思考をたどり続ける。考えを断定せず、いろいろな側面から物事を見ることが、多くの可能性をつくり、未来へとつなげていくものだから。
本で読むことばって、すぐに使える、役に立つというよりも、栄養のように吸収したことばと、日常生活の体験や思ったこととが出合って発酵していくものだと思うんです。そのうえであるときふと、なにかしらのアウトプットとして出てくる。本を読む中でピンときた言葉は全部、僕の未来をつくっているんだと感じています。なので今回は、最近響いた本を思いつくままに選書しました。
『断片的なものの社会学』は、世の中がジグソーパズルだとしたら、ワンピースを取って置いたような本。この本に描かれている思いもよらぬ行動をする人や、その描写に惹かれ、そこに可能性を感じるんです。「普通はこうする」とか、「人はこう」という枠を外して、シンプルにものごとを見つめると可能性がどんどん広がっていく。この本を何度も読んで、僕自身の考えや患者さんへの接し方が変わりました。
とはいえ、いくらていねいに患者さんと接していても、ぬぐい切れない「圧」をかけてしまっているのではないかということも感じています。『ぬいぐるみとしゃべる人はやさしい』は、男性というだけで持ってしまっている「圧」に悩み続ける大学生が主人公。自分と同じように考え続けている人がいることもうれしかったし、こういう感性を僕が大好きな小説家・大前粟生さんがもっているということも感じられ、心に響きました。
加古里子さんの『かわ』は、めちゃくちゃ細部にこだわった科学絵本です。絵の細部に着目すると、同じ人の絵でも全員顔が違うことや、一つとして同じ木がないことなど、今まで「見えなかった」ものが「ある」ということに気づく。物事を見るときの解像度が上がると、人はみんな違うというところに行き着いて、すごく心地がいいんです。
今まで考えたことなかったけれど、誰の中にも眠っているような発想がちりばめられている『ムーたち』もそう。自分の常識で気づかないうちに閉ざしていた引き出しがどんどん開けられていく感じ。いろいろな側面から物事をとらえて考えていくことは、未来につながるんだと思います。
僕は、話すときも文章を書くときも言い切らずに「〜だと思う」という言い方をすることが多いんです。病名の診断にしても、なかなか「これ」と断定したくない。決めてしまうとその人の可能性や気づくはずだったものが、こぼれ落ちちゃう気がするんです。どうも、思いを巡らせ、考え続けたいという癖があるのだと思います。
星野さんおすすめの5冊
●ムーたち(榎本俊二著、講談社刊)
「ムー夫」と「お父さん」の会話劇が中心のギャグ漫画。「普通」や「常識」がとっぱらわれていて、発想豊かな展開に終始ワクワクします。おもしろさの中に「たしかに、こういう考え方もあるな」と、視野が広くなる本です。
●断片的なものの社会学(岸 政彦著、朝日出版社刊)
社会学者の岸先生が描くのは、そこにあるものを、そのままとらえて描写した事例集のようでも、小説のようでもある本。素朴な人の良さ、不完全さなど、すくおうとすると手の間からこぼれ落ちてしまうものがこの本には入っています。
●神田橋條治の精神科診察室(神田橋條治・白柳直子著、IAP出版刊)
尊敬する精神科医・神田橋先生の技が、著者間の柔軟な対話でひもとかれる対談集。先生の技の変遷をさまざまな著作で辿っていますが、時に軽快なツッコミを入れながらこんなにも技の細部まで迫る形はほかにありません。感動の書籍です。
●かわ(加古里子著、福音館書店刊)
加古さんの科学絵本は、書き込みがすごく細かい。その細かさに着目していくと、最初は見えなかったものが、いくらでも見えてくる。自分の中になかったものが、「ある」ことになっていくこうした現象が好きなんだと思います。
●ぬいぐるみとしゃべる人はやさしい(大前粟生著、河出書房新社刊)
男性であることの加害性に悩む主人公が、人と共有しにくいモヤモヤをぬいぐるみにしゃべりかける小説。精神科医と患者というように、人との関係性でどうしても生じてしまうパワーバランスをぬぐえたらいいのにと考えているときに出合った一冊。