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連載 | こといづ | 116

あたらしいきせつ

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暑すぎる夏。まったく降らない雨に川の水は干上がり、植物たちもなんとかやり過ごしているだけで精いっぱいのよう。風も吹かず、夜の気温も下がらない。これが一時的なものではなく、これから普通になっていくのなら、いろいろと対策をしないと立ち行かなくなる。川底にわずかに流れる水をかき集めて、田んぼに引き入れる。大量にいた蛙はどこに行ってしまっただろう。たまらず海に行ってみるも、灼熱の砂漠のような砂浜で、くらっとする。海に入ると変わらず冷たくてホッとしたけれど、あの、これまでの僕たちが知っていた夏は、もう二度と戻ってこないのかもしれないという予感がよぎって恐ろしい。

いよいよ雨が降らないとおかしくなるというギリギリに、恵みの雨が降りだした。それまでこの辺りを覆っていた種類の草と入れ替わって、あまり見かけない草があっという間に伸びていく。なんだか今年の草刈りは、やってもやっても終わらない。春に実りすぎた大量の果実からはじまって、地面をびっちり覆い尽くす草。いつもと違う景色。酷暑の夏に備えて、植物たちも何か工夫をしているのかもしれない。

お盆。京都の実家に久しぶりに皆で集まる。甥っ子に姪っ子。子どもたちで部屋がぎゅうぎゅう。僕たちが小さかった頃も小さな部屋でぎゅうぎゅうになって過ごしていたのを思い出す。もうすぐ3歳になる息子もお兄ちゃんたちと遊んでもらえて最高にうれしそう。不意に父親が「正勝、仕事は順調か? 何か大きなプロジェクトでもあるのか」と聞いてきた。おそらく深い意味もなく、ただ元気にやってるかと話を切り出したかったのだと思うけれど、うまく答えられなかった。仕事が順調ってなんだっけ。皆に知られるような大きな企画に関わればそれでよかったのか、誰かの役に立てればよかったのか。

自然に四季があるように、人生に四季があるとしたら、いま、なんの季節なのだろう。繰り返し、繰り返し、繰り返し、繰り返し、ほとんど同じことの繰り返しを生き延びるなかで、ごく稀に、ほっと安堵して、豊かな、そうだった、そうだったというよろこびが湧き起こる瞬間は、起こるべくして起こるような、降るべくして降る雨のような。

滅多にないことだけれど、妻が「あの曲弾いてほしい」というので、久しぶりにあるCMのために作った曲をピアノで弾いてみた。「いい曲やね」と言ってくれた。「うん、いい曲なんやけれど、でもほとんどあの曲と一緒なんよね」と、20年も前に作った自分の代表曲を思い出していた。たったひとつの曲から、これまで何曲作ったかな。「ピアノを演奏する時、何かほかのことと近いなって思うことある?」と聞いてきたので、「噴水かな。固まって流れていた水が、空中に拡散されて、つぶつぶ、光が当たればキラキラするし、拡大して凝視してみると、水しぶきが上がってるのか下がってるのか、ただ踊っているように見える。それで、下の水溜まりを見たら、たっぷり波が立って、ゆらゆらキラキラ、海みたいなおおきな世界が。ピアノってそういう感じ」と答えた。「そうかあ。かっちゃんのピアノを聴いてると、季節の変わり目に吹く風みたいやなって思ったよ。じっとこのまま止まってしまいそうな感じやったのが、ふっと風が吹いて、次の季節がきちんと来たような」。

文・高木正勝

たかぎ・まさかつ●音楽家/映像作家。1979年京都生まれ。12歳から親しんでいるピアノを用いた音楽、世界を旅しながら撮影した「動く絵画」のような映像、両方を手がける作家。NHK連続テレビ小説『おかえりモネ』のドラマ音楽、『おおかみこどもの雨と雪』『バケモノの子』の映画音楽、CM音楽やエッセイ執筆など幅広く活動している。最新作は、小さな山村にある自宅の窓を開け自然を招き入れたピアノ曲集『マージナリア』、エッセイ集『こといづ』。
www.takagimasakatsu.com

記事は雑誌ソトコト2023年11月号の内容を本ウェブサイト用に調整したものです。記載されている内容は発刊当時の情報であり、本日時点での状況と異なる可能性があります。あらかじめご了承ください。

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